第20話 青い少女
電球が切れかかっているのか、点滅している街灯の上に、とんっ、と着地する者がいた。
少女である。
夜の九時過ぎ――、子供はもう寝る時間、と言うにはまだ早い。高校生からすればこれからが始まりとも言える時間帯、とも言えた。
彼女も【これから】活動開始である。
青い髪の毛を後ろで縛ったポニーテール。
彼女はまるで巫女のような姿をしていた。
だが、正式な巫女服とは違う。袖は肘までしかなく、下半身はスカートだ。
色は青を強調している。白をベースにしながらも、部分的に青が差し込まれていた。
巫女服だが、これはコスプレ寄りの衣装だ。
「ねえ、レーモン」
青髪の少女がそう声をかける。
目線は斜め上。街灯に立つ少女が、見上げる形だ。
「【悪魔反応】は、どっちから出てる?」
「とりあえず、三択かな。その内の二つは、駅前に行くことになるかな」
「下級? だとしても、人がたくさんいる場所は、まずいでしょ……」
「まずいと思うよ? 最悪の場合、最高に面倒くさくなることは覚悟しておいた方がいいね」
くすくす、と笑って、レーモンと呼ばれた少女がそう返答する。
彼女は黒いマントに身を包み、外の空気に触れたくない、とでも言いたげに、肌を隠していた。顔も同じく。フードは浅く被り、口元をマスクで隠している。だから、彼女の両目しか見ることができない風貌である。
「悪魔反応は、やっぱり駅前だね。そこにいる。疑うかい? でも、この僕が嘘を言ったことはないだろう? 無駄なことはしないで、さっさと行って終わらせようじゃないか」
「別に、疑っているわけじゃない……」
「そうかい? いやいや、いやいやいやいや。まあ、疑っている、と言ったのは僕の直観だ。勘だからね、間違っている場合もある。結果、間違っていたわけだし。じゃあ謝るよ、ごめんね。で、だよ。じゃあ、不機嫌そうなその顔は一体なんなんだい? ずっとだよ? 学校から帰ってきてから今まで、そんな表情しかしていない。僕の前では悩みごとなんて一切見せなかった君が、なぜ今日に限ってそんなにも悩んでいるのか、気になるよ――教えてくれるかい、れいれ」
「…………」
青髪の少女――雨谷れいれは。
彼女は
それは、言いたくない、わけではない。
どうやって説明すればいいのか、迷っているわけでもない。
レーモンに、自分の悩みに巻き込みたくない、と避けているのでもない――。
単純なことだ。
れいれは、自分が抱える問題、悩みを、自身で理解していなかったのだ。
悩みを教えることができないのは、つまりれいれも知らないからである。
「別に、なんでもないわ。あれよ、あれ――最近、太ってきちゃって。だから過度なダイエットをして、少しイライラしているだけなのよ」
「ダイエット、ね。そんなことしなくてもスタイル良いのに」
「人から見てそうでも、自分で見ると納得いかないものなのよ。レーモンは太らないからいいけど……体格を操作できるんでしょ? 年齢もだっけ? ともかく、それって体重も思いのままってことでしょ? さすが――さすがは、【
「そこまで便利なものでもないけどね。これは単純に、力がないから小柄なだけだよ。まるで小学生みたいな体格は、望んでしているわけじゃない。色々と使い勝手はいいけどさ。僕だって【向こうの世界】に戻れば、力も蓄えられる。長身スタイルのお姉さんタイプになれるよ?
ま、今のところ、人間界ではこの姿が限界かな。それに万全だったとしても、体格操作はできないさ。だかられいれの気持ちも分かるよ。やっぱり、スタイルは維持したいもんねえ」
言ってから、レーモンが逸れている話題に気づく。
本題は、れいれの悩み、だ。
ひょい、と躱されたが、あれで納得するものか。
「おっと、こんな話をしている場合じゃないね。
会話を脱線させる話術は相変わらずだね、れいれ」
「私、そんなこと企んでいないけど……。今のはレーモンが勝手に脱線していったでしょ。背中は押したけどさ、進んでいったのはレーモンの足じゃない」
れいれが呆れる。
それもそうだった、とレーモンが少し顔を赤くして(両目しか見えないが、れいれは彼女の仕草で分かった)、こほんと可愛く咳払いをしてから、会話を切り替える――、元に戻した。
「で? そんな言い訳みたいな悩みを聞かされて、僕の目と耳を誤魔化せると思ったかい?」
「うっ」とれいれはそう声を漏らしてしまってから、しまった、と気づく。
もう遅い。誤魔化せない状況だ。
いま説明した悩みが嘘だということを認めてしまえば、れいれは本当の悩みを言わなくてはならなくなる――だけど、その悩みというのを、れいれは掴めていないのだ。
これは本当。
だけど、もやもやだけが残り続けているのは、確かだ。
レーモンに、嘘は通じない。
一度目ならまだしも、二度目は確実にない。彼女に意識させてしまえば、欺くことは不可能だ。ならば、悩みが分からない、ということをレーモンに伝えればいい――、しかし、それも通じないだろう、とれいれは心の奥で無意識にそう思ってしまっている。嘘は通じないのだ、だから分からないという【嘘】もばれるだろう、と。
悩みがなんなのか分かっていない――これも、嘘。自覚している――だけど。
悩みを理解しているはずなのに、れいれ自身がその悩みを悩みと認めていない。【本当】を嘘で潰し、その嘘を本当だと思ってしまっている、面倒くさく複雑な精神状態なのだ。
こんがらがってしまっている。
「…………」
「なにも言わないのは、本当に僕には言いたくない、という拒絶なのかな? それとも、欠片もまったく分かっていない、悩みを自覚していない精神状態だとでも?」
レーモンは、黙るれいれを見つめながら近づき、目を見てから告げる。
「君は、どうにも自覚していないように見えるね……、いや、自覚はしている? それを潰し、潰した今の状態を【本当】だと心の底で信じ切っている状態なのかな。ま、なんだっていいけどさ。分かっていないなら、言ってあげようか? 僕は分かっているからね。
君の学園生活を、僕は覗いている、観察している、監視、ともね――遠慮はしないよ?
