第3話 登校
そこから、少し進んだところにある。
歩いてのんびり。
本来ならばそれができていたし、きらなとしてもそれが一番良かった。
しかし、そうも言っていられないほどに時間が迫っていた。
全力疾走で坂道を駆け上がり、新品の制服の下に汗を溜める。
やがて、百メートル走をした時ほどの疲れを足に蓄積しながら、やっと頂上に辿り着いた。
ぜえはあ、ぜえはあ、と呼吸が荒くなる。とてとてと歩きながら呼吸を整える。
遅刻のことを考えれば、止まることは許されない状況だが、とは言え、さすがにきらなは足を止めて一休みを入れる。
坂道の角度に疲れたのではなく、坂道の長さに疲れたと言えるだろう。
疲れの基準を言えば、百メートル走をした時の疲れが、だいたいで二回、三回ほどの疲れが膝にあると自分で分かっている。
坂道の長さは、実際はもう少し短いのだろうが……斜面のせいだった。
今日は、全速力で駆け上がったために、この疲れだ。
もしも歩いていたとしても、やはりそれなりには疲れるだろう。
きらなはこれから三年間、この坂道を毎日、駆けるわけではないが、上るのかと考えて、明日からの通学にうんざりとしてしまう。
「ふう……よしっ」
気合を入れたような声を出して一休みを終わりにし、目の前の信号が青になったタイミングで駆け出し、道路を横切る。
予定としては、この場所から学校まで、数十分はかかると思っていた。
しかし、きらなの予想とは反対に、遅刻時間を大幅に短縮して学校に辿り着いた。
少しだけ戸惑うきらなだが、早く着いたところで不都合などあるはずもない。
早く着く分には良いことだ。
ラッキー、と思いながら【入学式】と書かれた看板が立てかけてある校門を通り抜けて、学校の敷地内に入った。
中にいた生徒は皆、女子であった。それもそうだ、当たり前だと納得する。
ここは【王場女子高等学校】――。
名前に女子が入っている通りに、女子しかい。
男子は一切いない、女の子だけの空間だった。
きらながこの学校を選らんだのには理由がある。
その理由というのは、ここが家から近かったから、というものではない。
それもなくはないが……、もっと感情的なものだ。
ようするに、きらなは男の子が苦手なのだ。
男の子のことが――嫌いだった。
だが、近づきたくないほどに嫌いではなく、中学時代も男の子とは一応、会話する程度には関わりを持っていた。会話……、そう、二、三度はしたはずだ。
しかし、きらなは男の子を避け、男の子もきらなを避け――、
そういう避け合いから、接触は最低限に収まっていた。
これまでの経験から、触れ合いがないために、どう接していいか分からず、男の子がいる学校に入学して、緊張感と遠慮の中で学校生活を過ごすくらいならば、いっそのこと、彼らがいないところに入学してしまえばいいのではないか――。
そういう理由でここ、王場女子高等学校に入学したのだった。
きらなの思い描くスクールライフ。
当然、新入生は女の子しかおらず、遠慮など、まったく必要のない空間だった。
先生も女性だけである。
どう接していいか分からず、なんて悩みに翻弄されることもないなと安心した。
きらなは入口から奥、校舎の前に群がっている新入生の集団に向かって歩き始めた。
「あ、あそこに自分のクラスが書いてあるんだ」
集まっている女生徒たち。
その内の一人が、「二組かあ」と自分のクラスを呟きながら校舎の中に入って行く。
どうやら目の前にある掲示板に貼り出されている自分のクラスを確認し、それから教室に向かうのだろう。
それが分かれば、行動に移さない理由はない。
きらなは自分のクラスを見ようと前に進んだ。
しかし、掲示板の前は女生徒で混雑しており、まるで満員電車の中のようだった。きらなの小さな体では、人の隙間を縫って行くことはできても――しかしそれも数歩くらいで止められ――やがて弾かれてしまう。
結局、最初にいた一番外側の位置に押し戻されて、押し出された。
どん、と弾き飛ばされて、きらなは地面に尻もちをついた。
尾てい骨を打ち付けてしまい、鈍い痛みですぐには立ち上がれない。
「いたたた……」
お尻を擦りながら、痛みを和らげる。
数秒すると、痛みは徐々に無くなっていった。
もうほとんど痛みがなくなったところで、立ち上がろうとしたら――、
その時、目の前に、白くて綺麗な手があった。
きらなは咄嗟に、なんの考えもなしに、その手を掴み取っていた。
感触と温度が伝わり、当たり前だけど、人間の手、ということが分かった。
きらながそう思考していると、その思考を中断させるように、きらなの体がふわりと浮く。
「うわわわ」
と、悲鳴のような声を出してしまう。
胃が浮いているような感覚を味わっていると、気づけば足が地面についていた。
ということは、自分は手を引っ張られ、立たされた――のだと、きらなは気づく。
「気を付けて。あなたみたいな小さな体をしている子が、あんな密集地帯に突っ込んで行ったら、そんなの、弾かれるのが当たり前なんだから」
きらなは、自分を助けてくれた目の前にいる女の子を見上げる。
彼女は、薄い青色の髪の毛を後ろで束ねて、下ろしていた。
これは、ポニーテールだな、ときらなは知識を引っ張り出した。
見上げていることから、彼女はきらなよりも身長や体格が大きいように見える。
ただし、きらなと比べて見たら、というだけだ。
彼女もきらなと同じように小柄な方だった。
密集地帯にいる女子生徒と比べて見れば、
少女の体格が小さいというのは、一目で分かるのだから。
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