第7話 噴火
その日はいつもより渚たちが帰ってくるのが遅かった。軍備強化のため志願兵だけでなく、各地から体が丈夫そうな若者を半ば強引に入隊させているとかで、教練場だけでなく遠くの演習場へ行くことになったからだ。それでも剣斗は大地の剣の練習に付き合ってくれる。渚の頼みだから余計だろう。
「わきが甘いぞ!」
剣斗が激しく突いてくる。お互い木刀だが、そもそもこの世界に召喚された時点で剣の使い手であった剣斗と大地では全く比べ物にならない。いくら自分を守るための技を身に着けるといっても10回は打ちのめされて終わる。
「腹が減った。本日はこれにて終わり!」
お互いに礼をすると大地は力が抜けて座り込む。
(ずっと大学まで体育系の部活やっていた奴と一緒にするなよな。足腰だけはフィールドワークで鍛えていた自信があったんだけどまるで話にならない)
ため息をついて立ち上がる。夕食は和音と渚が作ってくれていた。渚も日々の教練が厳しいのか少しやつれた感じがあった。
時間的に遅い夕食となったせいか四人とも言葉がいつもより少ない。大地などは声も張りがないどころか目もふさぎがちだ。そしてそのまま舟をこぎだした。
「まるで子どもね。寝ちゃったわよ」
渚はそう言って大地を揺り動かし
「片づけはやっておくから今日はもう寝なさい」
ひとまず目覚めさせ、促した。まだ寝ぼけ眼の大地はふらふらと歩きだし、部屋へ行った。
大地はベッドに入るとすぐに深い眠りについた。体を動かすことが面倒に思うくらい疲れていた。
大地が目覚めたのは夜中だった。小さな揺れを感じて目が覚めた。揺れは間隔の差はあるものの、何度か起きている。
(今までこんなことはなかった……なにかおかしい)
そう思いつつ自分が風呂にも入らないで寝てしまったことに気づき、汗を流すことにした。
温泉があるおかげでいちいち沸かすこともなく入浴できるのだが、その日はドアにメモが張られてた。
『風呂の温度があがっています。水を足してください』
今までも温泉の湯だけでは熱すぎるので水を足してはいたが、さらに熱くなっているのか……そう思って大地がドアを開けると目の前に洪水のような浴室が現れた。大地は慌てて温泉の元を締める。温泉の湯がいつもより多く出ていた。しかもメモにあった通り、熱い湯で水を足さなければさわりもできない。
(何か起きている)
水を足してようやく汗を流した大地は、熱い湯でほてった体を冷やすために外に出た。
遠くではあるが、大地が火山だと判断した山影が見える。
(あの山は山体崩壊していて恐らく火口もないはずだ。だが、もし火山活動を再開しているとしたら……火山が何なのか認識さえないこの国の人々に甚大な被害をもたらすことになる……)
大地の脳裏に日本で起きた火山活動による被害の映像がよぎった。
休日の日、大地は近所の住民から井戸水や温泉の変化を聞いた。やはり大地が思った通り、温泉の湯温が上がったり、井戸水があふれたりしていた。それだけでなく、時折カタカタと窓が小さく振動する異変がある家があった。市長にも尋ねたがこんな異変は今までにはなかったとのことだった。
「大地、今日は軍の教練場が開いているからみっちり練習できるぞ」
剣斗が早馬の馬車を用意していた。山の異変が気になって大地は躊躇したが、噴火の心配が取り越し苦労であることを祈って教練場へ行くことにした。和音が山に何かいる気がすると言ったこともあり、4人全員で向かった。
剣斗と大地が教練場で練習をしている間、渚は和音と連れて湖を訪れていた。龍がいたあの湖である。
あの時は水鏡ができるほど美しい湖に戻っていたはずだが、今見ている湖は再び濁っており、ときおり水底から泡があがってきている。
「おかしいわね。水気は有るんだけど龍はここにはいないわね……というかまた湖が濁っているってどういうこと?」
渚が首をかしげる。
「渚さん、これは毒龍のせいじゃないです。そもそも毒龍の毒は抜けて本来の龍神に戻っていますから。これは……」
と和音が言ったところで
「火山の噴火の兆候と見ていいかもしれない」
後ろから大地が汗を拭きながら言う。後ろの方から剣斗も頷きながらやってきた。
「地温から気温があがっているんじゃないかな、練習していて汗がひどい」
