h19.07.01. そのあと。




 最後の音が響いていた。

 それさえも飲み込み、体育館はまた静寂へ返った。


「……」


「……」


「……もう遅くって、でも今だから、ですが」


「うん」


「先輩、〝初心者の世話までしてくれた女子部の為に〟とか、〝沢山得点しないと、練習に付き合ってくれたヒナミに申し訳ない〟とかって、考えてたんじゃないですか?」


 傾いた太陽が、地面を赤くなぞりながら体育館を横切っている。長く、何の音を立てる事もなく。


「やっぱり。……それで、ヒナミに合わせる顔がない、なんて思って避けてたんですか?」


 あんなにコロコロとよく動いた彼女の表情もまた、静かに佇んでいる。


「そんなこと、考えなくてよかったんですよ。少なくとも私は、先輩に一生懸命教えてきたつもりですけど……べつに〝公式試合に出られない自分の代わり〟なんて、思ってなかったんですから」


 同じ光の中に並ぶ自分の顔も、そうなのだろうかと思う。


「私はただ、先輩が先輩のバスケットをする為の手伝いをしただけですから」


「……そういう事は、」


「はい」


「早く、言ってくれよ」


「先輩が言わせなかったんじゃないですか」


「言わせられる訳ないだろ」


「ふふっ」


 彼女が曖昧に笑う。

 どうしてだか、いつもそれを真っ直ぐには見ていられない。


「……じゃあ、受験生は帰って受験勉強でもするよ。他の部員みんなそろそろ戻るだろ。モップ掛けるなら急いだ方がいいんじゃないか」


「ふーん、先輩は手伝ってくれないんですね。そうですかー私あんなに頑張ったのにな。そんな子に育っちゃったかー先輩は」


「お前、そういう……」


「ふふふ」


「……何て言えばいいのか、まだ分かってないけどさ」


「はいなんでしょう」


「まあ、悪かったと言うか……」


「……」


「……」


「……」


「……つまり、〝ありがとう〟って事だよ」


「だから、〝どういたしまして〟って事ですよ」


「何で怒ってる……?」


「お互いさまでしょう」


「……」


「ふふふー」



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