当たり前じゃないか。僕らの関係性を考えれば、干渉しない方が不安になるべきだ。
ずっと見てきた、一日の始まりからこれまで、ね。だから僕は言えるよ? いいよね、れいれ――君の悩みは一つじゃないか、それしか、ないじゃないか。君を惑わすのは一つ――、一人だ。クラスメイトの、あの子じゃないか。――朝日宮、きらなだろう?」
朝日宮きらな。
今日、出会い、拒絶したのにもかかわらずしつこく近づいてきて、れいれを誘惑し、友達になりたいと言ってきた少女である。
れいれは彼女の言葉を嫌がったが、だけどきらなはれいれを追うことを諦めない。それは恐らく、これから先も、諦めることがないのだろうと、無理やり分からされた感じだった。
きらななら、諦めない。
そういうキャラクター性を叩きつけられた気分だった。
れいれの悩みは他でもなく、これ一つである。
れいれはここで、レーモンが出した【きらな】という名前により、現状、自分の心を縛っている鎖のようなものを、自覚した。
「……違うわよ、それで悩んでいるわけじゃないわ……、あれは違うのよ。あれを悩みと言ったら、まるで私があの子の誘いに、迷っているみたいじゃない。ないわ、ないないない! 友達を作らず、心を許せる仲間を持たず、それは私が【キラー・マシン】を受け取りレーモンの手伝いをし始めた時からずっと、守ってきたことだもの。今になってそれを覆すのは、違うわ。
できるわけがない。だから、違うのよ。私の悩みは決してそれじゃない」
「そうやって否定することで、君が目的としていることと、真逆の本音を言っていることに気づいているのかな?」
レーモンが溜息を吐きながら、
「無理しなくてもいいのにね。れいれの言葉には何一つ、真実がないんだよ。嘘の言葉だけで構築されている。それが逆に、真実と本音を浮き彫りにさせている。友達になりたいならなればいいじゃないか。仲間が欲しかったのだろう? 心の底では、さ。別に、君が僕の仕事を手伝ってくれているからと言って、プライベートを制限する気はないんだよ。どうしてそんなルールを自分で決めているのか知らないけどさ……。自分から手を伸ばすことをしない、と徹底するのはいいけど、差し出された手を拒むのは、さすがにどうかと思うけどね……可哀そうじゃないか?
朝日宮きらなには、悪意の一つもないって言うのにね」
「……私が悪いって、分かってはいるわよ。あの子が本気で、どうしようもなく、私と友達になりたいと思ってくれているのも、ね」
だけどね、とれいれが続ける。
「私のこの活動は命懸けよ。もしも、私があの子と仲良くなってしまって、あの子が、私のこの正体に気づき、怖がって、二度と近づいてくれなくなったら? 私は崩れてしまう自信がある。もう二度と立ち上がれないくらいにね。――それでもまだマシな方よ。もしもあの子が私の活動を手伝いたいと言ってきたら? こんな命懸けの活動に、あの子の巻き込むわけにはいかない。
あの子が怪我をしたら? 帰らぬ人になったら? ……そんなことが起こるくらいなら、私は最初から関係なんていらないわ。それだけよ、それだけ……。あの子を、あの子だけでなくみんなを拒絶するのは、それが理由なのよ」
みんなに優しく。でも、れいれは自分に向けては、徹底して厳しかった。
過剰なくらいに、だ。自分を孤立させてまで、プライベートを制限してまで、自分のなにもかもを犠牲にしてでもれいれは、【悪魔】から【
「……なら、仕方ないね」
レーモンは、もうれいれになにを言っても無意味だと悟ったようだ。それ以上れいれに、普通で一般的な女子高生になってみれば、とは言わなかった。生き方を決めるのはれいれだ。悩むのも、諦めるのも。結局のところ、人生をどう転がすのか、選ぶのはれいれ自身である。
彼女の意志が固まっているのであれば、レーモンがとやかく言うことではない。
あくまでもアドバイスだ。
命令になってしまうのは違う。
れいれのために、と理由を付け加えるのは、大きなお世話でしかないのだ。
「じゃあれいれ、今日の仕事も頼むよ」
「分かったわ」
言って、れいれが街灯の上から、とんっ、と発つ。
なにもない空中を地面のように踏み、それを繰り返し、移動する。
徐々に速度が上がっていき、れいれはすぐに駅前に辿り着いた。
「レーモン、現場に着いたけど、まさかショッピングモールの中にいる、とか言うわけじゃないわよね?」
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