第26話 ともだち
「え、あれ……れいれちゃん……?」
「…………」
れいれはなにも言わない。抱えたきらなの体をベッドの上に乗せ、掛け布団をかけ――そしてやはり、なにも言わなかった。そしてなぜか、部屋からすぅっ、と音も立てずに去っていく。
「ま、あれは恥ずかしがっているというか、君にはあまり好意を見せてはいけない――なんて自分に制約をかけているのか、だろうね。あれだけ君を拒絶しておきながら、今更、好意なんて向けられないとでも思っているのかもね……。でも君をここに連れてきたのはれいれだ。なら、やっぱり仲良くなりたいのだろうね。でも、悩んでいるのだろうさ。それか、怖いのかもね」
くるくると空中で回りながら、ゆっくりと天井から降りてくるレーモン。きらなは、彼女がどうして天井にいるのか、空中に浮いているのか、疑問は色々とあったが、きっとエミールと同じなのだろうと解釈した。
……エミール?
黒いマントのフード付きの少女。
そう言えば、彼女と出会った記憶は、覚えている。
そうなると芋づる式に知識も引っ張り出せる。
「そっか……」
そこで、きらなは自分が眠っていたベッド、そして周囲の見慣れない景色に気づく。一人暮らしをするのにちょうど良い広さがある空間に、色々と日用品が詰め込まれている環境——、ここはどこだろう、と思うが、答えはすぐに出てきた。
レーモンの口から、だ。
「ここはれいれの家だよ。ボロボロで汚いアパートだけど、がまんしてね。まあ、一人暮らしをするなら充分だろう。経済的にも、精神的にも苦じゃない良い物件さ。オートロックでないだけ、女の子としては不安かもしれないけど……れいれなら大丈夫だしね」
君も、とは、レーモンは言わなかったが。
きらなを見る目は存分にそう語っていた。
「なんで、わたし……れいれちゃんの家にいるの……?
って、待って。ほんとにぜんぜん思い出せない――なんで、ここで眠って――」
え、えっ、と体をまさぐるきらな。
違うそうじゃない、とレーモンがれいれのために否定しておく。
「エミールのことは、覚えているのか。じゃあ、エミールからキラー・マシンを渡されたことは? ……ああ、うん、そこから記憶がないのね。思い出せないのか。
それは君が暴走状態だったからってわけだけどさ、どうする? 聞く? 君が暴走していた時のこと。聞くべきだけど、でも、聞いて気持ちが良い話ではないからね、できればしたくないけど――聞かせたくない話なんだけど、どうする?」
「…………聞く」
聞いておくべきだと言われたら、聞かないわけにはいかない。
きらなはレーモンのことを疑っていなかった。疑うべきだろう、と疑われることになるレーモンはそう思ったものだが……これがきらなだ、と言われれば納得だった。
エミールが選んだ子だ。そうでなくては、拍子抜けである、と言わんばかりだ。
暴走状態の話。
きらなはやっぱり、聞いておくべきだろう。
意識がない自分が、一体、なにをしでかしたのか。
把握しておくべきことである。
レーモンがちらりと部屋の外に視線を移す。きらなも、それに釣られて追ってしまいそうになったが、レーモンの意識がすぐに戻ったのできらなの視線も逸れることがなかった。
彼女が語り始める。
そのため、きらなもすぐに話を聞く態勢になった。
「じゃあ、そうだね……君が暴走している間の中で、一番大きな行動と言えば、れいれの腕を紅猛攻の刀身で斬り落とし、それから噛み砕いたことかな」
「ちょっ、レーモン!!」
すると、部屋の外に待機していたのだろうか、れいれが襖を勢い良く開けて、叫んだ。
「どうしてそこを的確に言うの!?
