第11話 少なくとも俺はそういう人間だ

 唐突な告白に一瞬戸惑いを生じた。

 訳が分からないまま数秒が経過し内容を完全に理解した後でも特に驚くことはなかった。なごみジョークは時に面白くないのだ。ただそれがジョークでも何でもなく、一つの事実だとしたら俺は面白い面白くない以前に安堵するだろう。


 それは、なごみが大怪我を負った時のこと。

 なぜあれだけ多量出血をしているにも関わらず泣きも驚きもしないで、呆然としていられたのか、冷静を保っていられたのか。

 今回は偶然俺が現場に居合わせ大事には至らなかたものの、人気の無いあんなところで一人で倒れでもしたら発見される頃には死んでいたかもしれない。だから日頃から注意して歩けと言いたいというわけではない。むしろその問題は日頃から読書をしながら歩いている俺に該当する話だ。

 彼女の問題は自分の危機を他人に知らせない事である。

 たとえ人気がある場所だとしても容態を訴えない限りは誰も助けようとはしてくれない。ただでさえこのご時世女子高生に触れるだけで、ましてや声をかけるだけでも叩かれるような時代だ。尚更リスクを被ってまで声をかける人は少ない。

 俺の場合もそうだ。

 真後ろでコケたので仕方なく声をかけただけであって、完全に通りすがった後にコケたことに気付いたとしても声をかけるかどうか一旦迷うぐらいで、その後の少女の様子次第で行動を変えていただろう。つまり、彼女の場合であれば確実にシカトしていた。

 冷たいと思うかもしれない、その割にはその後の彼女に対しての態度が急変しすぎだと思うかもしれない。

 少なくとも俺はそういう人間だ。


 しかし、本来人間なら、危機に直面した際、本能的に自分が危険な状態にあることを周りに知らしめようとするはずなのだ。しかし彼女の取った行動は、素振り一つ見せずにただ口を噤むことだった。

 その理由を俺は勝手に我慢強さからなる変なプライドが彼女の中で邪魔をしていると思っていた。逆にそれしか考えが及ばなかった。

 ただし彼女の告白が本当なのだとしたらそもそも危険信号自体が出ていないことになる。さらに深刻な問題に変わってしまったようにも思うが、原因を突き止めることができたと考えれば安堵するのも必然だろう。


 痛みは共有することができると誰かが言った。それは多分共有することで痛みを和らげる効果があるという事なのだと思う。しかし、痛みを全て自分で抱え込むしか選択肢が無いのだとすれば、それはそれで考えものである。


「……あ、えーと、そうか。それは俺が突っかかっていい話なのか?」

「逆です。どちらかと言えば、突っかかってきて欲しかったです。聞き流されたらどうしようかと思いました」


 あっぶねぇー!以前、姉ちゃんから胸の件で相談を持ちかけられたことがある。その時に少しだけデリケートな部分に突っかかったら、「勝手に意見すんな。他人の事情に口出すのはマジでキモいからきーつけな」と言われた。それから突っ込むのがちょっとトラウマだったんだよ。てか、他人じゃないし。過去の愚痴は引きずらないタイプだが、これだけは頭からこびりついて離れない。

 俺は白々しく咳払いをする。


「えー痛みがないっていうのは──」

「──気持ち悪いですか?」

「……えーと、それは誰かが言ったのか」

「いえ、私の周りにそんなことを言う子はいません。みんなちゃんと理解してくれるので」

「それじゃあ俺もその子達の意見に一票かな」

「そうですか。たまに、理解できないという人がいるみたいなので」


 そう言いながら俺の方へ近ずくと、彼女に貸したジャケットを半分俺にかける。


「ん、そんな震えてたか?」

「はい、寒そうにしてたので。っていう口実にしておきます」


 彼女は敢えて本当の目的を言わなかった。沢山の女子に言い寄られてきたが、俺だってただ言い寄ってくる女子を適当に捌いていた訳ではない。一人一人どんな思いで言い寄ってきているのか真剣に向き合って断っている。

 友達に自慢したいから、最後の青春だから、癒されたいから。色々な思いがあった。だから、言うほど鈍感という訳ではない。

 今までの傾向でいくと、大体その口実というものの裏には「好き」という言葉が入っている。言わずとも振り向いて欲しい、気付いて欲しいと、そういうことなのであろう。

 しかし、なごみから滲み出ていたあのオーラが間違っていないとすれば、『恋』という二文字に何らかの苦渋を抱えているに違いない。例えそうだとしても俺がなごみの人生を追いかけることは無い。なごみもそんなふうには望んでいないだろうから。

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