第36話 闇夜の訪問者
「ん、にゃ?」
寝ぼけながら声を出したのはきらなだ。目を覚ませば、朝かと思えばそうではなく、夜……ほど窓の外は暗くない。今は夕方か。
目を擦り、自分はどうしてここで眠っているのか、そして眠る前になにをしていたのかを思い出そうとするが、すぐには思い出せなかった。
思い出したのは。
自分が無意識に呟いた言葉が、気識誉が呟いた一言である、ということだ。
そこで、自分がなにをするべきなのか、思い出す。
「――れいれちゃんっ!」
ボロボロのアパート。壁が薄く、隣の部屋の住人にまで聞こえてしまうほどの声量。にもかかわらず、れいれからの返事がない。気づかない、ということはないだろう……、そう言い切れる、とは言わないが、十中八九、気づくはずだ。
なのに返事がないのであれば、外出中……?
単に買い物に出た、という可能性もあるが、しかしきらなは、れいれが一人で事件解決に向かったのだと思い込む。焦り、すぐに立ち上がって部屋を出た。
アパートの外、街灯が少なく、夕方でも充分に暗い道を進むきらなは、すぐに迷う。あまり進むと、アパートへの帰り道が分からなくなる。……れいれはどこにいる? どこへ向かった?
行き先が分からないことには、探しようがない。見つけられない、だから加勢ができないし、助けることもできない。
どうしよう……、自分はどうして眠ってしまったのか、と後悔する。
れいれの性格を考えれば、きらなが眠っている内に一人で解決に出てしまうことなど、目に見えて分かるというのに。だけどきらなは眠ってしまったのだ。
それほど、心身に溜まっているダメージが大きかった、ということだろうが、それを考えても自分は迂闊過ぎた。れいれは歯を食いしばり、数秒だけ後悔し、自分に怒りを覚え――すぐに冷静になる。セルフコントロール、だ。もう、取り乱したりはしない。
感情を溜め込んでもいいことなどないのだ、ストレスも、適度に発散させていれば爆発することもないだろう……、発散させるのが数秒だとしても、効果がないわけでもないのだから。
きらなは周囲を見回し、れいれがどこにいったのか、予測などつかないが、だけどいつまでもここにいるわけにもいかない。当てずっぽうだ。テキトーに一歩目を踏み出そうとしたところで、記憶に新しい顔を見つける。
「……夜須子?」
「きらな……? っ、——きらな!!」
夜須子の不安そうだった表情が、次第に安心を得て変わっていく。駆け寄ってきた彼女が、はぁ、はぁ、と息を切らしているところを見ると、ここで出会うよりも前から、まるで一通り、町を駆けていたのか、と思わせる。
実際、夜須子は町を駆けていたようだ。服はところどころが汚れていて、靴も先っぽが破けている。走りずらそうではあるが、夜須子にとっては関係ないのだろう、気にしている場合ではない、とも言えた。
「どうしたの、夜須——」
そこで、きらなは萌夏の言葉を思い出してしまう――『ヤスを信じるな』。今、目の前には夜須子がいる。彼女を信じられるかどうかを確かめられる状況ではあるが、確かめれば、きらなは夜須子とはもう、友達には戻れないかもしれない。
疑うということは、そういうことだ。
崩壊するかもしれないリスクを抱える覚悟がなければ、踏み込むべきではない。
だからきらなは確かめない。聞かず、全力疾走をして、自分へ近づいてきた夜須子を信じる。
疑って後悔をするのなら、信じて後悔をする方がまだマシだ。
「――どうしたの、夜須子」
きらなの問いに、夜須子は息切れを落ち着かせ、呼吸を整える。がくがくと震える膝を両手で抱え、屈む――口を歪ませ、それが諦めの微笑みだということが、きらなに伝わった。
「もう、だめ……逃げられない……っ。きらな、次に殺されるのは、私なんだ――私も関係者だから、あのいじめの、関係者だから……だから、萌夏に殺されるんだっっ!!」
え――、という声は、きらなの口から外には出ない。きらなに向かって、闇夜から飛んできたナイフによって、出かかっていた言葉が無理やり飲み込まされた。
頬に触れるか触れないか、寸前を通り過ぎ、だけど皮膚が切り裂かれた。つー、と血が垂れる。くすぐったい感覚がきらなの頬から感じられた。
通り過ぎたナイフが、きんっ、と壁に当たる。そこで、止まっていたきらなの時間が動き出す。そして冷静に、状況を分析——している暇はない。犯人の姿が、迫ってきている。隣で屈んでいる夜須子の襟を掴んで全力で横に投げ飛ばした。
火事場で発揮される馬鹿力だ。
それでも所詮はきらなの力だ、上手くいったかは分からない。そこまで目で追っている余裕はなかった。夜須子も文句は言わないだろう、蹴られないだけマシだ、と思うべきだ。
さらに言えば、犯人に殺されていないだけマシだ、と。
きらなは犯人の姿を見た。夕方、周囲は暗く、街灯の明かりもない場所だ。しかし犯人の姿ははっきりとこの目に見えている。目が暗闇に慣れたおかげか。
体格、顔。区別するくらいには、分かるものだ。
「……あの言葉は、惑わすためだったの? 単純に、痛がらせのような、小さな疑問を作ることでわたしを騙したいだけだった……? それだけの言葉だったの――萌夏?」
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