私が一番、きらなに伝えてほしくなかったところなのに!!」
「だからこそだよ。君はその事実を隠したいと思っている。それを言えばきらなが傷ついてしまうから……そういう甘い考えなのだろう? でもそれじゃあ、ダメだ。この事実を知らないまま過ごしていくのは、きらなにとって、一番やってはいけないことだ」
もっともらしいことを言われ、ぐぐ、と言葉に詰まったれいれ。
きらなのためになると思い、隠していたが、それこそがきらなのためにならないと言われたら、言うべきだと思うのも納得だった。
「え、わたしが、れいれちゃんの腕を斬り落として、噛み砕いて……? でも――」
きらなの視界の先では、きちんとれいれの腕は胴体に繋がっている。二本ともだ。
でも、言われて見てみれば、分かることもある。れいれの腕は自然に見えて、でも不自然だ。全体を見るとやはり違和感が残る。右腕と左腕。微妙だけど、でもやっぱり、そうだ――、
左右で腕の長さが違うのだ。
それは、一度取り外し、その後でまた取り付けたような……。
これはレーモンの言葉を否定できない証拠だ。
「わたしは、れいれちゃんを、攻撃して……っ!」
「きらな、違うのよ」
れいれは、怯え、悔やむように体を小さくさせるきらなの肩に、ぽんと手を置いた。
「きらなが私に攻撃をしたのはね、防衛本能なの。危険がなければそれは働くものじゃない。私が悪いのよ。私が最初に、きらなを殺す気で攻撃しなければこんなことにはならなかった。だからこれはね、私の自業自得の結果よ。きらなが悔やむ必要はないの――」
「美味しそうにれいれの腕を食べていたよね」
「レーモン、口を挟まないで」
「茶化そうと思ったのに……」
茶化す? 和ませるためではなく?
レーモンの善意だと分かってはいるが、厄介な存在である。
たまに、エミールよりも質が悪い時もあるのだから。
れいれが鋭い視線を向けると、レーモンが肩をすくめながら、部屋から去っていく。
邪魔者は退散、とでも言いたげだった。
もしかして、気を遣ってくれたのかもしれない。ならもっと他に優先するべきことがあっただろう、とは思うが、直接、言ったりはしない。それで喧嘩になってはもったいないだろう。
はあ、と安堵の息を吐いてから、
斬り落とされた後にくっつけられた腕を、きらなへ見せる。
「ほら、レーモンの術……王術? 魔法かしら? まあ、分からないけど、そういう類のもので、私の腕はきちんと繋がっているの。二度と動かない、ってことはないから。指先まで敏感に動くわ。逆に、以前よりも動かしやすいとまで思っているわ。だから安心して、きらな。
落ち込まないでよ。私は、友達が悲しんでいるところなんか見たくないのよ」
「とも、だち……?」
「そう、友達。……今更、都合が良いって、思うけどね。あれだけ拒絶していた私がそれを求めて、言うのは、それはずるいでしょ、と他人と言われてもおかしくないわ。分かってる。でもね、恥も外聞もなにもかもを捨てて本音を言うとね、私はきらなと一緒にいたい。一緒に遊びたい――、一緒に、なにをするでもなく、過ごしたいの。友達に、なりたい……っ。
きらなが、もし良ければ、だけど。私と、友達になってほしい。私を、支えてほしい。私がきらなを支えるから、だから――」
そこで、れいれの言葉が消えていく。
そして、この言葉の続きは、これから先、一生、れいれの口から発せられることはないだろう――でも、それは、言えない、ということではない。それは、言う必要がないからだ。れいれの言葉の途中で、きらなが勢い良く、れいれに抱き着き、うん、と頷いたからだ。
すれ違っていた二人はやっとのことここで繋がり、これから途切れることなく、途切れさせてはくれないような渦巻く中心に、既に入り込んでしまっているのだ。
歯車が、かっちりと狂ったまま、はまってしまったように――それには誰も気づかない。
でも二人は悔やむことなく、友達になれたこの日のことを、これから先、一生、忘れることはないだろう。記憶の中に、しっかりと刻み込まれている――。
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