第6話 少女はハナからいなかった

 数日が経過し、明日は久しぶりになごみの様子を覗に行く。ついでといえば聞こえは悪いが、どうせ行くなら手土産を持っていきたい。そこで俺は料理サイトを見ながら見よう見まねで五平餅を作ってみることにした。

 中々、いや、え!?えらい上手く仕上がったな!まるで俺が手を加えた料理じゃないみたいだ。前はとことんバカにしてくれたが、この出来栄えにはあのなごみでさえも腰を抜かすかもしれない。


 過去に一度だけ女子から「一舞君は顔に似合わず料理はブサイクなんだねー」と言われたことがあるのだが、その日は一日中干からびていた覚えがある。

 自分で言うのもあれだが、少し顔がいいだけでその他のスペックの水準までもが上がってしまうのはどうにかならないものか。


「なごみ、俺だ。入るぞー」


 そう言いながら三回ほど扉を叩くが返答はなかった。仕方なくそのまま入室する。


「なごみー、見てみろ!お前の好き……な?」


 しかし、そこになごみの姿はなかった。トイレにでも行ったのだろうかと思っていたが、それにしては周辺の荷物が綺麗さっぱり片付けられていた。


「いやいや、まさかね」


 嫌な予感が頭を過る。そう思い込めは思い込むほど不安は高ぶり、手汗やら痙攣やらで手荷物すら持っていられなかった。


「え……?」


 分からなかった。分からないどころか不意な笑いすら込み上げてくる。だから俺は考えるよりも先に体が動き出していた。

 地面に落とした手荷物の中から袋に入った五平餅だけをぎゅっと握りしめ、病室の扉にかかっている札を確認する。

 既に名前は消されていた。

 俺は慌てて一階の受付まで階段を下る。どうしたんだよ。五平餅食べたいってあれほど物欲しそうにねだってたじゃねーか!綺麗に形作られた五平餅も俺の手の中でぐちゃぐちゃに崩れていた。病棟を移動したのか!?まさか……それはないよな。せめてそうであってほしい。


「あ、あの!西病棟五〇八号室のなごみさんは!?」

「え、えっと、只今確認致しますので少し落ち着いてください」


 これが落ち着いていられるものか!また俺はなごみに上手く誤魔化されていたのかもしれない。勘づく事すらできなかった。じゃあ何で待ってるだなんて……そんな事は一言も言ってない。痛い勘違いもここまで来ると気持ちが悪い。でも、なごみならいつも俺の会いたい時に会える場所にいると勝手に信じていた。俺たちは特別深い仲になった訳でもない。無論、社交辞令であろうと丁寧に連絡する義理もない。まだどこか俺の手の届く範囲にいるのならいいが、何もかも残っていないのだとしたら……。


「なごみさんでお間違いないですか?」

「えぇ」

「なごみさんは……見当たりませんね」


 「見当たりませんね」の一言に返す言葉が出てこなかった。もし別の病棟に移動したのならそれなりの説明がされるだろうし、仮に退院したとしても退院したと伝えるはずだ。


 亡くなった時は……なんと言うんだろう。


 俺もよく知らないが、この界隈では敢えて伏せることがせめてもの気遣いなのだろうか。それにしても見当たりませんでは微妙に意味が通じない。

 俺はどうしても最悪の状況を想定することができないでいた。いや、したくなかったんだ。


「どういうことですか……!?別の病棟に移動したという意味ですか!?退院したんですか!?」

「ですからそんな人存在していないんです!」

「ちょっと、そんな言い方する必要ありますか!?他人に思いやりも持てない人間が病院に務めないでくださいよ、不愉快なんで!」


 張り上げた声はだだっ広いホール一体に響き渡る。皆して化け物が現れたかのような目でこちらを見る。荒ぶる俺を警備員が止めにかかる。受付の人に手を挙げたとかそういった常識外れな事は一切していない。ただ、亡くなってしまった人に対しての扱いがどうにも気に食わなかっただけであり、感情を抑え込むことができなかった。

 受付人という役職も長時間の労働や途絶えないクレーム対応などでストレスが溜まるのかもしれない。しかし、それが仕事となれば、尚更病院ともなれば普段よりも興奮状態にある客を相手に接待しなければならない訳で、そんなお客と一番に言葉を交わすこの場所がこうも非常識な対応であると、この先取り返しのつかないことになってしまう可能性が覗えてしまう。

 なんてのはただの自己弁護で、本当は八つ当たりがしたかっただけの迷惑な客だ。


「お、お客様落ち着いてください。私の発言に語弊がございました。亡くなってしまったというわけではなく、そもそもなごみさんという方が過去にもこの病院に入院していらした形跡がないんです」

「はい?」

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