第24話 異界の王たち その2

 レーモンと瓜二つの容姿。違いを言えば、髪の色が青ではなく赤。攻撃的な表情と口調である少女――れいれとレーモンの目の前に現れたのは【紅の王】・エミールである。


 エミールが、地面に転がっているキラー・マシン【群青静寂の銃口】の名を持つ拳銃を拾い上げる。くるくると指で回しながら、少しずつ近づいてくる。

 そして、数歩の距離を残し、キラー・マシンをレーモンに投げ渡した。


 そんなエミールに、敵意を剥き出しにしてれいれの壁となる、レーモン。


「……あの子、きらなを利用して一体なにを企んでいる、エミール……」


「なにも。本当にさ、単純に、自分の領土を増やしたいだけだ。なんていったって、王だぜ? そもそも、この悪魔退治は自分の国の領土を増やして、力をつけることを目的にしている。だからこそおれたちは人間界にきてさ、ああやって、きらなのような、心に闇を抱える子にキラー・マシンを貸し与え、戦ってもらっているわけだ。悪魔退治ができるのは使者だけだからな。

 おれたちじゃ、異界にいる時よりも力が出せない。挑んで返り討ちにされたら恥ずかしいだろ。だからおれたちにはこの世界の武器が必要なんだ。感情と人格を持つ、人形がな」


 エミールは、地面に縫い付けられ、したばたともがいているきらなを横目でちらりと一瞥しながら。彼女の意見が、かちん、と、レーモンの琴線に触れる。使者の扱い方は王により十人十色だが、だとしても、エミールの使者の扱い方には、納得がいかない。

 気づけばレーモンは、無意識にエミールの胸倉を掴んでいた。


「あの子を、なんだと思って……っ」


「誰もがおまえとそこの女みたいな関係だと思うなよ。友達? 親友? 命の恩人だか保護者だか知らないけどさ、おまえだって、キラー・マシンの力の源が殺意だって知っているだろ。そこの女には、どうやら殺意がないみたいだが……だから暴走状態ではあるが、使者になったばかりのきらなに負けるんだ。仲良しこよしじゃねえんだぞ。これは仕事で、役目なんだ。私情を挟むな。そんことしてるとおまえ、自分の国の【群青】が一番最初に潰れることになるぞ?」


 エミールの言葉に、レーモンはなにも返せなかった。

 ぐっと握っていた拳が、段々と力を失っていく。やがて、すとん、と、その手はエミールの胸倉を離し、真下に落ちる。


 すると、

「あなたが紅の王?」と、れいれが聞いた。


「ああ、そうだぜ。なにか用か? おまえもおれを許せないって言うなら、別に攻撃してきたっていいけどさ。でも、おれだって力が落ちているとは言えだ、おまえにやられるほどに弱いってわけではないと思うぜ。やってみなくちゃ分からないが、それでも自信はある――。

 相手を倒せない、勝てないだけで、負けるわけじゃねえんだからな」


「いや、別にあなたの意見に怒りとかはないわ。きらなの扱い方に文句があるわけではない。そっちはそっち、こっちはこっちだし。やり方があるわけでしょう? あなたがきらなをぞんざいに扱っているようには見えなかったから――。あなたのやり方をこっちに押し付けてくるなら文句はあったけどね。でも、違うでしょう? なら、敵対する理由はないわね。

 ただ……、きらなを、預かってもいいかしら?」


 首を傾げるエミール。

 きらなを預かる、というれいれの言葉の裏側を一瞬で探ったのだ。

 しかし、そこに企みは見えなかった。上手くれいれが隠している、わけではないだろう。

 王が子供の内面を見破れないわけがないのだから。


 単純なことだった。子供らしい提案だっただけだ。キラー・マシンや悪魔や王同士の領土争いとは一切関係なく、ただ単に友達きらなと一緒にいたいだけだったのだ。

 エミールが、ししし、と笑いながら、


「別に構わねえさ。おれときらなはおまえらみたいな関係じゃないからな。きらなとはさっき契約を交わしたが、おれとしては、このまま姿を消して、あとはきらなに、自由に任せるつもりだったんだからな……放任主義なんだ、おれは。まあ、キラー・マシンを持っていれば悪魔の存在には気づくし、悪魔も寄ってくる。放任したからって仕事が減るわけじゃない。どうしたって、嫌だと言ってもおれたちの戦いに巻き込まれることになるんだからな。

 そう考えていたんだがな、そうだな、おまえに任せるのも、良いのかもしれないな――」


 そこで、ちょ、ちょっと待った! とレーモンが口を挟む。


「それって、あの子を――きらなの面倒を全部、れいれに押し付けるってことだろう!?

 そんなことは自分でやるべきだろう! わざわざ敵を、誰が育てるって言うんだ!!」


「でもさあ、レーモン」


 エミールはレーモンではなく、彼女の後ろにいるれいれに視線を向ける。


「おまえの意見関係なく、相棒はどうやら納得しているみたいだぜ? しかもノリノリだしさあ。『家の掃除をしなくちゃ』なんて呟いているみたいだし」


「家まで連れていく気かい!? 待てれいれ――君からきらなへ向けてのデレのレベルが半端ないほど高いんだけど!?」


「まあ、いいんじゃねえの? おれはずっと、今日の一日を見ていた。それはおまえだって同じだろう? 見ていた側としては、あの二人が仲良くなることは、良いことだろ」


 それは、まあ、否定できないが。

 レーモンは、うぐぐ、と言葉に詰まりながら、れいれを見る。彼女の楽しそうな表情を見たら、れいれが考えていることに反対意見を言えるわけがない。

 水を差すべきではない――。

 レーモンはエミールの提案に乗ることを極端に嫌がりながらも、しかし、れいれときらなを仲良くさせることについて、しっかりと同意を示した。


「じゃあ、そういうわけできらなのことは任せたぜ。あいつにおれたちのことや、ルール、悪魔のことを教えるのも、教えないのも、そっちの自由だ。好きなようにいじくり回してもらって構わないからな。ただ、殺意だけは誰よりも強いきらなだ……、暴走にだけは一番注意をしておけよ。じゃねえと餌食になるのはおまえだからな?」


 警告をしてから、エミールがマントのフードを掴み、頭を隠すように被る。

 そして、背を向けるエミール。

 去ろうとする彼女に、レーモンが問いかけた。


「ねえ、一つだけ……、どうして、あの子を選んだんだい? 殺意が強かったから? それも、エミールの中にはあるのだろうけど、でも、それだけで選ぶほど、テキトーではないだろう?

 どうして、きらななんだ……」


「別に、理由なんてないようなものだ。あったとしてもそれは後から取ってつけたようなものでしかないさ。なんだろうなあ、勘、じゃねえか。きらながれいれに執着しているのと、同じことなのかもしれねえな――」


 言って、エミールが、とんっ、と、足音を残して姿を消した。

 れいれには、恐らく見えていない速度である。

 だが、同じ王であるレーモンにはしっかりと見えていた。


 相変わらず、逃げ足は速いようだ。


 レーモンは、騒がしい旧友がいなくなってから、ふう、と息を吐く。

 周囲を見回し、暴走状態を抜け、横になるきらな。彼女を抱きかかえるれいれ――。

 既に気配も感じられなくなるほど遠ざかったエミールの行方を想像しながら、

 地下からでは見えないはずの夜空を見つめ、ぼそりと呟く。


「きらながれいれに向けている感情と同じ……? 

 それって、エミールはきらなに、一目惚れをしたってことになるけど……?」

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