第8話 地下組織とリタイ
火山の噴火からはや一か月。被災した村は国王が軍を派遣し、復興へ動いていた。火山灰は道路だけでなく建物の屋根にも積もっているが、大地が事前に火山灰の対応をレクチャーしておいたので大きな混乱はなかった。布を濡らして鼻と口を覆っての作業、水を含むと非常に重たくなる火山灰の処理は雨が降るまでに急いで行わなければならなかった。人海戦術でやるしかなく、軍だろうが農民だろうが皆が一緒になってやる必要があった。その後も山は小爆発を繰り返しており、本来なら避難させるのがいいのだが、自由に住む場所を変えることができないこの国のきまりがあってそれはできなかった。もっとも農民たちも長らく住んだ土地をなぜ離れるのか、説明しても納得できなかった。その土地に住む、それが当たり前だったからだ。
幸いなことにあの『怪物』と呼んでいる合成獣は現れていない。いや、そんなことを考える余裕もなく復興作業に追われていた。
今日の学習が終わり、大地と和音は音楽室にいた。あの楽譜の音合わせである。あれから大地は楽譜の譜読みをし、練習をしていた。曲といえば曲だが、音楽に精通している和音が作ったにしてはおかしな点があった。
(まあ、なんだかんだいっても和音は中学2年生だもんな、そういうものかもな)
大地が一通り笛を吹くと和音は納得したようで
「じゃ、私も一緒にあわせますね」
ハンマーフリューゲルの伴奏に合わせて大地が演奏する。すると今まで単なる伴奏かと思っていたが、大地の旋律に合わせるかのように別の旋律を弾きだした。違う旋律なのに不思議と伴奏や大地の旋律にあっている。驚きを隠せなかった大地だが、手を止めることなく最後まで演奏しきった。
「なんだ?おもしろい演出だなあ」
興味深く大地が楽譜をのぞき込む。
「大地くんが主旋律で私が副旋律です。集中しないとお互いひっぱられてどこを演奏しているか迷子になってしまいますから注意が必要ですよ」
そう言ってほほ笑む和音。
「なんだか不思議な楽譜だな。俺のパートは和名で和音のパートはイタリア名でかかれているけど、なにこれ?」
曲の総譜に書かれている様々な文字を大地がみつける。
「なぞなぞです。でも大地くんならきっとわかりますよ、そのうちに」
「まいったな、なぞなぞか……苦手なんだよなあ」
苦笑しつつ再度練習につきあってもらう。
和音は笛の練習以外にも教師の許可を得てピアノ曲の練習をしている。大地が知っている曲もあれば知らない曲もあり、元の世界の文化を楽しむことができる場だけに、練習の様子を見に来る職員や生徒に混じって大地も聞きに来ていた。元の世界では音楽の授業が嫌でならなかったが、今は楽しいと思えるようになっていた。
和音の練習が終わると調べ物があるからと言って和音と別れ、図書室へ直行した。図書室閉室まであと10分だったが、すっかり図書室の常連と化している大地に司書のお姉さんは快く許可してくれた。
図書室には大地と同じくらいか、あるいはもう少し年齢が上かと思われる青年が一人いて同じように調べ物をしている。大地が知らない顔だから恐らく学年は上だろう。
「すみません。あの、時間ないので資料がどこにあるか教えてください。火山のふもとにある白百合の群生についてなにかわかるものはありませんか!」
あんなに広く香り豊かに咲き誇る白百合の群生を知る人がなぜかいない。近くの農家でさえ牧場は有るが白百合の群生地はないと言っている。もっとも、火山活動の影響であの白百合の群生は壊滅的な被害を受けているだろうが。
「白百合の群生?そんな話は私も聞いたことがありませんし、まず今は百合が咲く時期じゃありませんよ」
司書のお姉さんはそういって資料検索を始める。
「やはり……そういった資料はこの図書室にはありませんね。城の奥宮ならどうかわかりませんが……一般人がたちいることはできませんからね」
申し訳なさそうに検索を終える。城の奥宮…王妃アーテがオレイカルコスの資料を発見したところだ。
「……そうですか……すみません、俺の勘違いかもしれませんね。」
知りたい情報が見つからず気落ちする大地。そのやりとりを青年がずっと見ていた。
大地はなぜ他の人々は白百合の群生を知らないのか不思議でならない。百合は香りが強く、離れていても気が付くほどだ。それがあれだけの群生なのだから「知らない」なんておかしいのだ。
考えつつ帰路につく。にぎやかな街の外れ、家までは一本道だ。自分しか歩いていないはずなのに背後に何かの気配を感じる。まさか合成獣か!?と悟られないように剣に手をやる。
