第38話 猛攻と静寂

「さて」

 れいれは、きらなから視線を逸らして瓦礫の山を見る。

 瓦礫が、ガラガラ、と音を立てて広がっていった。半身を出したのは、萌夏だ。


 そして萌夏から半分ほど出ている、悪魔の姿である。

 きらなが出会った真っ白な巨人とは正反対だ。真っ黒な、巨人——、漆黒の煙が人の形を作っているような……。その悪魔は一瞬だけ、きらなたちを睨み、すぐに萌夏の中へ戻っていく。

 完全に同化し、萌夏のコントローラーは、以前と変わらず悪魔が握ったままだ。


「『ちっ、さっきの攻撃じゃあ、さすがにやられはしないか。それにしてもしつこい。そんなんじゃあ、嫌われるぞ、悪魔にも、人間にも』」


「大きなお世話よ、悪魔が人間に口出しするんじゃない」


 れいれはキラー・マシンを握り、悪魔に向かって突きつける。

【群青静寂の銃口】——その銃口が、悪魔を、萌夏をターゲットとして認識した。


「さっきはよくもやってくれた……、私の実力不足のせいだけどね。でもやっぱり、やられた分はきちんとお返しをしないと気が済まないわ。三百六十度、全方位から倍返しにしてあげる」


 すると、れいれがきらなをちらりと横目で見る。アイコンタクトだ。きらなはそれに気づき、すぐに動き出す。なにが起こったのか、理解できていない夜須子の手を引き、近くのアパートの中へ入っていく。

 れいれは時間稼ぎをしてくれている……、のだろう。どちらかと言えば、きらなも夜須子も邪魔だからどこかに行っててほしい、という意味の方が強いのかもしれない。ただのアイコンタクトで、全ての意思が伝わるわけではないのだ。きらなにはそういう風に見えたというだけ。


 れいれは使者として、きらなよりも数倍強い。単純な殺意ならきらなの方が上かもしれないが、それを含めても、れいれは経験という点から見ても強いと言える。


 れいれに任せておけば大丈夫、と判断し、きらなは夜須子を逃がすことに全力を尽くす。

 アパートの中に夜須子を隠す、というのは、巻き込まれる可能性がある。見つかりやすくなってしまうだろうから、却下するとして……、だけどきらなは、その場の勢いでアパートの中に入ってしまっていた。

 だが、入ったと見せかけて、外に逃がす、というのも、良い作戦なのかもしれない。

 アパートの入口は二つ。入った入口から直線すれば、別の道へ抜けることができる。


「ね、ねえきらな!? 一体なにが起こっているの!? 萌夏は、大丈夫なの!?」


「大丈夫、萌夏は助ける。さっき、加害者とか被害者とか、萌夏が言っていたけど、そんなことは関係ないもの。萌夏は友達だから――いじめられて、つらかったけど、それでも一緒に過ごした時間が、消えることはないから。

 わたしだって、あの時の思い出の全部が全部、嫌だったわけじゃない――」


 だから絶対に助ける――、そう言って、きらなは夜須子の背中を押す。


「強いね、きらなは」

「強くないよ、ただ強がっているだけ」


 きらなの言葉に、うん、と頷き、夜須子が反対側の出口からアパートを抜ける。

「ありがとう、きらな」と呟き、彼女が駆け出した――。


 きらなの役目はひとまず第一段階、これで達成できた。あとは悪魔の退治である。

 せっかく逃がした夜須子が悪魔に殺されては意味がないのだ、原因を取り除くまでが、きらなの役目である――。


 そして、萌夏を助ける。

 夜須子だけが残っても意味がない、そこに萌夏がいなければ、失敗も同然だ。


 きらなはアパートから引き返し、れいれと合流しようとしたところ、外の様子がおかしいことに気づく。おかしい、けど、分かりやすい異変ではなかった。

 まるで、嵐の前の静けさだ――静か過ぎる気もするが……。


 その時、きらなは自分の名前が呼ばれた気がした。その声は、いきなり頭の中に流れ込んできたような感覚だった――過去の記憶の一部のような……、

 きらなは動けない。

 視界に映るのは、生まれた時から高校生になるまでの、人生を追うように振り返る映像だった。全て知っている――、覚えていないことも思い出した。幸せも苦痛も全て、ここに詰め込まれているようだった。

 これは、走馬燈か?


 ああ、そうだ。なぜならナイフの切っ先が、きらなの目の前にある。

 時間がゆっくりと、流れていく。

 認識してから避けるには、もう遅い。きらなはもう、終わっている。


 終わる前にはもう終わっているように、萌夏は行動で、きらなの殺害宣言をおこなった。


 幕が下りる。

 朝日宮きらなという少女の人生の、だ。


 なにも感じないまま、刃が肉体を突き刺し命を奪い、光も音も感覚も全てを暗転させるように、ドスッ、と短い音を立てただけで、これにてお終い。


 の、はずだった。


 ――あ、れ?


 痛みがあるべきだ。ないなんてあり得ないのに。だけどきらなの感覚には痛みというものが一切なかった。あるのは優しく、温かい感触であり、それは昨日知った、信頼に似ていた。思いながら、きらなは理解できない現実を、長い時間をかけて理解した時、全てが見えていた。

 分かりやすく、見えたままだ。なんの捻りもない。一切の修飾がない。事実を淡々とそこに描いただけだ。事務的なものだった。遊びがない報告書のような、事実——。


 真実だけを記そう。












 雨谷れいれが死んでいた。

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