「山の様子を確認すればいいことだろうけどこんなときドローンか何かあればなあ……」
大地が山を見つめてため息まじりに言う。
「ドローンでなくても上空から確認できればいいのね?」
渚はそう言うと天を仰いで呼びかけた。
「出でよ、青龍!」
渚の声にはるか上空から何かが宙を泳いでやってきた。それは見る間に大きくなり、4人の上を旋回した後、ゆっくりと降りた。あの時の龍である。渚は大地に手招きをすると龍に取り付けられている鞍に飛び乗った。促されるまま大地も乗る。
「すげー、龍を慣らしてしまっている」
「感心するのはあとよ。ほら、しっかりつかまってなさいよ」
龍に合図をすると、龍はたちまち急上昇をし、二人を乗せて山に向かう。
大地は上空から山の様子をみた。大きくえぐれている側のほうは変化はないようだが、山の反対側にいったとき、いたるところで噴気が見られることが確認できる。
「間違いない、この山は噴火する!しかもかなりの間噴火がなかったのなら大爆発は免れない」
「人々を避難させた方がいいわね、至急に」
山の様子を確認すると二人はいったん龍から降りた。
そうして急いで帰る支度をしていると地響きとともに激しい揺れが襲う。そして大きな爆発音とともに山の中腹から噴煙が激しく上がった。黒い噴煙はたちまち空を黒く染めていき、火山雷の稲光が宙を走る。噴煙の間から山を流れ落ちる溶岩。
「噴火だ!逃げないと危ない!」
大地がさけぶ。
「私は龍とともに水で溶岩をくい止めるわ。あなたたちは今すぐ避難して」
再び龍に乗る渚。すぐさま和音が龍と渚に支援魔法をかける。噴出物が飛び交う中で生身の体は火傷を負ってしまうからだ。三叉槍を持ち、湖の水をまき上げ、水柱を立てて溶岩流を固めていく。必死に溶岩流の流れをくいとめようとする渚に噴火口から大きく火焔が覆う。
「渚!」
剣斗が近づこうとするが降りしきる火山灰で視界が悪くなっていく。和音は噴出物から守るため剣斗や大地、自分自身にも保全の魔法をかける。
「気を付けて!噴火口に何かがいる」
火焔から逃れた渚が龍とともに湖に潜る。そして巨大な水柱とともに宙に躍り出て噴煙を突き抜けた。すると噴火口の中から現れたのは輝くような炎に包まれた一頭のドラゴンだった。悲痛な叫びのような声を上げてはばたきながら噴煙の中を踊るように飛んでいる。その姿に剣斗は何かを思い出したかのように剣を抜くとドラゴンめがけて投げつけた。魔剣といわれる剣斗の剣は意思があるかのように上空のドラゴンを確実にとらえ、体を突き抜けた。いや、正しくはドラゴンの体を縛り付けていた火焔の縄を切り裂いたのだ。たちまちドラゴンの周りを覆っていた炎が消え去る。我に返ったドラゴンは魔剣をくわえ、剣斗のもとに降り立った。
「フレイ、僕がわかるかい」
剣斗が親しみを込めてドラゴンに話しかける。フレイという名前のドラゴンは首を下げ、魔剣を剣斗にに差し出した。
「また会えたね」
そう言って剣斗はフレイに飛び乗り
「僕は渚とともに火山の爆発から人々を守る。君たちは早くこの場から逃げたまえ!」
叫ぶや否や噴出物が飛び交う上空へ飛び立った。
「フレイは火山の中に火焔の縄で縛りつけられていたようです。剣斗さんのつながりのドラゴンです」
ドラゴンにも支援魔法をかける和音。今日一日でどれほどの魔法をかけたろうか。急速に力が抜ける感じがする。大地はそんな和音の手を引き、馬車に飛び乗り馬を走らせる。降りしきる火山灰、溶岩の塊、火山弾。その中を急速で走りぬけていく。
馬が怯えているのがわかる。周りの樹木も噴出物が当たり、あちこちで火が走っている。一刻も早く抜けなければ……その思いでいっぱいだった。大地は再度火山の方を見る。爆発音が聞こえ、火口から巨大な煙の塊が走り落ちてくる。
「火砕流だ!まずい!」
自分たちが逃げるスピードと火砕流のスピードは比べ物にならない。自分たちはともかくこのままいけば火砕流がふもとの村を襲う。逃げながら葛藤する大地。ただの煙の塊のように見えるが焼け死ぬほどの高温の噴出物の塊だ。大地は何度かその映像を見たことがある。
(何とかしなければ……何とかできないか……村を守ることできないのか……みんなを助けてください)
