第7話 入学式

 体育館へ、三階から繋がっているらしい。

 きらなたちがいる教室から、一つ階を下りる必要があった。


 きらなを先頭に、出席番号順に並んでいる一年一組の生徒たちは、担任の教師、気識に連れられ、階段を下りていく。

 歩きながら、きらなは後ろのれいれのことばかりを考えていた。さっき、話しかけることができなかったのだ……なら、移動中の今ならできるのでは?

 移動中だからできる、教室だからできない……そういうことではない気がする。

 いつでも話しかけられる関係を、望んでいたはずだ。


 きらなが振り向き、


「ねえ、れいれちゃん」

「危ないから前をきちんと見て歩いて」

「あ、ごめんなさい」


 一瞬で、振り向いた顔を元に戻された。息もつかせない拒否だった。いや、今のは拒絶というより、きらなを心配しての対処だっただろう……、階段を下りながら話して、足を踏み外したら大変だ。前に気識がいるとは言え、彼女が助けてくれるだろうとあてにするのは違う。


 きらなを心配して、話を打ち切ったのだ……だと思う。

 上手いこと利用されたとは、思ってはいけない。


 三階から体育館へ。体育館と言うより、体育ルームだ。六つ並んだ教室の壁をぶち抜き、一つの正方形の部屋に変えてしまったようなスペース。バスケのコートが地面に描かれている。壁際には色々と、部活で使う道具が置かれていた。


 ――だけど、入学式だ。

 そのため、多くの椅子が並べられ、式典の雰囲気の方が強かった。

 気識以外の先生も揃っている。全員、漏れなく黒いスーツを着用していた。だから全員が社長秘書のような雰囲気である。比較すると、やはり気識は秘書っぽくはなかった。

 背伸びした大学生、と言った見た目である。


 もっと派手なスーツでもいいのに、ときらなはふと思った。

 まあ、無難に黒、というのは分かるが。


 体育館には、一年一組以外の生徒が座って待っていた。

 教師陣も同じように……、注目を浴びていると思えば、それもそうだろう。

 遅刻者がやっと来たのだから。


 大勢の視線がきらなに突き刺さる。実際、きらなだけに限らず、クラス単位で注目されているだけだ。きらなも分かってはいるのだが……、それでもきらなにとって、その視線は痛かった。

 手でぶんぶんと振って、向いている視線を払いたくて、

 叫んで気を晴らしたいほどに、不愉快だった。


「――ごめんなさいごめんなさい、謝るのでクビにしないください本当に本当にすいません」

 という呪文のような呟きが前から聞こえてきた……気識である。


 きらなだけが聞き取ったのだろう……近くにいるからこそだった。

 彼女の懺悔を聞いて、不愉快な気分も多少は緩和された。人の不幸は蜜の味、ではないけど、でも多少のからさは、これでマシになったのかもしれない。

 気識先生とは相性が良いのかもしれない、と思った。


 一年一組を座席に座らせてから、


「それじゃあみんな、入学式は退屈だと思うけど、寝ないで頑張って」


 先生が言うセリフではないだろ、とは思ったが、だけど気識のこのキャラクター性は、きらなとしては好感度が高い。上司からはどうだか知らないが、生徒からは好かれる個性である。


 そんなことを考えながら、退屈で、短いようで、でもやっぱり長く感じる入学式の――、


 開幕だ。

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