第31話 容疑者
他のクラスメイトと離れた場所で、れいれときらなは二人きりになった。
「なんで、あそこであんなことを言ったの……? 先生を殺した犯人を自分の手で捕まえたいとは、れいれちゃんは思わないの?」
「思うよ、だからこそ、十八木さんの制限と監視がかかってしまう捜査から抜け出したんだから。個人的に調べた方が効率が良いじゃない……私たちなら」
私たちなら。
しかしその手前で、制限? 監視? と、きらなは繰り返す。
そりゃそうでしょう? とれいれが呆れたように。
「警察が関われば、ここはさすがに大人と子供……子供を危ない目に遭わせたくないのは、大人の自然な思考よ。義務、とも言えるかしら。あれはしていい、これはしてはダメ、なんて制限がかかるし、ここから先はダメ、離れずについてきなさい、なんて監視もついている。その中で真実を一番最初に見つけられるとは思えないわ。だから、ここに出てきたのよ」
縛られたまま安全に真実を見つけるか、それとも自由奔放に危険に囲まれながら真実を見つけ出すか――、さて、どちらがいいか。考えるまでもない、きらなの意見は決まっている。
「れいれちゃんに、ついていく。民美ちゃんには悪いけど、やっぱり自由な方が色々とやりやすいからね」
「そう。それに、やりやすいとか、制限と監視がある、なんてことだけじゃないわ。他にも理由はあるの。たぶん、十八木さんはね、私ときらなを、先生殺しの犯人だと疑っている――」
言われて、はい? ときらなも驚く。民美が自分と、れいれを疑っている……? だけど、れいれは少し違う、と言った。れいれと民美が、互いに疑い合っていたのだ。
民美はれいれを疑い、れいれは民美を疑っていた。
証拠はない。なんとなく、引っ掛かりがあるだけで――、言いがかりでしかない。
民美の方もそうだろう、事実、れいれはやっていないのだから。どれだけ調べられようが、証拠は出てこない。真実も、まったく違う場所に埋まっているはずだ。それでも疑わしければ調べるのが警察だ。それに付き合うのは、たとえ無罪でも不愉快である。
だかられいれはさっさと抜け出してきたわけでもある。
「民美ちゃんが怪しいのは……死体を見ても動揺しなかったから……?」
「それは警察官の娘だからでしょ。それを根拠にしたら、弱過ぎる。その辺にいる人を連れてきて、『お前が犯人だ』と言っているのと変わらないわよ」
「でも、動揺しなさ過ぎの気もするけど……」
民美を疑っていなかったきらなも、れいれの意見に流され、理由を探している。
振り返れば民美の対応には、気になるところばかりがあった。
「以前から知っていて、だから驚かなかった――なら、納得できるけど」
「それ、考えてもみてよ、十八木さんにとって、動揺しないことにメリットはある?」
「…………ない」
「動揺しなければ、『どうして動揺しないのか。犯人?』って思われてしまうのに。実際、きらながそう思ったわけでしょう? なのに、わざわざそんな態度を取るとは思えない。隠すなら取り乱した方が効果的だし、そもそも現場に残ろうとは考えないわ。……忘れ物を回収しに入る必要性があった、のかもしれないけどね」
れいれが感じた引っ掛かりと言えば、そこなのかもしれなかった。
犯人は現場に戻ると言う。
率先して現場へ戻りたかった民美は、果たして警察の娘だから、という理由だけで気識の死体を見たいとお願いしに職員室へ乗り込むだろうか。一般人なら、たとえこれで最後だとしても、顔を見ようとは思わないだろう……、まず先に嫌悪感があるはずなのだから。
警察の娘、というのが推理を妨げている。
常人離れした思考も、警察の娘なら、で、一定の説得力はあるのだ。
これをどうにか突破しなければ、次の違和感を見つけ出せない。
「民美ちゃんは違うと思う。……違うって、思いたい」
「それは私もよ。……疑ったけど、私も本当に十八木さんが殺したとは思わないわ。犯人なんて、いないんじゃないかしら」
え、ときらなが声を漏らす。
「私がなんの手がかりもなく、十八木さんから離れて、こうして立ち止まっていると思っているの?」
れいれは、まるで行き先があるとでも言いたげに、きらなを引っ張った。
目的地がある。彼女の中に、明確な、犯人へ繋がる道が――。
「さっきの気識先生の死体、気づいたんだけど――、傷口が綺麗過ぎる。まるで機械に任せたみたいに正確で、直線が歪むことなく引かれていた。傷口を、断面を見てもかなりの力があったって分かる。その力も正確さも、人間には出せないものよ。どうしたって乱れるはずだしね。
だから私が出した答えは、犯人は人間ではない――。そう、私たちは知っているはずよ。十八木さんでも警察でも見つけられない、私たちの特権である、キーワードが」
きらなも気づく。こっちの世界の常識など通じない、異能の世界の住人。
きらなとれいれは、魔法少女なのだから。
つまり、気識を殺したのは、【悪魔】である、と。
「悪魔が、じゃあ気識先生を……?」
「そう。実行したのは人間だとは思うけど、その裏には悪魔がいるはず。だから憑かれている人間を探すのが先ね……。レーモンの探知を使えば、時間はかかるにしても、でも見つければそれまでよ。一本道を走るように、解決できるはず」
一階まで下りたれいれときらなは、悪魔が犯人であると決めつける。
間違ってはいないはず……違うとすれば、もうこれは迷宮入りである。
玄関で靴を履き替え、レーモンを呼ぼうと息を吸ったところで、
「きらな、だよね……?」
と、れいれにとっては聞いたことがない、だけどきらなにとっては聞いたことがある、絶対に忘れたいと思っていた、トラウマの声——。
記憶の中の人物像と一致しないような、おっとりとした、遠慮しているような、おとなしめの声がかかった。
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