第23話 異界の王たち その1

 れいれは、きらなを見つめる。

 肩から噴き出している血は、今だけは、気にしない。そんなことはどうでもいい。

 近づけば襲われるだろう、今のきらなは、そういう状態なのだから。

 それでも、今の自分では、きらなには敵わないと分かっていても――、

 だけど、れいれは言わなくてはならない。


 足下のキラー・マシンにも目もくれずに。


「自身が抱える闇。敵意や殺意、他者に向けるそういう感情を源にしている……だから、ゆえに【キラー・マシン】――。……きらなは強いよ、でもね、だとするときらなが抱える闇は、誰よりも深いってことなのよ。私よりも全然、つらい人生を送ってきたのね――。

 同情はしないわよ? そういうことじゃないの。だけどね、もうこっち側に片足どころか首を突っ込んでしまったのなら、私はきらなのことを弾いたりしないわ。

 もう拒絶しない。今まで、ごめんね……。

 今度は、私から言うよ。ずっと私が言いたかったことを――ね。

 きらな、私と、友達になってよ」


 その言葉を。

 きらなはどれだけ待ち、焦がれていたか。すぐにでも飛びつきたい。そんな気持ちがきらなの胸中で渦巻く、はずなのに――。だけど今回に限って、きらなには届いていなかった。

 れいれの言葉と感情は遮断されてしまっている。

 きらなが咥えているれいれの破損した腕を、真上へ放る。


 れいれが一瞬、意識を奪われたその瞬間に、きらなは腕を、鋭く尖らせた。そして肘を伸ばし一直線にれいれの喉に突き刺す――。


 声は出ない。突き刺され、喉を潰された感覚のみを得ながら、れいれが背中から倒れる。血を吐き、巫女服を汚しながら――馬乗りになってくるきらなを見つめる。


 ――罰、なのかなあ。

 ――巻き込まないようにと思ってやってきたことは、自己満足だったってこと? 傷ついている誰かはきちんといて、だから私は、罰を受けているって?


 反省をしながら、きらなを見つめる。

 彼女の目は赤く光っているが、しかし、それは光らされている。きらな本来が持つ光や力は今、まったくない。動かしているのはキラー・マシンなのだから。

 だから彼女にはなにも通じないし、なにも届かない。


 きらなの精神にはキラー・マシンがいる。優先されているのだ。きらな自身がキラー・マシンに勝たない限り、精神支配を取り除くことはできない。れいれは、それを知っている。だからこそ本来の光を持たないきらなを見て、半ば諦めてしまっている。

 きらなでは勝てない。

 だから、確実に、自分は殺されるのだろう、と。


 馬乗りになったきらなが、腕を振り上げる。鋭利な指先をれいれの顔面に向けた。

 そして、赤い瞳のまま、やがて手刀が振り下ろされる。

 死を受け入れたれいれは、目をぎゅっと瞑った。しかし、そのせいで目の前で起こった光景を見ることができなかった。

 ……なにが起きた?


 れいれは生きている。

 振り下ろされた手刀がれいれを襲うことはなかった。

 止まった? なぜ?


 殺されることが確定していた自分の運命の、どこの歯車が狂ったのだろう。

 待っていた死が、唐突に遠ざかっていく。

 れいれのお腹の上にあったきらなの感触や重さが、いつの間に消えていた。


 気づくのが遅れた。遅過ぎた。もっと前に目を開けて良かったはずだ。

 あらためて目を開けようとしたところで、懐かしい声が聞こえてきた。

 そう時間は経っていないが、懐かしいと感じるほど、濃い数分だったのだ。


「……まったく、なんで避けようとしないんだ。生きることを諦めたか。死ぬ前に、死んだ魚のような目をしてさ。勝手に決めないでくれるかな? 君は、自分の都合で他人を傷つけるような学習能力が低い子じゃないだろう? 罪を償うのはいいが、罰を死にするなんて、なんの反省もしていないじゃないか」


 自分の喉に、誰かの手が触れている。

 潰れたはずの喉が、貫かれる前——無傷の時に、戻ったように。

 れいれは声を取り戻した。


「……レー、モン……?」

「ああそうだ、君の相棒で親友であり、保護者役の【群青の王】であるレーモンさ」


 れいれがまぶたを上げて最初に目についたのは、馬乗りになっているレーモンだ。

 しかし重さはない。乗っているわけではないようだ。

 レーモンの黒いマント、頭を覆っていたフードは千切られていて、なくなっている。全身も、まるで戦闘でもしてきたように、ボロボロの姿になっていた。

 穴だらけだ。


 それでもレーモンはダメージのことは一切気にしていない。

 それよりも、

 彼女は笑顔で、でも泣きそうになりながら、溜まった不安が安心に変わった迷子の子供のように、れいれへぎゅうっと抱き着いた。


「よかった……よかったぁ、無傷で、無事で、本当に、よかったよぉ……っ!」

「そんな、大げさな――」と言おうとしたところで、れいれは口を閉じた。

 心配してくれた彼女にそんな無神経なことは言えない。


 れいれにとって、大げさなことだったとしても、レーモンにとっては違うのだから。

 だかられいれは、抱き着いてくるレーモンの体を、優しく包み込む。

 同じように、ぎゅっと抱いた。


 そこで。


「あの、さ。良い感じに話をまとめているところ悪いけど、レーモン。使者同士の戦いに、おれたち王は干渉しないんじゃなかったのか? まさか、真面目で(こっちの世界で言う)委員長タイプのおまえが、真っ先に破るとは予想外だったけど。……しかもこっちの使者を【王術おうじゅつ】で拘束までしやがって。暴走状態なのに動けないのは、殺意を発散できないってことだぞ? 使者にとってはかなりきつい状態だって分かってやってんのか?」


 と、まだ幼い声が聞こえてきた。

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