「誰だ!」
振り向きざまに剣を抜き声をあげる。
「いやあ、すまない。君の敵じゃないからその剣を納めてくれ」
木立から姿を現したのはあの図書室にいた青年だ。
「君のことは良く知っているよ、大地。もっとも僕たちにはクリティアスと呼ぶ方がしっくりくるがね」
青年は戦意はないという仕草で両掌を見せて胸元で振る。そして大地が剣を納めたのを確認すると
「白百合の群生を君は見たんだろう?あれは僕の仲間が見せたのだよ」
そう言って大地の顔を見つめた。
「白百合の群生を?仲間が見せた?」
「ああ、そうだ。僕の名はソポス。僕は君と話したいと思ってチャンスを待っていた。よかったら仲間と会わないか」
この青年は自分が知りたい情報を何か持っている。あの時みた『アウラ』という女性が呼んだもう一人の自分の名前『クリティアス』を知っているのなら答えが見つかるかもしれない。そう思い青年の案内に応じることにした。
ソポスは大地を街中の一角にある「新聞屋」(便宜上、大地がそう呼んでいて情報誌を発行している店)へ案内した。大地にとっては初めてではないが、そのまま店の奥へ案内された。
そこは客が来る場所ではなく、幾人かの人がいて何かを話し合っていた。年齢層は様々だ。奥に座っているのは金髪碧眼の若い女性。少しきつい顔立ちだが不思議と大地に敵感知は働かなかった。女性は大地を見ると立ち上がり、笑顔で挨拶をしてきた。
「はじめまして、ようやく会えたわね。えっと、大地くん……であっているかな。まだ今の名前に慣れていないから当分間違えそうね。私はリタイ。安心して、この空間は誰にも見つからないようにロックをしているから」
「あなたたちが何の目的で仲間としているかわからないけど、俺がここに来たのは……」
大地が言おうとすると
「白百合の群生について知りたいのでしょう?あなたもあの女の子も見た白百合の群生、あれはあの場所には存在しないわ。牧場がある場所からあなたたちを白百合の群生に転移させただけ」
リタイは静かに話し続ける。
「白百合の群生は誰にでも見られるものではない。ある伝説の証言者たる人間しか見ることはできないの。そう、この国でその言葉さえ消されている伝説。私たちは全員その伝説の証言者よ」
「なんだよ、その伝説って。そしてあなたたちは何をしようとしているんだ」
少しいらつく大地。
「あなたがいた世界では有名な『アトランティス大陸』の話よ。もっとも実際に起きたのはこちらの世界。私たちはそのアトランティスの滅亡にかかわった者の集まり。大地、いまカメルス国王が何を望んで何をしようとしているかわかるでしょう?ここにいる人たちは王政を廃止して話し合いで決めていく社会をつくることを目指しています。歴史が改ざんされ、忘れられ、神をも忘れたこの国を立て直すために」
確かにアトランティス大陸の伝説なら元いた世界ではかなり有名な話だ。でもなぜその集まりに自分が呼ばれるのか、大地にはわからなかった。しかも王政を廃止とか国を立て直すなんて話が大きすぎる。大地はしばらく考え込んだ。
「城に招かれた日、国王は隣国との争いについて話していた。そしてなんとしてもオレイカルコスを探し出して戦力とするとも言っていた。ああ、言っとくがな。俺を含め一緒にこの世界に来た4人、国王に監視されているとみていい。渚と剣斗はすでに軍に入って強化訓練を受けているし俺と和音はあの学園で動向を逐一見られている。そうなるとどこかで間違ってこの場の人たちに迷惑をかけることになるかもしれない……俺を仲間にしても何もできない。悪いがアトランティスがどうのこうのって俺には関係がない。今生きているこの世界が俺の全てだからな」
そう言って部屋を出ようとする。
「一人じゃ何もできないぞ。国王を甘く見るな、奴にはアーテがいる!仲間に入れ、クリティアス!」
ソポスが引き留める。
「俺はクリティアスなんかじゃない、山代大地だ!」
リタイは大地の言葉に仕方ないといった表情をし、ロックをしていた空間を解除する。そしてそのまま大地は店を後にした。
残された人々は心配そうにしていたがリタイは全く気にもしなかった。
「大丈夫、彼は必ずまた戻ってくる。なぜなら彼、あの山を目覚めさせた山代大地をこの世界に召喚させたのはこの私なのだから」
そう言って小声でささやく。
(まだしばらく大地を守っていて、ミワちゃん)
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