第14話 仲良し会 その2

「混んでるかと思っていたけど、そんなでもなかったよ。

 待たなくても入れるって、結構良い条件だと思わない?」


 店内を見渡すと、確かに空いている。安価な店を選んだが、実はもっと安価な店が他にあったのか、それとも他の学生は一つ上の価格帯のお店へ流れたのか。なんにせよ、お昼時でありながら混んでいないのは助かった。


 店員に案内され、四人用テーブルに座る。

 きらなが煙子の隣。前には民美だ。で、彼女の隣に弧緑が座っている。


「ふう」

 きらなが一息つく。そう長い距離でもないが、それでも疲れたのだ。

 煙子が隙とあらば抱き着いてくるのだ、それを引き剥がすので疲れた……。


 身長差があれば力量差もある。

 腕のリーチも違うのだ。きらなにとっての天敵は、煙子だった。


 ただもちろん、嫌いではない。

 煙子のことは、好きな方だ。


 それに、入学式に、れいれのことも。小さくてもイベントが重なれば疲れも出る。

 

「……ここに来てもまだ、未だに手は握ったまんまなんだね、煙子ちゃん……」

「……はぐれると、危ないから」


「さっきも聞いたよっ! 

 一字一句、違わずにっ、おんなじ言葉をついさっき聞いたよっ!」


「……まあ、冗談なんだけどね」

「煙子ちゃんが冗談を言ってますっ!?」


 きらなと煙子は、出会ってからまだ一時間も経っていない。クラスメイトなのだから入学式、丸々同じ時間を共有しているのだが……、ちゃんと顔を合わせたのはついさっきである。

 自己紹介をしてから、仲を深めるのはたぶん、一番早かったかもしれない。


 同じなにかを互いに感じ取ったのかもしれない。

 そして互いに相手のことは大体もう把握している……、そう思っていたが、冗談を言わないと思っていた煙子が冗談を言ったのだ、まだまだ底までは深い。

 知った気でいるには、まだ早過ぎる。


「ええっと……、いきなり叫んでごめんね……。

 だから、そんなに分かりやすくぷるぷると震えないでよ、煙子ちゃん……」


「……きらなが、いきなり叫んだりするからだよ」


 煙子が目尻に涙を溜めながら。


「……きらなは、こんなに体が大きくて、でも臆病で、なにもできなくて、うじうじしていて、それでいて頼りない、こんなどうしようもない私に手を握られているのは、嫌……?」


「…………嫌なんかじゃ、ないよ」


 きらなから、煙子の手をぎゅっと握る。

 ぱぁっ、と分かりやすく表情を変える煙子。


「嫌いなんかじゃない。煙子ちゃんのことは、好きだもん」

「……うん」


 煙子は安心したようだ。目尻に溜まっていた涙がすぅっと引っ込んだ。


「……私が、きらなの手を握っていたかったの……はぐれちゃうとか、危険だとか、そんなものは第二、第三の理由であって、決して一番ではなかった……。だって一番は最初から最後まで、変わらないで、ずっと決まっていることだから……。動かない、理由だから……。

 ただ私が、きらなの手をずっとずっと、握っていたかったからなの……。もしも、きらなが嫌だって言うのなら、手を握ることはすぐにでもやめる……。でも、もし嫌じゃないのなら、私はきらなの手を握っていたいから……、握っていても、いい?」


