第5話 白百合と毒龍

 この世界にきて一か月、学園が休みの日に大地は近くの農家から使わない荷馬車を借りて山や河川を散策することにした。地理でこの国に標高が高い山があることを知り、火山かどうか確かめたかったのだ。早朝から準備をしていると和音が自分も一緒に行ってはダメかと聞いてきた。

「お邪魔でないならご一緒させてください。怪物が出たら大地くんが困りますから」

「はっきりいったらどうだ?弱っちい俺一人だと何かあってもやられてしまうって」

 確かに大地の前に怪物でも殺し屋でも現れても渚や剣斗のようには戦えないし、彼らに知らずに備わっていた剣術なども自分にはない。本当に何かあったら逃げるしかないだろう。大地はそれを理解していたのでありがたく受け入れた。もっとも和音にはほかの理由があってのことだ。

「二人いたらできることもあるかと思います。すみません、勝手ですがお弁当作りました。渚さんたちは今日は同じ方向にある教練場で仕事らしいので一緒に作ってきたんです」

 和音がお弁当のバスケットを差し出す。

「そうなんだ……偶然ってあるんだな、ありがとう。でもいいのか?細くて脚がなくて長いものが出るかもしれないぞ」

「だ、大丈夫です。ちゃんと逃げます」

「脚が百本あるやつもでるかもしれないぜ。ああいったところには皮膚に張り付いて血を吸うやつもいるし、樹木の葉からトゲトゲ毛虫が降ってくるかも」

といじわる顔で驚かしたところで

「や、やめてください!そんなに私を泣かせたいんですか!」

 和音が涙目になる。しまった、またやってしまった、と慌てる大地。

「ごめん、ちょっと驚かせただけ……ごめん」

 大地は手を合わせて拝むかのように謝り、荷馬車の椅子に座る。そして手を差し出し和音の手を握ると隣の席へいざなった。そのとき、二人に何かしら心に響くものが走った。それが何かはわからない。しかし二人が自覚していない『記憶』がここに呼び戻されたのである。二人とも顔を見合わせていたが、それはお互いに恥ずかしい気持ちから来ているものと思っていた。


 しばらくの沈黙のあとで大地が手綱に手をやる。

「……あの……大地くん、馬車を動かしたことはあるんですか」

「ないない」

 大地は笑いながらきっぱり否定すると手綱をピシッとはねさせた。途端に馬車が走り出す。

「うわああああああ!」

 叫びつつも手綱を離さない。隣では和音が座席にしがみつき、呪文を唱えていた。すると馬が落ち着き、リズミカルな走りをしだした。

「馬に支援魔法効くかどうかわかりませんでしたが、効いてよかったです」

「和音がいなかったら今頃ふりとばされていただろうな、ありがとうな」

 そう言って大地は馬車の操作を覚えていった。農家から借りた馬車は使っていなかった分、軋み音があり、路面状態が悪いところではガタガタ激しい音をたてていた。車がないこの世界ではまだ馬車が交通の手段だ。飛行機や衛星、ドローンも当然ないので上空から地理環境を観察する手段はない。


 馬車は小一時間ほど走ると広い田園地帯へ出た。そこでは収穫期を迎えた麦が黄金色に波打ってた。元いた世界と似ているけどどこか違うこの世界の田園風景。畑では黄色のイチゴや真っ黒なスイカの収穫が真っ最中で、農家と手伝いの人々が手際よく収穫している。

 働いていた農家の一人が大地に声をかけた。

「どこへ行くんだね?この先にいくのならやめた方がいい。軍の人間ならともかく子供の君たちには危険が伴う」

「何かあるんですか」

 大地の言葉に農家の男は道路の先を示し

「この先には湖があるのだが、昔は水鏡が見られるほど澄んで美しかった湖だが、今じゃ澱んで生臭い臭いまでしている。近くの牧場で放牧されていた牛が何頭か行方不明になっている。あの湖には何かが潜んで居る。悪いことは言わん、行かないことだ」

