第30話 死体調査
行くよ、とも言わず、民美が教室の扉を開ける。
部屋に入ると、廊下とはまったく違う世界だと思ってしまうほど、空気が違う。濁っていて、とてもじゃないが、数秒さえもいたくはない空間だった。
だが、民美と、それに続きれいれ、きらなが部屋に入っていく。その後に続く気配がなかったのできらなは振り向いた。廊下で立ち尽くしているクラスメイトがそこにいた。
……彼女たちはこの部屋に入りたくないのだろう。さすがに、許容範囲を超えていたか。気識の最後の姿を見たくて、多少の危険ならがまんすると決意してここまできたメンバーだが、しかしこの教室に入るということは、『多少』の危険を越えていると判断したのだろう。
嫌悪感が、彼女たちの足を止めたのだ。それを責めるつもりはなかった。
ここで足を踏み出せたところで、だからなんだ、という話だ。
それを掲げて情けないだの意気地なしだの言うつもりはなかった。
彼女たちに、きらなは声をかけず、視線で聞いてみる。と、やはりこれ以上は「無理」という意思が伝わった。手招いたりはしなかった、手を引いたりも。ここから先、中途半端な覚悟では絶対に後悔するだろう、だから、引くとしたら、ここしかない。
トラウマになっても、誰も責任なんて取ってくれないのだから。
だから、きらなは自分を最後に、扉を閉めた。ぴしゃり、という音と共に、教室と廊下が、はっきりと分断された。今、この空間にいるのは、きらなとれいれと民美だ――真実を探る三人。
そして、死体となった、気識誉である。
「これを先生だとは思いたくないけど……でも、先生なんだもんね……。見間違うわけない。間違いなく、気識先生、だよね……?」
民美が、死体を見ながら。
冷たい床に倒れている気識は、殺された状況、そのままだった。
もう既に警察が一通り調べた後なのだろう……、
でなければ、こうしてきらなたちが会えるはずもない。
「ええ、はっきりと分かる。確かに体は傷だらけで、腕も足も切り取られている……少しだけ、内臓がはみ出している状態だけど、でも顔は綺麗なままね……。間違いなく、気識先生よ」
二人の会話を聞いて、きらなが覗き込むように、れいれの横から顔を出す。気識の死体を間近で見る。れいれの言う通り、体はボロボロだ。服もズタズタになっている。顔以外はグロテスクなものだ……だけど、大雑把に言えば、気識の上半身は、下半身に比べても傷が少ない。下半身にいけばいくほど、酷い状態になっていた。
まるで、なにか作品を仕上げるような殺し方にも思えた。
芸術性が強く出ているような、死体作りである。
だが、だからと言って怒りが消えることはない。
芸術作品? だからなんだ。殺したことに変わりはない。
きらなは拳を強く強く、握り締める。
「どうして、こんなことができるの……ッ!
こんな、花壇にある花を、乱暴に毟るようなことを――どうしてッッ!!」
「さあね、犯人の心境なんて知りたくもないし」
民美が手袋をはめて、死体の各パーツに触れていく。なにかを確かめるように、なにかを、チェックでもするように。そして、その時の手際の良い民美に向けて、きらなは疑問が生まれた。
「民美ちゃん……? 動揺しないね……あと、手際が良い……」
「死体は見慣れているから」
警察が手を入れた後だと、やはり目ぼしいものはもうない。
彼らが見逃したものでもあるかと思ったが、さすがは優秀な組織だ。
民美は一通り見終わったらしく、手袋はずしながら、
「わたしの親が警察官なの。だからよく現場を見せられたり、事件調査の体験をさせてもらったりしていてね……もちろん、身内のこねだから。気軽に言って参加させてもらえるわけじゃないよ? お父さんはわたしを警察官にしたいみたいで……職権乱用だよね。
ともかく、そのせいで、ううん、おかげ、というか。昔から見慣れているから、今更、死体を見ても気持ち悪いとか、怖いとか、感じなくなったかな。だから生まれてくるのは、犯人への許せない怒りだけよ」
民美がポケットからスマホを出し、二回、画面に触れただけで耳に当てる。電話相手になにかを言っていたが、きらなは理解できなかった。専門用語ばかりだ。聞き取ることはできても、知らなければ分からない。だから民美も堂々と電話をしているのだろう。
分かるところだけを言えば、「誰か来て」、「捜査に参加する」ということだけだった。となると、民美も警察と一緒に、犯人を捕まえようとしているのだろうか。
よし、ときらなもそこに加わる気満々だった。しかし、参加表明をするよりも早く、れいれに腕を掴まれ、引っ張られる。無理やり死体から離された。
それから、民美からも距離を取らされて、教室の出口まで一直線である。
「十八木さん」
れいれが、民美へ視線を向ける。
「私たちはあなた方には関わらないわ。犯人捜しや、死体の取り扱いについては、全部任せる。これ以上は、一切関与しない。……あなたもそのつもりだったんでしょうけど。
そういうことで、私ときらなはここでリタイアするわ。さすがに、そっち側の世界に踏み込むほど、怖いもの知らずってわけでもないし……」
「ちょっとっ、れいれちゃん! わたしはそんな気は、これっぽっちも――」
「ん、分かった」
と、きらなの意見を遮るように、民美が力強く言った。
民美の強い瞳には、「クラスメイトは誰も巻き込ませない」という意志があった。感じた彼女の覚悟に、きらなは「自分も手伝う」とは言えなかった。れいれに引っ張られ、そのまま教室から出る――、もう、民美のところには戻れない。
外に残っていたクラスメイトと合流し、引き連れて、職員室へ戻る。
きらなはなんだか、納得のいかないゴールをしてしまった感覚だった。
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