第9話 ロリコンの温もり

 まるで話が完結したかのような沈黙が続く。俺が聞きたかったのは褒め言葉ではなく、何故なごみ(仮)を抱えることになったのかということだ。違うよ、褒められ慣れしてなくて照れてるとかじゃないよ?すごい照れてるよ?……あれ?


「……で、俺は何を?」

「え……何をって?……まさか覚えてないの!?わたまちゃんが足を滑らした時に警備員の手をバッて振りほどいて、わたまちゃんをこうガシッと受け止めたのよー」

「マジすか?」

「マジすよ」


 え。何俺ちょっとかっこいいことしちゃってんだよ!俺のラッキースケベは!?俺のシマシマパンツは!?俺の本望ではなかったとそう言いたいのか!?

 俺は本能で彼女とのラッキースケベよりも彼女の安全を優先していたらしい。病室に顔を出した時、ベットにいなかったあの喪失感はもう二度と味わいたくない、その思いが今回の結果を招いたのかもしれない。それだけの思いで俺は火事場の馬鹿力とまではいかずとも、どこぞの馬鹿力で警備員を振り払い、彼女よりも広く大きな俺の体一体でなごみ(仮)を包み込んだ。

 あれ、なんか俺キモくね?


 そして俺は彼女の新事実を知ることになる。


 それから俺は二人の警備員、受付のお姉さん等々、迷惑をかけてしまった人に頭を下げて回った。普段であれば本片手に出歩いているが、今日は五平餅の入った袋のみ持っていた。


 一通り頭を下げたところで、何だか色々とやらかしてくれたらしい氏名不詳の彼女。

 聞きたい事などいくらでもある。名前の件……、まあ、あとは全部俺の勘違いか……。お恥ずかしい。

 気まずくなり居場所に困った俺たちは一旦院内を出て、病院の敷地内にある中庭のベンチに座る。季節もすかっり秋から冬へと移り変わり、外は一段と冷え込んでいた。彼女に関しては入院生活で冬に備えられた衣服などは当然持ち合わせているわけもない。流石の身内も日用品それこそ衣服や食べ物やら届けに来るだろうと安牌を切っていたが、結局最後までそれらしき人は誰一人として現れなかった。

 寒そうに手のひら同士をすり合わせるなごみ(仮)に着ていたジャケットを被せてやる。


「ほら、ちょっと大きいけど小さいよりかはましだろ」

「ロリコンさんの温もり……?」

「何でちょっと疑問形なんだよ、あと生々しいこと言うな。熱くなった分多少は暖かくなってるかもしれないな」


 何だよ。いい事してあげたのに、この貶されている感。やるせない。

 ロ、ロリコンと呼ばれるのもまあ、仕方ないといえば仕方ないかもしれない。自己紹介してなかったし……。だが、忘れてはならない。彼女の自己紹介もまだであると!


「そういえばロリコンはやめろロリコンは!明日見 一舞って名前があるんだよ。ほれ、正真正銘あすみ いぶきだ」


 俺は身分証明書まできっちりと見せてやった。これがどういう意味がわかるな?俺は嘘偽りなく証拠まで提示した。対して、また偽名を述べるようなら俺は少し考えさせてもらう。


「私は取り引き先の人かなんかですか。そんな身分証見せ合うような堅苦しい関係でもないですよね。そういえば、その右手に握りしめてるものって……!」

「ん?ああ、五平餅だ」

「えっ!本当ですか!?」


 獲物を狙うかのような目付きで素早く手を伸ばすがそう簡単に渡してやるものか。


「その前になごみ!君の本当の名前を教えてくれなきゃ、これはお預けだ」


 なごみ(仮)は渋い顔をする。固く決意されたような、ただ頑固なだけなのか分からないが、意地でも言わないと目が言っている。正直なごみ(仮)には謎が多い。決して信用していない訳では無いが、何処か疑いの目をかけてしまいそうになるのは必然というものだろう。きっと周りからも誤解されやすいタイプなのだろうと思う。言うほど大した人生を歩んでいる訳でもないが、非常に惜しくて、もったいない人生を歩んでいるんだろうなと思ってしまう。

 ムッとした口元をはぁーと緩めて、諦め口調で話し始める。


「わたまです。双海 和珠です」


 和珠はオロオロと身分証の代わりに保険証を提示する。ふりがなには「ふたみ わたま」としっかり記載されていた。

 何にしろ、素直に打ち明けてくれたことに関しては信用されているようで正直嬉しいが、じゃあ何故あそこまで本名を明かすことを躊躇したのだろうか。その疑念だけが、頭の中に残り続ける。

 すると、その答えは一見在り来りで、彼女のプライドに関わるものだった。

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