第28話 異界の王の説明会
眠気がなくなった二人が、レーモンの前で正座をする。
「ふう、聞く気は充分、ってわけだね。ま、なくても無理やりそういう状態に持っていったとは思うけどね……手間がかからないならそれに越したことはないさ。
――それじゃあ、話をしよう、説明をね。なら、どうするかな……僕が勝手に、一方的に話してもいいけど……、そうだ、きらな。君が知りたいことを質問してくれれば、僕やれいれで答えられることであればなんでも話すよ」
「なら――」
質問するように促す、レーモンの伸ばされた手。
きらなはううん、と悩む振りをしながら、その実、聞くことは決まっていた。
「あの真っ白な巨人はなに?」
「ああ、君が刻むように殺したあの下級悪魔のことか」
れいれがその光景を思い出したように、うぷ、と吐き気を手で押さえる。
「あれは悪魔と言ってね、生物の【死んだ魂】が、憎しみや敵意を食べて成長した成れの果てだよ。だから人間の成れの果てと言える。エミールの口癖を借りれば――『こっちの世界で言えばあれは悪霊みたいなものだな』――かな」
「悪霊……人間界にいる、成仏していない魂、幽霊……つまりそれが悪魔なんだね――じゃあ、その悪魔を倒したら……退治? したら、どうなるの?」
「死ぬよ。成仏するとか思ってる? いいや、死んだ上に、また死ぬだけさ。というか、悪魔になった時点でもう成仏なんてできない。このまま現世を彷徨うか死ぬかのどちらか一つだ。
中途半端な存在なんだよ。そこまでしてこの世界にしがみつきたいやつは、間違いなく精神が狂っているんだ。だからいたずらでは済まないことを平気でしてくる。人やモノに憑いたり。災害に憑いたりすることもあるか。ただ今回のきらなを襲ったパターンは、なににも憑いていなかったようだね。悪魔単体で悪さをするタイプだった……下級悪魔だから知恵が回らなかったみたいだけど、それでもパワーはあった……、人を殺せるくらいには、ね」
「下級、悪魔……」
「下級、中級、上級。僕らそうランク付けをしている。あの真っ白な巨人は、あれでも下級だったわけさ。下級だからと言って、弱いわけじゃない。簡単に倒せるわけでもない。そこは勘違いしないでほしいね、それを理由に足をすくわれたらこっちも後味が悪いしね……。ランクは被害の差だ。上級に比べれば下級悪魔の場合、被害があまり出ないだけだ――」
それでも悪魔に変わりない、とレーモンは念を押す。
津波か落雷かの違いかもしれない。被害数の違いはあれど、被害が出るという意味では脅威に差はあまりない。
レーモンの説明で、悪魔については、だいたいのことが分かった、気がする……しかしこれで知りたいことを全て知ることができた、わけではない。
今後、自分はどうやって、どの道を進めばいいのか――、きらなの疑問はそこだ。
「わたしは、どうすればいいの……? エミールに言われて、あのナイフを渡されて……って、あれ? あの赤いナイフがどこにも……」
「ここ」
きょろきょろと周囲を見回すきらなに、れいれがナイフを差し出す。まるで人を刺したまま洗わず、そのまま取り出したような真っ赤な色だった。鮮血にしては赤過ぎるかもしれないが。
差し出されたので反射的にきらなが受け取ろうとするが、れいれが、きらなの手から離れるようにナイフを自分の胸に引き寄せる。
「れいれちゃん?」
「だめ、きらなには渡せない……、まだ自分の殺意を操れていないし、克服もできていないし……そんなじゃあ、またすぐにキラー・マシンに飲み込まれるよ……っ。きらなの精神がナイフに喰われるっっ。そのまま殺されて――、だから、これは私が預かるわ。
文句を言っても聞かないからね」
「れいれちゃんがそう心配してくれるなら、文句もないけど……、預かってくれるなら、それに越したことはないかな」
れいれがきらなのキラー・マシンを、彼女の目につかないところにしまって――、するとレーモンが話を戻すように、きらなからの質問に答えを返す。
「きらな、君には紅の使者として、悪魔退治をしてほしい、ってところかな。本来なら、エミールの役目なんだけどね、あれは君に干渉しないと言っているし……、嫌でなければ、れいれと共に僕が君の面倒を見てあげるよ。でも、勘違いしないでほしいのは、本来、君とれいれは敵対する関係であり、出会えば殺し合いをしているような仲なんだ。悪魔退治も競争——、今のこの状態は例外中の例外、と自覚しておいてほしいね」
紅と群青。
きらなとれいれ。
エミールとレーモン―—。
決して、手を握り合える関係ではない。しかしどういう運命なのか、今は絶対にあり得ないはずの共闘という関係が出来上がっている。良いのか悪いのか、判断に困ることだ。
今までに前例がないために、どうしていいのか分からないのが本音であるが、レーモンはできれば争いたくはないと思っている……、王としては不満でいるべきだが、だけどレーモン個人として考えるなら、この状況は満足である。
王の立場、個人の感情、それらを踏まえた立ち位置や助言、味方や敵がぐちゃぐちゃに混ざり合い、いま自分は一体どこにいるのか、正確に理解できていないことがある。
レーモンは、自分で自分が分からなくなるのだ。
きらなは、レーモンの不安定を感じ取ったのか、すぐに返答をする。