「ご忠告ありがとうございます。俺たちは軍から頼まれて偵察に行くだけです。大丈夫、無理はしませんよ」

 大地が農家にお礼を言って再び手綱を引く。農家は後ろから「やめておけ、何がいるかわからないぞ」と言っていたが振り返らなかった。


「嘘ついちゃだめですよ、偵察だなんて」

 農家が言ったことが気になって少し心配顔の和音。

「大丈夫、無理はしないよ。何か出たら逃げる。それより畑の土の色を見たか、黒かっただろう?あれは火山灰土からなる『黒ぼく』だ。この辺一帯はあの山の……多分、火山だと思うが……過去の爆発による火山灰が堆積したんだ」

 山全体が見渡せる平地へ来ると、大地は山の稜線を確かめる。全体にみて日本で言えば富士山のような美しい形だ。標高は今まで大地がフィールドワークでみた山の高さと比べると1700メートルほどか。ただ、大地たちが見ている側は大きく山の形がえぐれていた。


「あれは多分成層火山だ。何回も噴火を繰り返して溶岩や噴出物が層をなして積み重なってできた山だ。今見えている山がえぐれているところは激しい爆発があった証拠だ。つまり山体崩壊」

「山が崩壊しちゃったんですか」

「そう、それだけ爆発が激しかったということだ。1980年に大爆発をして山体崩壊をしたアメリカのセント・へレンズ山が有名だよ。あとは福島県の磐梯山、鳥取県の大山とか。山梨県の八ヶ岳は元々は富士山より標高が高かったのではといわれていて、火山活動、もしくは地震で山体崩壊をしたそうだ。あの山についてもちゃんと調べればわかることは有るかもしれないのにこの国の誰もあれが火山だという認識がない。ま、国王が言っていたこの国の歴史には不明な点が多いってのも頷けるけどな。オレイカルコスについてもそうだし、歴史を隠そうとしているとしか思えない」

 名前も知らない山であるが、妙に引き付けられる山である。山をめがけて山道を進んでいくと澄んだかぐわしい香りが辺り一面漂ってきた。山のふもと一面にユリの花が咲いている。白百合の群生だ。この景色に二人とも再び既知感をもった。

「見事だ……あの農家のおじさんの言うことを聞いていたらこんな景色は見られなかった。牧場があるって言っていたのに、白百合の群生地か」

 白百合の群生の中へ入っていき、しばしその香りを楽しむ。和音も大地の後をついて白百合の群生に囲まれた。その姿を大地がみたとき、左目がまた現実とは違うものを映し出した。和音を見ているはずなのに左目で見えたのは和音ではなかった。大地と目と目が合った和音も驚いた様子で大地をみている。大地が左目で見ている和音は顔も背丈も服装も違う全くの別人である。ギリシャ神話に出てくるよなキトンを着、黒髪を結い上げた女性だった。

「アウラか……?」

「クリティアスなの?」

 どうやら和音も別人の大地を見ているらしい。双方の別の人格がお互いに相手の名前を呼んでいるのだ。

 しばしの沈黙の後、その姿は消えた。突然のことにふたりとも何が起きたかすぐには理解できないでいた。

「……昔どこかでこのような白百合の群生にいた気がして、それを思い出そうとするともう一人の私が目を覚ましたんです。そのときの大地くんも今ここにいる大地くんではありませんでした。美術で見たことがある『アテネの学堂』にでてくるような……髪は長かったですけど」

 和音が白百合を手に話す。

「そうだな、おたがい共通している記憶の何かだろう。昨日言った通り俺たち四人は偶然この世界に来たわけではない。これではっきりした」

 やっぱりそうだったか、と大地も納得する。


 白百合の群生から離れ山の沢までくると、さっそく亜麻袋を広げ、これはと思う石を拾っていく大地。黙々とあるものを見つけては袋に入れている。そうかと思えばむき出しの地層へ行き、小瓶にそれぞれの層の土を採取していた。和音は大地のような趣味はないので渓流の魚や昆虫をみつけては動きを見ていた。空を見あげると太陽がちょうど南中している。

「和音先生、勉強は終わりました。給食の時間です」

 時間を忘れるほど採取したのだがさすがに空腹では力が入らないのだろう。わざとふざけてみせる大地に笑顔で返す。ふたりは河原に座り込むと持ってきたお弁当を食べることにした。和音が渚と作ったお弁当は、ライ麦パンにローストチキンやレタスなど生野菜、黄色イチゴとピンク色のバナナだった。チキンは渚が昨日のうちに鶏を買い込み、市長の奥さんと一緒にさばいて焼いたものである。マグロの解体ショーならスーパーマーケットで見たことがある渚もさすがに鶏を捌くことは経験がなく(昭和初期まで当たり前に家庭で鶏を捌いていたと聞くが、いまは業者ぐらいだろう。)キャーキャーいいながら捌いていた。それでもショックで倒れなかったのは『生きるために食べる』思いがあったからだ。

