第18話 僕と君とのバイブル本
「もしかして、無理してるんじゃないですか?」
「無理してる自覚はないけど」
「先輩は私に気を遣ってるってよく言いますけど遣ってるのは先輩の方ですよ。その本」
そう言うと軽快な身振りで俺の手元からバイブル本を取り上げる。
「私の好感度を気にしてくれるのは嬉しいですけど、本当に思ってくれるんでしたら素の先輩をもっと見せてください!」
無理しているように見えていたのか。言われてみればあの「今来たとろ」という台詞も機械的に発した言葉であって実際言うべきかどうかなど考えてもいなかった。
エスコートするはずが、初っ端からダメ出しを食らってしまった。勉強した内容よりも素を見せてほしいとはいうが、俺にできることなど隣を歩いて、話し相手になるぐらいで、それ以外はただの人でしかない。
「きっと先輩のことなので、この本で色々と勉強してきてくれたんでしょ。それは彼女とのデートでやる事ですよ?それとももう私とカップル気分だったんですか?」
「んなわけあるか!やめだやめ!」
だぁーからかわれた!これだからなごみはいけ好かない!まさか勉強した事が仇になって帰ってくるだなんて思いもしなかった。
「私と先輩の間に教科書なんていりませんよね!なーんにも考えなくていいじゃないですか!その代わり私も遠慮しませんけどね」
やはりなごみはなごみだ。俺はただの恋愛ごっこがしたかっただけなのかもしれない。しかし、なごみはそれをすぐに見抜いてしまう。恋愛ができないという証言がだんだんと偽りのように感じてきた。
改札を潜ると早速岐阜方面行きの電車がお出迎えをしてくれる。
なごみには一発食らわされ、やるせない気持ちが残るまま車内に駆け込む。乗客はそこそこ乗っていたが、二人が座れるだけの座席が残っている程には空いていた。初めて電車に乗ったかのような反応を見せるなごみのはしゃぎ様には少し驚いた。
動き始めるとガタゴトと不規則なリズムで乗客を揺らしながら目的地へと運ぶ。
たちまちトンネルに入ればビクッと体を震わせる。
「窓が、窓が!……壊れた?」
「本気で言ってんのかよ。もうちょっとしたら治るから待ってな」
たちまち湖を見ると子どものように窓に顔を擦り付ける。
「見てください、海ですよ!」
「そんな小さい海があってたまるものか」
特段大きな声ではしゃいでいるわけでもなかったので周りに迷惑をかけているというわけではなかったが、何にでも感動するなごみのリアクションは初めて世間を目の当たりにしたお嬢様的立ち位置のようだった。こんな事を言えばなごみに失礼かもしれないが、彼女の場合まだ小柄だから良かった。小さい子どもがはしゃいでいるのだと思われるだけで留まるから。
こんなこと間違ってでも本人に言ってしまえば取り敢えず明日は来ない。
湖と間違えたとはいえそこまで海に関心を持たれてしまうと少し不安になってしまう。本当に岐阜県でよかったのだろうか。俺たちは中部地方の中で唯一海の無い二県、岐阜と長野の狭間に位置する観光地に向かっていた。山は見渡せばいくらでもあるが、海に関していえば「う」の時すら転がってやしない。海が良ければここら辺りの駅で降りてプランを一部変更することもできるが。
「海が見てみたいなら海に行ってみるか?」
「いえ、先輩の立ててくれたプラン道理でいきます!」
「気遣──」
「──遣ってい・ま・せ・ん!」
「そ、そう……」
そろそろ車内の揺れも心地よくなってくる頃合だ。目を瞑り聞こえてくるのはガタゴトと一定に刻まれたリズムだけで、もはや乗客は見当たらない。乗車して数時間が経過し、何事もなく無事駅には到着した。
「五平餅はどこですか!?」
「ステイだステイ。まずは」
「バスに乗るんでしたね」
歩いてバス停まで行くと大勢人が並んでいた。並んで時間を潰すのが勿体ないと考えた二人は、暇を潰すために五平餅を探すプチ旅をすることにした。バスが出るまで十分に時間があったので駅の周りをぶらぶらと観光して回った。その通りに五平餅店を見つけ買おうとしたが、バスの時間が迫っていたこともあり結局買わずにバス停まで戻った。
息を切らしてバス停へと戻ったが、しっかりと乗り過ごした。
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