必死に祈るように心の中で叫ぶ。すると大地の耳元で誰かがささやいた。
〈天を呼べ〉
その声に違和感はない。
「手綱を頼む!」
手綱を和音に渡し、大地は剣を抜き空に差し出した。体中に何かの力が巡り、うず高く天へ駆け抜けた。天の光が大地とつながったかと思うと大地はそのまま火砕流に向けて剣を振り落とし叫んだ。
「イグザファニシ!」
天から降りた光は増大し火砕流を直撃する。そして包み込み、消滅させていく。何事が起きたのかと驚く和音。
「今のは何なんですか、何が起きたんですか」
「わからない。『声』に従っただけだ。そんなことより渚と剣斗は大丈夫なのか。」
和音から手綱を受け取る。火山灰で視界が悪い中、馬車はふもとまで駆け下りた。このころには火山の大爆発はいったん収まったようだった。
二人とも火山灰にまみれている。
「絶対目をこするなよ。火山灰のガラス質が目を傷つける」
和音に注意すると村の様子をみた。火山灰が降り積もった村は静まり返っている。村人は初めてのことに恐れをなして家にこもっているのか。大地は井戸を見つけると水を汲み上げた。周りを屋根で覆われ、井戸の中には驚くほどの火山灰は入り込んでいない。顔を洗い流し、馬の顔も洗ってやる。馬の瞳は大きいので火山灰の不快感は相当だろう。和音も顔を洗うと渚と剣斗の気配を探す。
「渚さんも剣斗さんも噴火が収まったので山を離れているようです」
「すごいな、そんなこともできるんだな。剣斗のドラゴンのことも知っていたし」
「いえ、私が知っていたのではなくてドラゴンの方から私に教えてくれたんです。剣斗さんも記憶が残っていたのですぐにわかったのでしょう」
「記憶?」
「大地くんが言う既知感はそこから来ています。私が自然と魔法の詠唱ができるのと同じです。渚さんたちがこの世界に召喚され、いきなり剣の使い手であったのも記憶が残っていたからです。だから大地くんにも何かあるはずです」
そういわれて首をかしげる大地。
(さっきのあれ……かな。自分だって何がおきたのかよくわかってないが……)
「まあ、そのうちわかるだろう。しかしこの地域一帯の火山灰の量はすごいな。そして日光を遮っている上空の火山灰。大気の流れにのって地球をめぐり、冷夏に作物の不作、やがては飢饉……」
(カメルス国王はそんなことを予想するだろうか。オレイカルコスだなんだといっているが、戦争やっている場合じゃないぞ)
外に大地たちがいることに気が付いたのか家の中から村人が出てくる。みんな不安そうだ。もし火砕流を消さなければこの村は完全にのまれ、人々は命を失っていただろう。あのささやき声に感謝した。その主が誰かはわからないが。
大地と和音は村を離れ、自分たちが住むオロビアまで馬車を走らせた。
風向きのこともあってかやがてほとんど火山灰の影響を見かけなくなった。しかし山が噴火をしたことはオロビア市の人々も見ていた。大地たちが火山灰まみれで帰ってきたので大騒ぎになった。何が起きたのか、どうなったのか、人々が取り囲んで聞いてくる。その中から大地は市長を見つけると噴火の顛末を話した。噴火は今後も時間をおいて続くこと、山にはしばらく立ち入らない方がいいこと、火山灰の影響で農業に被害が出ること、飢饉の備えをする必要があることなどだ。
市長も初めてのことで戸惑っていたのでひとまず大地から聞いたことを国王に報告することにした。
自宅にもどるとすでに渚と剣斗が帰っていた。渚は大地が無事に逃げられたか心配になってまた山へ行こうとしていたとき、ちょうど火山灰まみれの二人が帰ってきたので泣きながら激しく抱擁した。
「よく生き延びたわね。良かった、良かった……」
剣斗も涙ぐんでいる。
「みんな無事で本当に良かったです。怖かった……私、怖かった……」
和音も安堵からか我慢していた恐怖が今になってあらわれた。ガタガタ震え、足元がおぼつかない。大地はそんな和音の方に手をやると何度も頷いた。
(誰かわからないけど、あのとき守ってくれてありがとう)
そう思いながら天を仰いだ。
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