「いただきまーす」

 二人とも手を合わせてライ麦パンサンドをいただく。ガラスの水筒にはハーブティーが入っており、飲むと気持ちが和らいだ。

「家の庭にハーブがたくさんあったんです。ほぼ雑草状態でしたけど、渚さんと摘んでお茶にしました」

「生水がダメな分、水には苦労させられるよな。この時代には浄水場も下水処理場もない。これからも伝染病が人々を苦しめていくんだろう。かといってこの世界の人々に物事の理屈や科学の知識なしにいきなり俺たちがいた世界の文明をいっても理解されないだろう。難しいところだ」


 お弁当を食べ終わったころ、川のせせらぎとともにフルートのような鳴き声が聞こえた。コロコロロ……とても美しい鳴き声だ。

「へえ、驚いたな。この世界にもいるんだな、あれが」

 大地は鳴き声の方に目をやった。すると岩の上に黒く小さな生き物がいた。促されるまま和音も見つめる。確かにそれが鳴き声を発していた。

「カジカガエルだ。貴重な蛙だよ。俺たちの世界じゃあまり見られなくなった」

「あんな声で鳴くなんて、まるで小鳥ですね」

 興味を示し和音がずっと見つめている。

「いろんなところでフィールドワークをやったけど、ああいう珍しい生き物に出会うと嬉しくなるよ」

「カジカガエルで思い出しました。実は大地くんに渡したいものがあるんです」

 そう言って和音は布に包んだものを大地に差し出しす。大地が布をとると中から60センチくらいの細い金属の管が出てきた。金属の管には穴がいくつか開いている。

「……これは笛か」

 小学生時代、大地を悩ませ苦しめたリコーダー。手にしているのは横笛で、しかもリコーダーのような拭き口はなく唇の締め方で音質を変える篠笛のようなものだ。 

「私に勉強を教えてくれたお礼です。鍛冶屋さんで作ってもらいました。この世界初の管楽器です」

 本来ならこの世界初の笛とあらば喜んでしまうだろうが大地は複雑な気持ちだ。それを知っている和音は続けて言った。

「私はなぜ大地くんがリコーダーが苦手なのか毎日考えました。そして大地くんのペン使いや箸の使い方にヒントをみつけました。ペンで字を書いたり箸を持つときに力が入りっぱなしでしょう?力が入りっぱなしではリコーダーの指使いが難しくなります。ピアノも同じことです。力の入れ具合を身につけたらきっと苦手なリコーダーもふけるようになりますよ。私用にもう一本つくりましたから一緒に練習しましょう」

 そう言ってニコリと笑う和音に大地は何も言い返せない。これは事情を話すしかない。


「聞いてくれるか……俺は小学3年生までは普通にいい子だったそうだ。いうことをちゃんと聞いて誰にも反抗しないし、3歳には覚えたての字で文章をかけたほどできた子だったらしい。それが3年生になってリコーダーの学習が始まると思い通りに吹けなくて音楽の時間を飛び出してしまった。そこからかな、友達誘ってしょっちゅう授業中に騒いだり抜けだしたり先生を困らせた。あのころは自分で自分をとめられなかった。暴れて物を壊すこともよくあった。2学期が終わるころ、担任の先生が来なくなった。3月に親に連れられて児童相談所に行き、いろんな検査をしたり話を職員に聞いてもらったりしたよ。高校に上がるころ親が話してくれたけど俺は『発達障害』というものらしい。小学生のころに一緒に暴れた中には4年生で特別支援学級に入った友達もいた。でも俺はみんなと一緒に学習することになった。検査した医師の判断だ。支援学級に入った友達はみんなと一緒に勉強したくて自分の教室に行きたがらなかった。俺はそれを見ていて辛かった。大人のある線引きで分けられて一緒に勉強したくてもできなかった友達がいることを俺は知っていたはずなのに……この世界に来て毎日そのことを思い出している……」

