第6話 告白

 山での一件からはや一週間、とにかく大地は「いい子」にしていた。元いた世界でもこの世界でも自分の行動に干渉する立場の「姉ちゃん」がおり、おのずと背筋を伸ばしてしまう習慣が恐ろしい。とはいえ、「いい子」にしていれば平和に過ごせるのだからそれは仕方のないことだった。

 大地は部屋で先日、あの山や沢から採取したものを見ている。隣でそれが気になって仕方がない和音がいる。

「思った通りだ、あの山は火山だ」

 そういって採取した中から岩石をみせる。黒っぽくて小さい穴がぽつぽつ開いた石。まるで海綿のようだ。

「なんですか、これ。穴がたくさん開いてますが」

 不思議そうに見ている和音。

「これはスコリアといって、火山の噴出物だ。マグマからガスが抜けた跡がこの穴だ。あの山の噴火の時に飛ばされたんだ。きっとあの沢に爆発の時の溶岩が流れていったんだろう」

 そういって地層から集めたものを見せた。

「地層は一般的には上部に行くほど時代が新しい。ほら、この黒っぽい土は田園地帯にあった『黒ぼく』だ。顕微鏡があれば洗い流してガラス質を確かめたいけど、ないから確認できない。道具があればもっと土壌を掘り下げてみたいし、地層も細かく調べたい。化石が見つかったらもっといいな。恐らくこの国の歴史は操作されてわからないようになっているが、自然は噓をつかない」

 大地は採取物を部屋の机に置いた。渚の言う通り、部屋には剣で薄くスライスされた石の断面で溢れかえっている。

「そんな小さな石を剣でスライスするのって難しくないですか?それにあの……剣の使い方を間違えているような気がします……」

 和音の言葉にフッと笑う大地。

「そうか?しょぼいけどこの剣、なかなか切れ味がいいんだぜ」

 そういって持っていた石を投げ上げると落ちて来るや否や剣で薄く切っていく。大地は気が付いていないが、動いている石を素早く半分に切り、さらに薄く断面を削り取っているこの技術は相当なものだ。好きなことだから身に着けたのか。

「どんなに見た目が無機質で味気のない石でもこうして切ってみると意外な面白さがある。鉱物ならなおさらだ」

 そういって石を見せる。たかが石、されど石、和音は石の見方が変わった気がした。

「あの山はもう爆発しないのですか?山体崩壊したということでしたが……私にはまだあの山が力を秘めているように思います」

 魔法なんて想像もしなかったことをやってのける和音が言うのだから頭ごなしに否定する気にもならない。

「まずは火口があるかどうか空から見てみないとわからないが、あのとき見た限りじゃ噴煙も噴気も確認できなかった。ただ、人間が書き留める歴史上に噴火の記載がなければ相当長い間、噴火がなかったということだ。今は休火山といっていいんじゃないか。まあ、そもそもこの国は歴史が明らかにされてないし。日本だって休火山だと思っていたら活動を始めたっていう火山もあるからな」

「あの山にはまだ何か隠されていますよ、きっと。で、あの……白百合の群生地で見た件ですけど……」

 和音がうつむいて小声で言う。

「ああ、あのときの?」

「大地くんが見ていたアウラってどんな姿だったんですか……ごめんなさい、ずっと気になっていて」

「うーん……和音より大人だった……剣斗ぐらいかなあ。黒い髪をこうまとめ上げて」

 大地が髪型の真似をすると

「いえ、そうではなくて……あの……その……その人はきれいな人だったんですか」

「うん、そうだな。なかなかきれいな人だった。どういう時代かわからないけど女神様って感じだったかな。信じられないけど初めて会った気がしなかった。なんでその人の名前が分かったのかはわからないけど」

 大地は普通に和音の質問に答えただけだったが、和音はそうはとらなかった。

「ごめんなさい!今の私、きれいじゃなくてごめんなさい!」

 深々と頭を下げる和音。

「はあ?」

 あっけにとられる大地。二人にしばらくの沈黙が続く。正直、大地は混乱した。またやっちゃったのか……自分の何が彼女を困らせたのかを考えた。そして和音が今までひどいいじめにあっていたのを思い出し、いじめられた根幹はこれではないかと推測した。


