第5話 ゴヘーモチ

「じゃあ……食べ行くか?その、君の言うゴヘイモチ?とか言うやつ。なんと今なら本場を食わせてやらんでもない」

「えっ!ホントですか!?」


 喜怒哀楽がこうも分かりやすいとはホント己の感情に正直な女の子だこと。分かりやすいのか単純なのかバカなのか捉え方にもよるが、こういう女の子を見ているとこっちまで朗らかな気持ちになってくる。


「で、そのゴヘイモチってのはなんなんだ?」

「まさか知らないで言ってたんですか!?」

「失礼な!知ってるよ、あれだよあれ。な?」

「私もよく知らないですけど『これがお母さんの味だっ!』とか最終奥義みたいに言って、食に困った時には必ず五平餅が出てきましたよ?」


 家庭料理の主婦最終奥義といえば、安い、楽、美味い、の三ヶ条を満たす超低確率な割合で生み出された秘伝の食品である。そんなものに本場以前に商品として存在しているのか?主婦が練りに練りまくった三種の神食のうちの一食やぞ!


「それ、お母さんのオリジナルだったりしないか?」

「そうなんでしょうか、生憎死んでしまいましたし。レシピ聞いておけば良かったですね」


 彼女の母親は既に他界していた。こんな見知らない相手にそんな大事なことを打ち明けてしまっていいのか?いや、良くないよな。聞かなかったふりをするのが優しさなのか、下手に踏み込むと地雷を踏みかねない。しかし、聞こえるように話しをするということは悩み事なのだろうか。そんな事をぐるぐると頭の中で最適解を模索していると


「聞いてますか?あの……あ、そういえば名前ってなんでしたっけ?」


 俺はふと一冊の本を思い出す。『痛み』だった。


「あの聞いてますかー?へんたいさーん?あっ!ロリコンさんですね!」


『一つの出来事が人を辿りながら痛みを与えている。まるで大きな一つの痛みを大勢で共有しあっているようにも見えてくる。』

 これだ。


「死んでるんですかー?ストー──」

「──お母さんの……」

「……っ!?びっくり」


 無意識に共有をしようとしているのか?とか、求めているのは同情か?とか色々考えた結果いや、きっとそうじゃない。という結論に至った。


「ゴヘイモチ楽しみだな」

「そ、そうですね!ご、五平餅楽しみにしてます!あははは」


 やっぱり己に正直な女の子である。動揺を隠すために相手を持ち上げるあたり、かえって分かりやすい。中二の頃の俺の異名を知ってるか?太子だ。おぞましいくらいに全部聞こえてんだよ!あの時はてっきり「これが俗に言ういじめってやつなのか?」とも思っていたが、ただの知識不足であると知り少し恥ずかしくなった。


「そうだ、名前を聞いてなかったな」

「なごみです」

「ふーん」

「な、なんですか!?いやらしですね……」


 俺は病室の椅子から立ち上がり病室の扉の前で足を止めると同時に言う。


「そういえばなごみちゃんさ」


 病室一体が真剣な雰囲気に包まれ、背筋が凍るような緊張感がはしっている


「変態の作る、ロリコンの作る、ストーカーの作るゴヘイモチって美味しいのかな?」

「待ってください!異議あり!異議ありです!ストーカーは言ってないです!」

「へーそうなんだ。それ、何て言うか知ってる?屁理く──」

「──ごめんなさい」


 不貞腐れながらも小さな声で謝るなごみ。


「……いじわる、五平餅なんて作れないくせに。あとストーまでしか言ってないし、実際ストーカーだし」

「はぇー、なんだって?」

「な、何でもないですよ何でも!あははは」


 本当の物語はまだ始まってすらいなかった。この時の俺はまだ知らなかったのだ。彼女がこんな大きな隠し事をしていたということを。あの時、もし俺が駅のベンチで本を読み耽んでいなければ、もし五平餅のくだりがなくもう一度彼女に出会うきっかけが無ければ、この後の物語はそもそも生まれることすらなかった。違う選択肢を取っていればさらに面白い物語がその先に広がっていたのかもしれない。しかし、そう考えてしまうからこそ今という幸せに気付く事ができない哀れな人間だと言われてしまうのかもしれない。


 俺はその夜、ゴヘイモチという食べ物が中部の郷土料理であるということを知った。


「へぇ。美味そうだな」

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