 そんなことを言われて、煙子に向かって嫌だと言える人間がいたらきらなはぜひ見てみたいと思う。いるなら目の前に出てこい。ビンタをしてやる、そんな気持ちだった。

 こんなお願いを拒絶できるわけがない。もしかして同じようにきらながお願いをしたら、れいれもうんと頷いてくれたのではないか――いや無理か、きらなと煙子では違う。

 体格じゃない、たぶん生まれ持った性格だ。言葉の選び方とか、気持ちの乗せ方とか。そういう意味では、きらなはやっぱり【強い】のだろう。

 乱暴、とも言えるか。


 なんであれ、拒絶はできない。

 拒絶した時の煙子の表情を想像すれば、それだけで罪悪感に苛まれる。


「いいよ、いくらでも好きなだけ、握ってくれていいよ。

 でも食事をする時は少し困っちゃうから、その時は離してくれるとありがたいんだけど」


「……大丈夫、きらなには私が食べさせてあげるから」

「うん、ぜんぜん大丈夫じゃないよっ!?」


 ぎゃーぎゃー、わーわーと、きらなと煙子がじゃれ合っているその前の席では――、


「…………」


 民美がメニュー表を見て固まっていた。一言も発しないで、真剣に見ている。

 いつでも来れるし、安い価格帯なのだからすぐに決めればいいのに、という表情をしている弧緑の視線に気づいた民美だが、冗談っぽくそれを指摘することもなかった。

 よほど悩んでいるらしい。


 散々悩んだ結果、ある料理に目が止まったようだ。


「これでいいかな……」


「なになに? うーん、パスタね。

 確かに美味しそうかも。あたしもこれにしようかなー」


 民美の隣。同じようにメニュー表を広げていた弧緑は、なのにもかかわらず民美の方のメニュー表を覗き込みながら言った。


「あたしもこれ食べたいから、民美は違うの頼んでね」


「なにその略奪! これ、今わたしが食べようとしてたの! 

 食べたいのなら弧緑も頼めばいいじゃんっ!」


「だって、それじゃあ交換とかできないじゃん。

 あたしはね、安い金額で、色々な料理を食べたいの」


「せこくて圧倒的に庶民の考えだ!」


 そこで、

「民美ちゃんはなにを食べるの?」ときらなが割り込んだ。


 きらなの手は、当然のように繋がれたままだ。きらなと煙子――二人は仲良しに見えて、それは間違いないのだが、だけどその縛りようは拘束の類にも見えてしまう。

 テーブルから乗り出したきらなを制御する煙子、という絵面が完成している。

 膝まで乗せたきらなだ。やっぱり、繋いでおいた方がいいかもしれない。


「パスタかあ。

 確かに、弧緑ちゃんの言う通りに美味しそうかも……わたしもそれがいいなあ」


「ダメよきらな」と、弧緑がきらなに釘を刺す。


 彼女は譲る気がないらしい。両手で大きなバッテンを作っていた。

 それから民美が見ていたメニュー表を奪い取り(自分の分があるのに)、メニューの中から一つの料理を選んで指を差す。


「きらなは最初からなにを頼むかなんて決まっているでしょ? ほら、お子様ランチ」


「もう確実に怒らせにきてるよね?

 怒らない、なんて可能性がゼロだって分かってるよね? それはもう確実に分かったよ。

 怒っていい? 怒っていいよね、というかもう怒るよお子様ランチなんて誰が食べるかっ!」


「じゃあ、なにを食べるって言うのよ」


 純粋な疑問だった。悪意がない。

 きらなはお子様ランチでしょ? と思い込んでいるために、それ以外が浮かばないようだ。


「選択肢なんて、一択じゃないの?」

「わたしってそこまでお子様に見えるのかなあ」


 きらなは煙子に視線を向ける。しかし彼女はもう料理を決めたようで、ぼーっと天井を見ていた。なんて声をかけたところで、煙子は反応しないだろう……今はそういう状態だ。

 じゃあ手を離せるか、と言えば間違いだ。視線は明後日に向いていても手の感覚はある。解こうとするとぎゅっと握り返してくる。だから無理だ――、

 諦めて、きらなもメニュー表を覗いて料理を決めようとする……が、


「………うーん」


 しかし、特にこれといって、気になる料理があるわけでもなかった。

 食べてみたい、と思う料理はあるが、冒険するにしては、学生のお財布事情からすればあまりできない。外した時が怖くて手が伸びないのだ。だから毎回、同じ料理を頼んでしまう。

 気になっているのはパスタだが、弧緑に止められているために選べない……。

 そもそも、胃が小さいので、一人前を食べられるかどうか、微妙だ……となると。


 やっぱり、選ぶのはあれになる。


「……じゃあ、お子様ランチで」

『…………』


 お子様ランチだってちゃんとした料理なのだ、商品名がそうであるだけで、別にスモールセットと言えば、別に子供じゃなくても食べていいはずだ。たとえばレディースセットでもありだ。

 お子様は、悩んだところでやっぱりお子様ランチに向かう、というわけでは断じてない。


 沈黙する目の前の二人に、きらなはむすっとしながら、


「いいじゃん、美味しいんだから」


『うんうん、好きなんだねえ』

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