第8話 クラスメイト その1
入学式は、短い、とは言えないが、それでも思っていたよりも早く終わった。
ほんの三十分ほど、だったような気がする。時計を見たわけではないので正確には分からないが……、体感でそれくらいだろうと思う。
教室へ戻る途中で、クラスメイトの女の子二人組の会話を聞いた。
恐らく、中学時代からの付き合いなのだろう(付き合いと言っても『恋愛的なお付き合い』という意味ではない、断じて!)――彼女たちがこう言っていた。
「入学式、早く終わったね」
「ねー」
きらな以外にも、早く終わったと感じた生徒はいたわけだ。
がやがや、と騒がしい廊下。いるのは一年生だけだろう……もしかしたら上級生もいたのかもしれないが……、まあ、きらなには分からなかった。
誰とも話さず。
きらなは小柄な体格を活かして人同士の隙間を縫い、素早く教室へ戻った。
一番であることに意味はなかった。
ただ、
周りが騒がしいのに自分だけ話す人がいないという環境が、嫌だったのだ。
……友達がいれば。
退屈な入学式の間、がまんしていた会話をしていただろうけど。
教室に戻ると、一番ではなかった。
れいれがいる――他にも数名、クラスメイトの女の子が。
「あ」
思わずそう声が漏れた。
慌てて口を塞ぐが、声は出てしまっている、今更なにかが変わるわけでもない。
「…………」
きらなの声が教室に響いたが、座っている数名が反応することはなかった。
知らんぷり、をしている。
まるで、沈黙が正義であり、発言で悪であるかのような空間だった。
同調圧力。少ない人数でも、きらなが単独であるなら成立する多数決だ。
分かっている、だけど。
それでもきらなはここしかチャンスはないと思ってしまっていた。
見えなくなっているようだ――、れいれに声をかけることができるのは、今しかないと視野が狭くなってしまっていた。
でも、そのおかげで覚悟が決まった。幸いにも邪魔されない少人数だ。これまでのようなイレギュラーが発生する可能性も低い……だから。
きらながれいれの元へ近づいていく。
あと少し、指先が、れいれの肩に触れそうなところで――、
逆に、きらなが声をかけられた。
れいれに――ではない。
廊下で騒いでいた、クラスメイトの女の子の声だ。
「朝日宮さん、なんでそんなにちっこいのー?
わたしんちにいる子犬みたいだよー」
「それ、酷いでしょ。
あんたそれ、朝日宮さんのことを人として扱っていないじゃない」
「やだなあ、比喩だよ? 例えなの。
本気で子犬みたいに扱うわけないじゃん」
ねー、と同意を求められた。
きらなは戸惑うことしかできなかった。
「うえ!? え、ちょ――」
彼女たちの対処法が分からない。
同意だけしていれば早く終わるのか?
というか、どれだけ邪魔をされればいいのか。
まるで、れいれに話しかけるな、とでも言われているようだった。
きらなは慌てふためくことしかできなかった。そうこうしている内に、最初は二人だけだった声も次第に増えていき、ほんの少しの時間だったはずなのに、気づけばきらなはクラスメイトの女の子たちに囲まれている状況になっていた。
「うわ、うわうわうわうわ!?」
囲まれた中心地で、頭を抱えるきらなだった。
「あ、なんか喋ってるー」
「すごいねー」
「すごいってなに!?」
さすがにきらなでもツッコんだ。対処が苦手とは言え、喋ることはできる。
正しい会話はできないかもしれないけど、発言くらいはできるのだ。
本当に、子犬を愛でるようにいじられている。悪意がないのが分かっているから強くは拒絶できない……、気識と同じだ。放っておけないから構っている、という相手の好意が伝わっているからこそ、邪険にもできないのだった。
「うわうわ、ちょっと、頭がクラクラするから撫でないで――って、撫でないでよっ!」
きらなの抗議はまったく効果を発揮しない。
無駄撃ちばかりだ。
もみくちゃにされながら、ふと、人と人の隙間から見えてしまった光景。
……そこにばかり、視線が引き寄せられる。
れいれ。
彼女の周りに、数人のクラスメイトの姿があった。
「…………」
体を弄ばれているきらなは、そんな状況でもれいれに視線が釘付けだった。
なにをしている、なにをする気だ……れいれちゃんをどうする気だ!?
騒がしい声でれいれと彼女たちの会話は聞こえないが、それでも唇を読めばなんとなくでも分かるものだ。全集中力をそこに注いでいるからこそできる技である。
「ねえ、雨谷さん。今日の午後から、みんなで食事に行くんだけど、どうかな一緒に。
クラスメイトになれたんだし、それに仲を深めるという意味でも、一緒に行かない?」
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