第22話 銃口vs刀身
「――――」
背後、唐突に感じた攻撃の圧。
れいれは振り向かない。
その一つの行動が命取りになると反射的に理解した。
だから前へ――、駆け出す!!
もしもまだその場にいれば、れいれのうなじは刈り取られていた。
刃が、空を切る。
距離を取ったれいれがすぐに背後を振り返る。
そして、自分を攻撃してきた悪魔ではない【なにか】を発見する。
れいれ自身、経験豊富ゆえに、大抵のことには驚かなくなっていた。ついさっき不快感を抱いたのも珍しいことだった……だからしばらくはないだろう、と思っていたのも束の間である。
目の前にいる、【それ】。
赤い刀身のナイフを握る、人物――その正体に、
れいれは、信じられない……っ、と思うしかなかった。
白をベースにしながらも、ところどころに赤を差し込んでいるデザイン……、
れいれとまったく同じ、コスプレ寄りの巫女服を着る、朝日宮きらなが立っていた。
彼女の瞳は赤い。充血しているのではなく、着色したような鮮やかな【赤】だった。
そして、体を包み込む赤い光——、握るナイフだけが、赤黒く光っていた。
きらなはまるで、返り血を浴びたように見える……、
それは間違いではないのかもしれない。
「朝日宮、きらな、なの……?」
呟いたれいれの声が震えていた。
本当に、あのきらな……なのか? 鬱陶しい、うざい、と思ったことは何度もあったけど、彼女を見て怖いと思ったことは一度もなかったのだ。
自分勝手なわがままな少女だと思っていた。きっと今まで甘やかされて育ってきたのだろう、だから現実の厳しさも知らないで、なんでも思い通りに動かせると思っている……、そんな少女だと思い込んでいたのだ。
そんな甘さの面影もない。
そんな評価をつけられていたきらなが、赤黒く輝く刀身を持つナイフを握り締め、目の前に立ち塞がっている。れいれの障害としてだ。れいれを迎撃しようとする、敵対関係として。
「あの子とは思えない……でも、あの子にしか、思えない……。分身、だとしても。だったらあの子が無関係ってことはないと思うし――」
思考するれいれ。それを待つきらなではなかった。
無防備に近いれいれに、きらなが飛び掛かる。
一歩、踏み込んだその一歩で爆発的な加速をする。
れいれは目の前の少女を朝日宮きらなだと認識しながら、敵と判断した。無理やりに。
飛び掛かってきた動きに反応して腰に差した拳銃——リボルバー回転式拳銃を握って取り出す。慣れた手つきで銃口をきらなの眉間に向ける。これは癖だ。一瞬で相手を行動不能にするために訓練し続けた、努力の
反射だ、だかられいれは一切の躊躇なく、引き金を引いた。
ぱぁん、と発砲音が響き渡る――。
音と共に、銃弾がきらなの頭蓋を破壊する。
突き抜けた弾丸が後ろの壁に凹みを残し、ぽろ、と地面に落ちた。
きらなは、首から上がない状態で両足を浮かせ、背中から地面にどさりと倒れる。
ぴくりとも動かなくなった。一瞬で、生命活動を停止させた。
だが、
それは一瞬だけだった。きらなは頭部がないまま、仰向けの状態から体を起き上がらせ、今はもうない瞳を動かし、ぎろり、と、れいれを視認する。
れいれは理解できなかった。引き金を引いた、銃弾が頭部を吹き飛ばした――なのに。
気づけばきらなの首の上には、吹き飛んだはずの頭部があるではないか。
「この回復力、暴走力……確実に【キラー・マシン】に飲み込まれている初心者の
理解が追いついたれいれが拳銃をくるくると指で回し、やがて襲ってくるだろうきらなにもう一度、鉛玉を叩き込むべく銃口を向ける。すると、拳銃の形が変化する。泡のように、拳銃の全体が光の粒子なり、散っていく――それかられいれよりも大きく、ビル一棟くらいならば容易く吹き飛ばせるような威力の弾丸を撃ち出せる拳銃へ、その形を変えた。
銃口が太い。
それは握るのではない。
れいれの腕に、装着される。
拳銃であるが、先端には刃がついている。拳銃でありながら刀にもなる。遠距離と近距離を併用できる武器だ。最初にれいれが持っていた拳銃が可愛く見えてくる。
「悪いわね。こっち側にあなたが踏み込んできたのなら、暴走したまま潰してあげるわ。その方があなたのためにもなるでしょうしね」
れいれが後ろに飛ぶ。距離を取りながら、銃口をきらなへ向ける。
キラー・マシン【
腕と一体化しているが、引き金を引く感覚はある。
実際に指を動かすわけではない。頭の中でそう思うだけで、キラー・マシンが理解する。
引き金が引かれた。
音もなく撃ち出された銃弾のような光の直線が、きらなに直撃する。そして地面をぶち抜き大穴を開けた。全てを台無しにさせるような威力を存分に発揮させる。
れいれが着弾場所を確認した時は、発砲時から十秒以上が経った後だった。
それまでは、青い光が視界の全てを埋めていた。
きらなに直撃、しなかったとしても、爆発には巻き込まれているだろう、無傷ではないはずだ。青い光のせいで詳細が分からないが――、ここは要、改善点である。
すぱっ、と肩に違和感。
それが次第に痛みに変わっていき、れいれの右腕がひうん、と、空中を舞う。
装着したキラー・マシンごと、あるはずの右腕がそこにない。
落ちる腕が、地面につく前に、横から飛び出してきたきらなに噛みつかれた。
骨を見つけた犬のように腕が奪われる。
「なっ」
がりり、と嫌な音が聞こえた。
れいれの腕は、きらなの顎の力によって噛み砕かれる。
肉が飛び散り、キラー・マシンは力を失い、機械的な破片がぱらぱらと落ちる。
れいれにとって、腕がなくなり、痛みに顔をしかめ、キラー・マシンを奪われ、踏んだり蹴ったり以上の仕打ちだ。すぐに取り返さなければきらなに対抗する術がない――、だけどそんなこと、れいれの頭の中にはなかった。
それどころじゃない。
頭の中はかなり手前で理解できていなかった。なぜなら自分の必殺と言える全身全霊をかけた攻撃だったのだ、それが、あっさりと避けられた? きらなは、なにをどうしたのだ?
「どう、して――【キラー・マシン】に扱われる使者なら、仕組みは変わらないはず……、だから力の源、行動原理は、同じなのに……。どうして、そこまで力が出せるのよ……っ。
あんた……きらなは、どれだけ深い闇を心に持っているって言うの!?」
その問いに、きらなは当然、答えない。
斬り落としたれいれの片腕を噛み砕く。もう、彼女はれいれが知っているきらなではない。誰も知らない、未知の存在だ。
そもそも、自分はきらなのことを知っていたのか。思えば、まったく知らない。名前と性別くらいだろう……、そんなこと、知っていて当たり前の情報だ。
きらなのことを、なんにも知らなかった。
だからきらなの過去など当然、知るわけがない。彼女の闇も。なぜ、自分にあそこまで執着していたのかも。分からないことだらけだ。
なのに自分は、きらなのことを分かった気でいた。分かったようなことを偉そうに語っていた。理解したつもりで、まったく見当違いの評価をしていたのだ。
「……きらな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます