第3話 ラベンダーな少女

気付けばそこは街灯の灯りが俺を照らしていた。


 時刻は七時を優に回っていた。辺りはすっかり真っ暗で、ただ光るものといえば月明かりと街灯だけである。俺は駅のホームのベンチに腰をかけ、前のめりになりながら本を読んでいた。

 話の結末が気に入らなかったのかブツブツと文句を並べて、やっと静かになったと思えば、「よし!」という掛け声とともにベンチから立ち上がる。


 無人駅の改札を抜け、いつものペースで帰路を歩く。本来であれば本を片手に読みながら帰宅するのだが、読み切ってしまったものをもう一度読もうとは思わない。たまには周りにでも目を向けながら帰宅するのも悪くはないだろう。


 「おかえりなさい、学校おつかれさんだねぇ」

 「あはは、こんばんは」


 普段本を読みながら帰宅していれば気付くことのできない、人との絡み、風の音、住宅街から香る夕飯の匂いや、住宅から漏れて聞こえてくる高らかな笑い声など、本では想像することのできないような新しい想像が膨らんで面白い。


 すると、一人の少女がこちらに向かって歩いてくる。

 少女はセーラー服を着ていた。こんな遅い時間に高校生?あ、俺も高校生か。部活帰りにしては遅いから強化部なんだろうか。花の女子高生だか何だか知らないが、目の前の彼女は制服や髪などが程よく乱れていた。うちの高校では中々見ない系統の女子である。

 うちの学校は進学校と言えどこれといって優秀な学校ではないが、ヤンキーだとかギャルだとかいう類いの生徒はいない。どちらかといえば女子力に満ち溢れ、いかにも男子の目線を気にしている女子が多いように感じる。

 好かれようと努力をする女性は嫌いじゃない。実際俺に振り向いて欲しいがために必死に努力しアピールし続けてくれた子がいた。結局その子の思いには応えられなかったが、その後もその子のことは魅力的な女性であると思っている。

 通りすがる彼女からは微かにラベンダーのような香りがした。


 「ああぁぁぁ!!」


 彼女とすれ違った後、背後からなんとも言えない、言うなればニワトリが首を締めあげられたかのような悲鳴が聞こえた。

 後ろを振り返ると先程の少女が、解けた靴紐に足を絡ませながら体勢を崩し、ガードレールに思い切り頭をぶつけようとしていた。


 ゴーーーン。


 あ。コケた。

 咄嗟に手を取るとか、そんなことを期待したか?少女漫画やらラブコメやらの中ではお決まりのラッキーイベントなのかもしれないが、それが現実となれば話は大きく変わり、その理屈は曲がってでも通用しない。目を丸くしながら呆然と立ち尽くす。精々これが精一杯の振る舞いだ。

 漫画の主人公並に瞬発力が優れていれば話は別であるが、そんな人は稀のまた稀である。そんなことが日常のようにできてしまえば早くカップルになりたいとかどうのこうの言う時間など不必要なはずである。そんなキザなことができるのであれば今頃皆ウハウハだろ!くそっ、別に嫉妬してねぇーし!

 せめて女性の好感度を上げようと思うのならば、結局心で補うしかないのである。


 「あの、大丈夫ですか?」


 かける言葉を間違えたかもしれない。取り敢えず大丈夫?とでも言っておけば事の大部分は丸く収まると心のどこかで思っていた。いかにもヤッベ面倒ごとに巻き込まれちったなー(無)みたいな態度をとってしまった。せめてもっと焦り口調で言うだとかまともなアクションできたかもしれないと今になって思った。

 そんなことをあわあわと考え込みながら地べたにうつ伏せで倒れている彼女に対して手を差し伸べる。そのまま両手を地面に突っ伏しながら体を起こしちょこんと割座で座り直す。


 「ん……あ!ご、ごめんなさい。全然大丈夫なので。あははは」


 彼女は俺に顔を見せると笑って何かを誤魔化そう?としていた。その誤魔化しが何なのか俺には瞬時に分かった気がした。彼女は恐らく痛みを誤魔化そうとしているのだろう。それは一目瞭然だった。彼女の額からは顔の大半を覆うほどの多量出血をしていた。恐らくガードレールの隅で頭を切ったのだろう。額に大きな傷があるのもその証拠である。


 「絶対大丈夫じゃないだろ!?」


 この状況には流石の俺も焦らない訳にはいかなかった。


 「え?いえいえ、本当に大丈夫ですよ」


 本当に不思議そうにしている当たりが本当に不思議でならない。そこまでして痛みを誤魔化そうとする理由はなんだろうか。俺は着ていた学校のセーターを脱ぎ、彼女に手渡した後、充電百パーセントの携帯をポケットから取り出し一一九番に電話をかける。

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