「アウラはとてもきれいな方だったんですね。それなのに私はそうじゃなくてごめんなさい。私はなにか悪いことをしたからこんな顔なのですね……」

 それを聞いた大地が思わず

「馬鹿か、お前は!あれはお互いもう一つの人格と言っていいかわからないが今の俺達には全く関係ない。君が言っていたクリティアスと俺も容姿だけじゃなく人格も違う。和音もあのアウラと同じじゃないだろ。俺たちとあいつらは別もんだ、あの二人が俺たちにとって何なのかわからないけど、だからといって今生きている俺たちに変わるものは何にもない!」

 普段はあまり和音の前でまくしたてることがなかった大地の言葉に和音は目を丸くして大地を見つめる。

「ご、ごめんなさい……」

 さすがに言い過ぎたと思った大地はなんとか落ち着きを取り戻そうと深呼吸をした。しかしうまくいかず感情のおもむくままに

「……一回しか言わないからよく聞いておけ。俺は……美人じゃないけど……やせっぽちだけど……そんな和音が好きだ!」

 和音はハッとし、体を小刻みに震わせた。


「……今の言葉、俺にはすげーハードル高かったんだぞ……頼まれたってもう言わねーからな」

 大地の言葉が乱れ気味になるのはそれだけ感情が高ぶっている証拠だ。

「は、はい……なんて言っていいか……ありがとうございます……」

 顔を赤らめつつ、涙が一筋二筋ながれる。和音は今まで人からそんな言葉を言われた記憶がなかった。人づきあいが下手であまり友達とよべる人がいないし、学校でもかかわることがない。それもあっていじめの対象になっていた。

「初めて会ったとき、和音には俺の敵感知が働かなかった。あの渚でさえやばいと思ったのに和音にはガードが働かなかったから何か繋がるものがあるんだ……そう俺は思っている」

 大地はそう言うと恥ずかしそうに和音から視線をそらす。

「……あと……笛の練習にまたつきあってくれよな。和音のおかげで指使いがなんとか回るようになったから。」

 大地は和音がいない間も密かに笛の練習をしていた。小学校の音楽では、不器用で指の力の入れ方を加減できない大地には音楽のリコーダー学習は苦痛でならなかった。できないのでカラ演奏をしていたが、どうしてもテストではその醜態をさらしてしまう羽目になった。しかし今は和音のレクチャーもあり、なんとか人並みレベルで演奏できるようになった。

「はい、私で良ければ喜んでお教えしますよ」

涙を拭いた和音がにっこりする。

「私で良ければ、じゃなくて和音でないとだめだからな」

再び大地が和音を見つめる。人と視線を合わせることも以前の大地にはハードルが高かったが、和音との付き合いでそれが低くなっているのも事実だった。お互いにかかわりあうことで成長している気がした。



 次の日、和音は大地に楽譜を差し出した。大地が分かるように元いた世界の書き方できれいに書かれている。

「……昨日のお礼です。大地くんだけの笛の曲です」

 恥ずかしそうにうつむいている。

「お礼を言われるようなことをした覚えはないけど、ありがとう。譜読みしておくよ」

 今までは楽譜の『が』の字も見ようともしなかったが、おかげさまでいくらか譜読みができるようになっていた。この世界初の管楽器を大地が練習し、日増しにうまくなっているとあって、笛を作った鍛冶屋には同じものが欲しいと客が殺到していた。そんな客に和音は笛のバリエーションを考えたり、教則本を書いて公開している。実践者である大地は練習を積み上げて「手本」となるプレッシャーがあった。

 そうして笛を手にしたとき、足元が一瞬ふらついた。

「揺れた?」

 お互い顔を見合わせる。確かに小さなものであるが揺れを感じた。

「小さかったけど地震だ。心配することがなければいいが」

 元いた世界でも地震は有感無感問わず毎日どこかで起きていた。特に環太平洋造山帯に位置する日本は火山が多く、地震も多いことで地球の息吹を感じさせている。この世界でも確かに地球の息吹があるということだ。そして今自分が生きている場所、異世界であっても生きているのはこの世界ということ。それを改めて思い知らされた。

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