第27話 深夜

 こうして、きらなとれいれは正式に(というのも変だが)友達になった。

 同時に、違う関係も構築されている。異界の王の相棒として、悪魔退治の手伝いをしている――しかも、王と王は敵対しているのだ。となれば、その王の相棒であるきらなとれいれも、敵対しているという状況ではあるのだが、しかしレーモンは、きらなのことを好意的に見ている。

 もちろん単純な好き、嫌いではないだろうが……。

 裏がある、とは思う。

 だとしてもレーモンはきらなに向けて、親切な態度だった。


 が、好意を向けていても、警戒をしていないわけではない。怠らず、これは癖だろう。

 相手が誰であろうと警戒をする、でないと生き残れない世界にいたのだろう――、

 異界の王・レーモンは。


「二人が仲良くなったのは願ったり叶ったりだけどね、でもさ、こうしてきらなをれいれの傍にずっと置いておくのは、やっぱり心配だね……」


「それって、きらなが私たちを裏切って攻撃したりするかもしれないって? 疑っているの?」


 レーモンからきらなへの、疑いの視線。

 激昂するでもないれいれは、しかし冷たい瞳だった。

 レーモンも未だかつて見たことがない態度のようだ。


「いや、違うって……そうかなあ、って思っただけ。確かに失礼だったね、ごめん。なにも知らないくせにきらなを疑うな、ってれいれは言いたいんだろう? でもさ、知らないからこそ疑い、警戒をする。当たり前のことではあるんだよ、れいれ」


「でも」

「いいよ、れいれちゃん」


 きらなが止める。

 自分のために二人が喧嘩することを、良しとはしないきらなだ。

 それに、レーモンの態度は、彼女が言うように当たり前だ。


「警戒されて当然だよ。警戒しないでいいよ、って思わせられなかったわたしも悪いし」


 きらながそう言うのであれば、これ以上、レーモンになにかを言うのは、きらなを裏切ることになる。ならば――、れいれは言いたいことをぐっと抑える。ここから先はレーモンときらな、水面下でおこなわれるような戦いだ。


 疑念と信用、だ。


「…………」

 しかしそんな水面下の攻防も、実は起こる前に終わっているようなものだ。

 レーモンは沈黙の後に溜息を吐き、そして――ごめんね、と謝った。


「本当は疑っていないよ。これはもう、差別みたいなものだけど、エミールの相棒だからさ、ただそれだけのことで、君のことを信用していなかった。なにか、裏があるんじゃないかって。怖くて仕方がなかったんだよ――」


「それを聞くと、エミールがどれだけ信用されていないのかすごく分かるよ……」


「なにもないね。あいつは、悪魔だ。悪魔よりもね――。本来、僕たちには信用も信頼もないのだから、求める方がおかしいけどさ……。異界あっちと違って、こっちでは力が上手く扱えないためか、意外と協力することがあるんだよ。

 そうするとね、ちょっとは情も生まれるわけさ……」


 あっちほど、敵対はしていないらしい。


 きらなは、レーモンをじっくりと見ながら話を聞いている。今更ながら思うが、本当にエミールとよく似ている……双子なのか、と最初は思ったものだ。いや、双子以上だ。色を変えただけの、ゲームキャラクターの2Pカラーである。

 ただ、色だけでなく、喋り方、性格もまったく違う。正反対だ――。

 見た目以外は似ても似つかない。


「なにをじろじろと――あ、そうか。僕は君のことを覗いていて知っているけど、君の方はまだ僕のことを知らないんだったね。それはそれは、手が回らなかったようで。遅めの自己紹介だ。僕はレーモン。エミールが【紅の王】であると同様に、【群青の王】さ。そしてれいれの相棒でもある――よろしく、きらな」


 レーモンからの警戒が解け、きらなの体の動きがさっきよりもスムーズだ。

 まるで油を差さなかった機械人形のようだったのが、嘘のようだ。

 レーモンと向き合い、手を出して握手をする。レーモンがにこりと笑う。その笑顔に一瞬、心が奪われそうになったが、隣からかけられた声によって、意識が逸らされた。

 助かった、と思う反面、彼女の笑顔に墜ちてもいいかな、とも思ったものだ。


 声をかけてきたのはれいれだ。彼女は壁の時計を指差しながら、

「もう夜中の……、いや、もう朝ね。朝の四時だから、もう寝ないと。今日も学校でしょ」


「あ、そっか。なんだか非日常に巻き込まれ過ぎて忘れていたけど、生活はいつも通りに回っていくんだもんね……、って、ちょっと待って。あれ!? わたしがれいれちゃんの家にいること、わたしのお母さんは知らないよね!?!?」


 無断外泊どころか行方不明になっているのでは!? と焦るきらなを落ち着かせるように、


「それは大丈夫。昨日の十時過ぎくらいに、きらなのお母さんに連絡を入れておいたから。スマホ、勝手に借りちゃったけどいいよね? 気にするならパスワードも変更しておいて」


「あ、そっか、ありがとう……それは全然大丈夫だけど……よくパスワードが分かったね」

「まあ、だって魔法少女だし」

 非日常を体験した後なのだ、今更パスコード云々で驚くことはない。


「気になったのは、さ。いいんだけど、どうしてきらなのお母さんは私の……、名前と住所は分かるけど、趣味とか好みの食べ物とか、きらなの状況よりも私のことを聞いてきたのかしら」


「れいれちゃん、わたしのお母さんには近づかないようにね……」


 恐らく、あの母親はれいれのことを誘惑でもして、きらなから奪おうとしているのだろう。その時のきらなの顔を見て楽しもうとしている……、母親のことだ、よく分かっている。

 だったら先手を打つべきだ。れいれを母親に奪わせるわけにはいかない。彼女と母親との連絡手段は今の内に絶っておくべきだ。


「あ、うん、分かったわ」

 驚いているような、戸惑っているような、困った表情を浮かべるれいれ。

 そして、これまでの疲れがピークに達したのか、ふぁあ、と欠伸をする。

 釣られ、きらなも大きな欠伸をして――、眠気が意識を奪ってくる。


 すぐ傍にベッドがある。布団も――、あるなら寝るだろう、と二人でもぞもぞと布団に包まろうとしていると、


「ちょっと二人とも、なに眠ろうとしているんだい? 寝かさないよ? 僕の話はまだ終わっていないし、これからのこともまだ決めていないだろう。伝えるべきことを伝えておかないと、いつ命の危機に陥るか分からないんだ。やるべきことは済ませておくべきだ」

 と、レーモンが言った。


 眠気の限界により、薄目でレーモンを見る。しかし意識はここにはないどこかにいってしまっている。これでは話し合いになるわけがない。今はレーモンの説明がまるで子守歌である。


 なので、レーモンが指先をきらなとれいれ、二人のおでこに触れさせる。小さく、人間の耳では聞き取れない、理解不能な言語を呟いた。するとレーモンの指先が光り、きらなとれいれの頭の中に、光りが流れ込んでいく――その光は、二人の意識を覚醒させた。眠気を完全に吹き飛ばし、今からたとえマラソンをしたとしても疲れないほどに、体力が回復している。いや、回復と言うよりは、誤魔化しているに過ぎないが。そんなことに二人が気づくわけもない。


「さて、それじゃあ眠気が吹き飛んだところで、説明をしようか。きらなに、僕たちのこと、そしてルール、これからのことを。エミールのことも、忘れずにね。まあ、学校が始まる前には終わらせてあげるからさ、それまでは三人で仲良く話し合おうじゃないか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る