「分かった、レーモンとれいれちゃんと一緒に、悪魔を退治すればいいんだね? レーモンの言う通りにぜんぶ従うよ。だから、レーモンには調整してほしい。わたしとれいれちゃんが敵対しなくてもいいように、色々と動いてほしいんだ」
「か、簡単に言うじゃないか――でも、うん、任された」
レーモンがきらなの瞳を見つめる。
きらながそれを受け止め、
「でも、エミールが困るようなことはしないでほしいかな。わたしを見捨てたみたいになってるけど、でも、捨てられる前に拾われたのは嘘じゃないから。理由はどうあれ、命を救われたのは変わらないよ。命の恩人だし……だから、レーモン、お願い……っ」
きらなのお願いごと。上目遣いで瞳をうるうるとさせているこの手法は、ああ、確かにエミールの子だな、とレーモンは納得した。元から拒否などするつもりはなかったが……、だけどきらなのその表情で、こくん、と頷かされた。……もしもこっちに拒否する気があれば、抗えない話術である……話術か? もうこれは人間が使う魔法みたいなものである。
ここにはいないエミール……、あんなのでもきらなにとっては命の恩人であり、そしてレーモンにとっても、数少ない王の友達である。
できることなら敵対はしたくない。敵に回せば厄介だ、という意味ではなく――それもなくはないが。できることなら、れいれときらなのような関係でいたいものだった。その希望が叶うのは、果たしていつのことになるのやら。レーモンは肩をすくめた。
それから数時間にもなる説明が続き、王術で誤魔化したはずの眠気がきらなとれいれの中に戻ってきた頃だ、レーモンの説明が、遂に最後の項目を迎えた。
そして同じように、夜が終わり、日が昇り始める――。
「つまり、だ。悪魔が出たら僕が君たちに知らせるから、あとはキラー・マシンを持って、指示した場所へ急行してほしいってわけだ。きらなが悪魔を退治しても、れいれの手柄になる……割合としては、異界にある国・群青に、八割の領土が増え、二割が、紅の領土にいく――でいいよね? だったらエミールが困ることもないんだし。
敵対して悪魔と領土を奪い合うよりは、安全に、確実に国が発展していくと思うよ――って、気を抜いたらすぐに眠りそうな顔だね……。眠らせてあげたいけど、でも寝たら最後、遅刻するまで起きないんじゃないかい? 人間のルールはよく分からないけど」
どの口が言う、という怒りが眠気を飛ばす。れいれがぱっちりと目を開け、意識を覚醒させて時計をあらためて見ると――、もう既に、七時半を回っていた。まだ早いと思うかもしれないが、それは距離がそう遠くない場合の話だ。れいれの自宅からだとそこそこ距離がある。色々と準備をしている内に、時間はあっという間に過ぎてしまうものだ。
つまり移動時間よりも、身だしなみを整えることに時間がかかる。
「きらな、起きて! 早くしないと遅刻しちゃうから!」
「ううん……、もう無理、食べらないよ、多いよう……」
「分かりやすい寝言を言っていないで! 二日目で早速遅刻するわけにはいかないの! しかも二人一緒にって……、変な噂でも立てられたらどうするのよ!?」
「そのわりには、表情が緩んでいるようだけど」
自覚がなかった隙にレーモンがすかさず突っ込んだ。
れいれは気を引き締め――幸いにもきらなにはばれていない。であれば良し!
まったく起きないきらなへ、言葉だけではもう足りない。
あまりしたくはないが、仕方がない。
――ぱちんっ、と高い音が鳴るほどの力で、きらなの頬を叩いた。
「――はうっ!?!?」
目を開けるきらなは周囲を見回し、れいれを見つけて「おはよぉう」と舌が溶けているような声で言った。
「おはよぉう、じゃなくて! 早く学校に向かわないと遅刻しちゃうって言ってるけど!」
「でも今、すっごく眠くてぶえばあばあばう」
「なに言っているのか分からないけど、たぶん怠けたいのよね!? それは分かるし、私もそうだけど……っ、ほら、うだうだ言っていないでさっさと行くよ!」
言語が破綻しているきらなを無理やりお世話して、身だしなみを整え、学校に辿り着いても変に思われない最低限のラインの容姿を作り上げる。女子高なのが幸いか。男子がいればもう少し気合を入れたものだが……(それできらなに目をつけられても困るし、だから少しはレベル落とす細工をするかもしれないが――その細工に時間かかりそうだ)元々からそれなりに整っている容姿だ、手間がかかるほど、化粧をすることもなかった。
れいれはふらふらとするきらなを連れ、家を出る。
時間まで間に合うか、と不安があったが、だが行くまでの道中、問題や事件が起こることは一切なかった。厄介ごとは昨日のあれでもういっぱいいっぱいだ。バランスが大事である。しばらくはなにもないだろう……、そう思ったのは予兆だったのかもしれない。
嫌な予感はこの時から既に察知していたのか。
結果を言えば、遅刻はしなかった。決まった時間は、既に過ぎていたのだが――。
それどころではない状況だった。
学校に辿り着いてみれば、事件は既に起こっていて、そして終えていた。
結果だけが残されている状況だった――つまり、だ。
学校の敷地内で、
きらなとれいれの担任の女教師・気識誉が死んでいた。
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