第12話 十八木民美
きらなは俯いたまま、考える。
弱いとはなんだろう?
強いとはなんだろう?
答えなど分からず、でも、中間地点は知っている。勝ちでも負けでもなくて、まだじたばたともがいている状態だ。貪欲に、前を見ているだけの状態。それが今の自分なのではないか。
「わたしは……」
きらなは視線を上げ、強い瞳を民美に向ける。
「わたしは……まだ諦めないよ。
まだ、意地での勝負なら、負けてない。
れいれちゃんが折れてくれるまで、わたしは挑み続ける――、何時間でも、何日でも、何か月でも、何年でも……幸いにも、高校生活は三年もあるんだし、時間はたっぷりある。
わたしの心が粉々に砕かれるまでは、わたしは絶対に、諦めないよっ」
それがきらなの答えだ。
きらなという人間の、想いである。
きらな自身、自覚はないようだが、彼女は確実に【強い子】だ。勝ちとか負けとか、それだけが、強い、弱いを決める要素ではない。過程を見れば強いも弱いも見極められる。だから過程を見ていた民美は、やっぱりな、と呟いた。
「きらなは強い子だよ」
と言った。
「わたしはね、人の中身を見抜くことに関して、少しだけ勘が良いというか、なんだか分かろうとしてなくても、分かっちゃうんだよ。
あ、でもね、さすがに見ただけでその人の全てが分かるというわけではなくてね、そこはなんとなく、薄らと――ってことだよ。だから言うけど、きらなはたぶん、なにか隠してるよね?」
べりべりと、心の膜を剝がされた気分だった。それが、びくりと、体が震えることで隠し事を示してしまっていた。僅かな動きだったはずだけど……、民美は欺けない。
でも、彼女はそれを指摘しなかった。
「いや、わたしの勘だからね? まったくの見当違いかもしれないし……、いや、そっちの方が多いと思うしね。
それにもし、きらながなにかを隠していたとして、それを知りたいとは思わないよ。
きらなとは友達で、きらなのことは色々と知りたいよ? 仲良くなるために過去を知って語り合って、でも、隠したいことを、掘り返そうとは思わない。それだって、友達だよ。
だから、友達だからわたしは言うよ。もしも、なにかを抱え込んで苦しんでいるのなら、遠慮なく相談してほしい。だって――友達なんだから」
友達、と、そう言われたのか?
聞き間違いでなければ、言われたはずだ。
それはれいれからではなかったが、だけど嬉しいことに変わりはない。
当たり前だ。だっておよそ十年ぶりの友達が、今できたのだから。
「民美ちゃん」
「うん? なになに、きらな。言っておくけどお礼なんていらないからね。
友達なんだから、助けてあげるのは当たり前なんだか――」
「ありがとう、民美ちゃん」
「…………お礼はいらないって、そう言ったのに」
民美はそう言うが、友達でもお礼は言うものだ。友達だからこそ。気持ちを込めた言葉を分かりやすく伝える。赤の他人であれば雑に繋げた言葉だけでいいが、友達となればそれで済ませるわけにはいかない。心を込めて、お礼を伝える。
友達だからこそ。
これだけでは足りない感謝があったが、これ以上は民美が嫌がるだろう……、嫌がることはしない。だからきらなはその一言でやめておいた。
嫌なことを見極められるくらいには、きらなも、民美のことを知ることができた。
彼女のおかげで決まった、きらなの決意。
れいれを追いかける。だったら、ここにずっといるわけにはいかない。
「民美ちゃん、わたし、今から行ってくる! ぶつかってくる!
れいれちゃんの硬い芯をぽきぽきに折ってくるよっっ!!」
「え? いやいや、きらなは今からわたしたちとご飯に行くから――行けないよ?」
「はぇ?」
駆け出した瞬間にそう言われて、つま先が地面を突き刺した。
つるつるの廊下なのでそのまま前へつんのめる。
階段の途中でなくて良かったと思う。もしも階段の途中だったら……、間違いなくそのままごろごろと最下段まで落ちていただろう。
踊り場の壁におでこをぶつけたきらなは、目尻に涙を溜めながら、思い出す――、
……誘われていたっけ?
まったく覚えがなかった。
「ちょ、ちょっと待ってよ!
今の流れだったら、確実にわたしはれいれちゃんを追いかける感じだったよね!?
そのためにわたしを慰めて、喝を入れてくれたんじゃないの!?
民美ちゃんの新技――、展開クラッシュ!?」
「新技とか、よく分からないけどさ」
首を傾げながら、民美が言う。
「確かに『食事に行く』ってきらなに言っていなかったのはわたしが悪いかな。
でもさ、もう友達じゃん。友達ってのは相手の都合なんて考えずに、とりあえずは仲間に入れておこうって――そんなもんなんだよ。
きらなにもきらなの予定があるかもしれないのは分かっていたし、もし元からあった予定を優先するなら止めないし、止められないし、それはきらなの自由だよ。
でも、きらなの予定ってさ、雨谷さんを引き止めることでしょ? もしそうなら、まだやめておいた方がいいと思う。人の気持ちなんてのは、数分じゃ変わらないもの。せめて一日あれば、雨谷さんも色々と考えると思う。
きらなの言葉を、自分の言葉を、きらなの考えを、自分の考えを。
いま行ったら、雨谷さんの考える時間が無くなって、結論が早く決まってしまうだけだから……まだやめた方がいいよ。
それでも、きらなが行くというのなら、わたしは止めないけどね」
「…………」
民美の意見……、まあ、分からなくもない。
というか、彼女が正しいだろう。きらなは明らかに結果を急いでいる。急がないと取り返しのつかないことになるから、と思っているから仕方のないことなのだが……、焦りで自分の都合しか考えていなかったのだ。確かに、インターバルは必要かもしれない。
れいれに、考えさせる時間。
彼女の強い芯を考えれば、時間経過で脆くなることはないだろうが、それでも今、追いかけて説得するよりは、れいれにも迷いが生じるかもしれない。
取り返しのつかない展開、ときらなは決めつけていたけど、どうにでもなるだろう。
れいれが今日、死ぬわけではないのだから。
「……そうだね、明日、頑張ればいいんだもんね」
「そういうこと、だからきらな」
民美がきらなの手を引っ張る。
遅れて、教室から出てくる、
今から帰宅するのだろうクラスメイトの女の子たちの中へ連れていく。
「だからきらな、今日は楽しく遊ぶよ!」
きらなは、うん――と、頷いた。
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