第21話 悪魔殺し
「違う」
レーモンが空中をくるくると回りながら、深く、考え事をする。
集中力を高め、目を瞑る――。
「ここじゃない、あそこでもない……どこだ……? どこにいる? 駅前に、反応はあるが……でも地上ではない、空中でもなければ――残っているのは、じゃあ――」
そして、レーモンが人差し指を真下に向ける。それだけで、れいれは相棒が言わんとしていることを理解した。探している悪魔は地上ではなく、上空でもなく、地下――地下鉄のホームにいるはずだ。悪魔の居場所が分かったれいれが、すぐに現場へ急行する。
低空飛行のように身を屈めて勢い良く走り抜けるれいれ。
彼女のその疾走に目を向ける者は誰一人としていなかった。無視しているように見えて、しかしそうではない。見えている前提ではないのだ。――見えていない。だから無視以前の問題だ。目を向けるどころか、認識していない。
れいれもまた、人間ではない存在だ。
今に限れば。巫女のような姿をしているのが、その証明である。
「うっ――」
れいれは地下鉄の入口を発見し、覗き込んだところで、吐き気を感じる。
地下から地上に漏れ出している、殺意か――邪悪なそれが、煙のように感じる。
見えない圧力が、れいれの体を押し戻しているのだ。
無意識に後じさる。自覚して、かかとで地面を打ち、耐える。
「……途轍もないプレッシャーね……。策が通じるかしら。上から押し潰されるでしょ、これ。
ねえ、これが下級悪魔? 冗談でしょう?
こんなの、今までに出会ったことがない悪意の塊よ!!」
経験豊富なれいれでさえも嫌悪感を言葉に出したくなるほどの悪意である。
正直、踏み込みたくない。どれだけ報奨を積まれても、足りないくらいだ。
だけどレーモンから頼まれた仕事だ、やらなくてはならない。レーモンならば、いや、レーモンでなくとも、今回に限れば中止と言うかもしれないが、それでもれいれは意を決して踏み込んだ。レーモンのため、ではない。もちろん、恩があるのだから、レーモンのため、というのもゼロではないが、それよりも、自分のためだ。
この奥にいる、正体を、突き止めるべきだ。
でないとぐっすりと眠れない。
「…………」
歩を進めるごとに、圧迫感が増していく。心臓が鷲掴みにされているような気分だ。
それでも歩みを止めず、改札に辿り着く。駅員はいない……、いたとしても、れいれに気づくことはないのだが――。それでも毎度のことながら、れいれは悪いと思いながらも改札を飛び越えた。それから、もう一つの階段。この先が、駅のホームになる。
さっきよりも嫌悪感が増している。
腐臭を目で見ているような、そんな、どす黒い霧が顔に触れている気分だった。
れいれの足がぴたりと止まる。臆したわけではない――そんなことは今更だ。
さっきからずっと、臆しているのだから。
「――階段が、破壊されている……?」
見れば、下りるための階段が途中で途切れている。ホームへ下りるには、飛ぶしかない。普通の人では躊躇う高さだろう……、まあ、れいれにとっては低い段差にしか感じないが。
問題はないが、しかし違和感は残る。
疑問だ。
下級悪魔に、こんなことができるとは思えないが……。
れいれの知識――それはレーモンの知識だが――を探して引っ張り出してきた答えは、下級悪魔に階段を壊せるほどの力はない、ということだ。しかし矛盾である。できないことが起きている。じゃあ知識が間違っていた? あり得る。日々更新される情報は、容易く常識を覆す。
悪魔も例外ではないだろう。
それとも、前提が違うのでは?
下級悪魔、と言っているが、これをやった、という証拠はない。
悪魔反応こそ、ここを示しているが、破壊までがそうとは限らない。
下級悪魔のせいではないとしたら。
そんなれいれの推測は、悪魔ではない、第二の敵がいるのでは――、その答えが導き出せそうになった時、れいれの真上の屋根が崩壊する。
「――っ」
まるで狙ったようなタイミングだった。
れいれは潰される前に、前方へ飛び込んだ。
途中で途切れている階段を通り過ぎ、一息でホームへ着地する。
……破壊されていた階段……、打ったのではなく、切れている。
刃物で、斬ったような痕だった。
「下級悪魔でなければ、上級悪魔かしら……、だとすると反応がないことが不思議よね……、それに、偶然にはとてもじゃないけど思えない、天井の崩落。意図的、としか思えない」
挑発、か?
それとも警告か。
後者だろうか。誘った感じはしなかった。くるな、と拒絶されているような――。
根拠はある。
れいれを突き刺していた殺意に、一瞬、乱れがあったのだ。
徹底していた殺意が、柔らかくなった。そんな気がした、だけだが――。
「…………」
階段の上を注意深く見つめるれいれ。だが、すぐに視線を戻す。なぜなら足下に違和感があったからだ。自分は、なにかを踏んでいる? 見れば、そこには――、白い、手の平サイズの統一のない物体が、ホームのあちこちに散らばっていた。消しゴムのようにも見える。だけど触れた感覚は人肌のようにも感じられて……気味が悪い。
人肌のようにも感じられて、でも、粘土だ。
なんだこれは、と疑問に思うよりも早く、直観が答えを導き出した。
これは、下級悪魔を作っていたパーツだ。それが、バラバラに分割されている。
自壊したわけではないだろう、意図的に、壊されたのだとしたら?
悪魔を狩る存在に、ゾゾッッ、と硬直するれいれ。
同じく狩る存在であるれいれでも、ここまでの猟奇的な絵面で悪魔を退治したことはない。あくまでも退治であり、殺害ではない。言い方の違いでしかないが、アニメなどが分かりやすいだろうか。爆発させ、敵を空まで吹っ飛ばすシーンと、巨大なミンチマシーンに放り込んで人の形を壊すシーンの違いだろうか。
結果は同じだが、前者の方がまだ見れる、受け入れることができる。
だが後者は、正義の上でも、やった側が悪だと認識されてしまうだろう。
れいれでも、目を伏せてしまう光景だった。
目を伏せたところで、バラバラになった悪魔のパーツは見えてしまう。
まだ分割されて間もないのか、よく見ればぴくぴくと動いている。しかしそれも、次第に力を無くしていく。ぴたり、と胎動が止まった。
これで、終わり。
悪魔でも終わる時は、呆気ないものだった。れいれ自身、手にかけたことが何度もあるが、やはりアニメのように炸裂するパターンが多かった。……今回のこれは、そうではなく、本当に殺人事件を目の当たりにしたような不快さだった。
狂気さが目に見えている。
関わりたくない。そんな拒否感が、れいれに行動を起こさせた。
すぐにここから離れたい、離れるべきだ。
しかし、少しだけ、動き出すのが遅かった。
戸惑っていた時間が、れいれの運命を左右した。
気づけばれいれは、先手を打たれていた。
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