第33話 石切萌夏 その1
夜須子から聞き出した話をまとめると、だ。
最近ニュースになっていた【連続通り魔殺人事件】――その被害者の一人に、夜須子の親友であり、中学時代、きらなをいじめていた主犯格の一人の少女がいる。
名を、
真夜中の十二時頃に殺されたらしい。死体の状態が、気識と似ているようだ。どちらかと言えば、順番的に気識が卯郷に似ているのだが、ともかく――、卯郷は殺された。その一件を知ってから、夜須子はこの事件について、一通り調べてみたのだ。
すると、全員ではないが、被害者のほとんどが知り合いだった。
被害者の中には、中学時代、小学生時代の友人が……。夜須子の情報収集能力ではそれくらいしか分からなかったものの、だがほとんどが知り合いだったのは事実だ。だからこそ、次は自分なのではないか、という恐怖が生まれたのだ。
追い詰められている。同じ学校に通うきらなにすがるのも不思議ではない。
いや、内心で疑っているのかもしれない。
きらなの、復讐なのではないか、と。
だから先に謝っておき、復讐対象から逃れたいという気から、謝ったのかもしれないが……、まあどちらでもいい、ときらなは気にしなかった。
怯える夜須子を見て、ざまあみろ、とは思ったものの。
『大丈夫だよ、夜須子。すぐに犯人は捕まるよ。警察だって動ているしね』
そうきらなが言うものの、夜須子の方は落ち着かない。
意外と繊細な精神だなあ、と思った。
中学時代、見て見ぬ振りを貫いた同一人物とは思えない。
『今日は家に帰って、明日も明後日も、絶対に家から出ちゃダメだからね』
『う、うん、ありがと、きらな……』
夜須子は目元に溜まった涙を拭い、そこであることを思い出し、だけどきらなには言いにくそうにして――口を開けて、すぐに閉じて、を繰り返す。
それにイライラしてしまい、がまんできずに口を挟んだのは、れいれだ。
『あー、もうっ。遠慮しないで言いたいことがあるなら早く言いなさいよ!』
その怒声に、『ひっ!?』と夜須子が怯える。
きらなが、『れいれちゃん……』と責めるような視線を向けた。
『待ってよっ、私が悪いの!?』
『れいれちゃんが怖いからだよ。夜須子は責められるのが苦手なんだから……まったく』
『ええ!? きらながすっごく冷たいんだけど!!』
昨日の自分を思い出してほしいなあ、ときらなはれいれにそう思いながら。
それはともかく。
夜須子はこの事件で、自分と同じように怯え、もしかしたら独自に調べてなにか掴めているのではないか、と思われる人物がいることをきらなに打ち明ける。
伝えることに、少しの迷いがあったが、れいれの一喝で、勇気を出すことができた。きらなには、できれば伝えたくなかった名前である。だけど、伝えなくては、きらなはきっと前には進めないだろう……、だから夜須子は、傷つくと分かっていながら、覚悟を決めて名を伝える。
その名は――、
「
字として、見たくもない名前だった。
今、きらなとれいれは、その石切萌夏の自宅の前にいる。住所は夜須子から教えてもらった。さすがに中学時代の同級生とは言え、きらなも自宅まで知っているわけではないからだ。しかも彼女はきらなの――、
ぶんぶんっ、ときらなは頭を左右に振った。思い出したくもない。
自宅の前まできて、思い出さない、わけもないのだが。
どうしてここにきちゃったのだろう、という呟きが漏れる。
そんなの、夜須子の『なにか知っているかもしれない』が、そのまま『萌夏を助けてほしい』に繋がっているからだ。夜須子のお願いだから。きらなの自発的な行動ではない。
自分では絶対にこなかっただろう、向き合わなかったはずだ。
夜須子が背中を押し、れいれが手を引っ張った形である。
「…………」
きらなはインターホンに手を伸ばして、だけど押すことができなかった。
指が宙を彷徨う、最終的に、伸ばした手がだらんと落ちてしまう。
「怖いならやめよう。無理して行くこともないわよね。レーモンに頼めば、『なにかを知っているかも』、なんて不確定な要素に頼ることもないんだから」
「でも、夜須子に、助けてほしいって言われたんだから、やめることはできないよ……。中学時代は、夜須子のことをどうしようもなく腐ってるやつだって思っていたけど、でもいま見たら違うみたいだし……、やめたかったけど、できなかった――そういう抑え込んでいる気持ちというのは、あるものだよ。萌夏だって、それは変わらないと思う……」
「私には、きらなが無理をしているようにしか見えないよ。吐きそうで、苦しそうで。さっきの子から聞いたけどさ、この石切萌夏って子は、きらなをいじめていた主犯なんでしょ? 集団のリーダーだった。周りから持ち上げられたわけではないって……。
それってさ、きらなが抱えているトラウマは、他の子よりも人一倍、強いってわけでしょ?」
たぶん、確実に近い可能性で、萌夏を見ればきらなは精神が壊れるだろう。壊れないにしても、脆くはなるはずだ。ここで逃げれば、ずっと、トラウマを引きずり続けることになる――これはチャンスだ。ここで消化しておかないと、こんなチャンスはもう二度とない。
だから逃げずに立ち向かう。言うのは簡単だ、だけどやるとしたら、簡単にはいかない。プラスもマイナスも分かっているのに、感情が邪魔して体が動かない。自分の無意識に、意識が勝てない状態だ。やはり、自分は弱い人間なんだな、ときらなは自虐する。
でも、今は一人じゃない。二人だ。
きちんと支え合うことができる、友達がいる。
だから、あの時の、孤独とは違うのだ。
自分の無意識に勝たせてくれるパートナーがいる。れいれがきらなの手を握り、指を絡ませる。そして、その手を、指を、インターホンに向かわせた。ボタンを押す――。
ピンポーン、という高い音が響き、ブツ、と中と繋がった音がした。しかし、声がない。故障ではない、と思うので、これは外にいるのがきらなだと理解したのだろう……どう対処すればいいのか、相手は迷っているのだ。
追い返すか、招くか。
相手の選択で、状況がどちらに転んでも、きらなは一歩、前へ進める。
勝てなくてもいい、ただ前に進めたという事実は、必ず力になるはずだ。
『………………入って』
長い沈黙の後、聞こえた言葉は、一言、これだけだった。
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