 忘れていた感情がこみあげて大地は一筋涙を流す。

「優しいんですよ、大地くんは。人の痛みがわかるって大事なことだと思います。私の気持ちも受け取ってくれますよね」

 和音はハンカチを取り出すと大地の涙を拭いた。

「ありがとうな、わからないことをわからないままにしないって和音にも言ったもんな。和音先生、ご指導よろしくお願いします」

 その後しばらく笛の使い方を和音から指導してもらう。ここでは騒音なんて問題ないだろう。



「さてと……帰るとするか。暗くならないうちに家に着きたいからな」

 一通り練習した後で帰るべく、馬車に乗る。あたりは静寂に包まれ、空は曇り空となった。

 早足で馬を走らせる。しかし同じルートで帰っているはずなのに見覚えのある景色とならない。やがて馬車は霧に包まれていく。

「道は一本しかなかった。なぜだ……道に迷うわけはないのに」

 迷ったときはその場にとどまるべきか。そう思いながら樹木を抜けると霧の中から湖が広がった。不思議そうに荷馬車から降りて確かめるニ人。それは大きくて澱みがあり、まるで死んだような湖。あたりは生臭い臭いが立ち込めている。農家の人が言っていた例の湖だ。二人に緊張感が高まる。

 一瞬風が止まったか思うと立ちこめた霧の中に大きな影が見えた。そしてゆっくりと影は姿を現した。どす黒い体に二本の角、大きく裂けた口、長い体に不釣り合いな短い脚。今まで美術とか干支とかでその姿を絵として見たことは有るが、今目の前にいるのは本物である。まさに龍だった。龍は目を赤く輝かせ、宙をうねるように動いている。そしていきなり樹木の合間を駆け抜けた。バキバキっと樹木がなぎ倒され、つむじ風が起きた。風圧にやられそうになりながらも踏ん張る。

「逃げるぞ!」

 大地の声に和音が慌てて走り出す。二人が馬車に乗ろうとしたとき、右側から別の大きな生き物の影が横切った。頭は人で体が獅子の怪物だ。

「嘘だろ……龍と怪物だなんて……ヤバすぎる」

 いくら和音がいても全く戦力外の大地に歯が立つものではない。逃げるしかない、それは覚悟していたはずなのに。もはや恐怖以外何物でもない。震える手にようやく手綱を持ち、逃げようとしたその瞬間、獅子の怪物が馬車を蹴り上げた。馬車は一回転して車輪やら荷車やらバラバラになり、綱が外れた馬が俊足で逃げていく。

「しまった!」

 二人には走るしか逃げる手段はない。後ろをみせないように怪物の様子を見ながら逃げ場所を探す。

 龍と怪物はお互いも敵同士なのかいがみ合っているように見えた。龍が空中から怪物に突進し、怪物の体に噛みつく。怪物はその獅子の長くとがった爪で龍の体をえぐった。たちまち血が飛び散り、双方が吠え二人の目の前に龍が倒れこんだ。よく見ると龍の頭部に一本の槍がささっていた。逃げるタイミングを逃した二人の前に怪物が立ちはだかる。片足をあげ、二人を踏みつぶそうとする。

「そこから離れて!」

 大地の背後から人影が現れる。渚と剣斗だ。その声に大地と和音は急いでその場から離れ、距離をとる。

 剣斗が魔剣を手に怪物に切りかかる。体を袈裟切りにされ、人の顔をした獅子の怪物が悲鳴を上げる。その表情は人そのものの苦しみだ。それはその場にいた四人とも感じ取った。雄たけびを上げてそのまま事切れていく。

 和音がすかさず祈りを交え、人だった怪物の魂を天に返していった。


 倒れこんだ龍はといえば、息も絶え絶えにうごめいている。剣斗がとどめを刺そうとしているのを和音が止めた。

「その龍は怪物ではありませんし人の意識も感じられません。恐らく神の眷属である『龍神』です。頭部に刺さっている槍を抜いてください」

「なるほど……神様がいないこの世界で役目を忘れたのかしら」

 和音に言われるまま、渚が龍の頭部の槍をぬく。それは矛先が三つに分かれた三叉槍だった。

「……これはポセイドンの三叉槍?」

 渚が三叉槍を手にする。それはギリシャ神話の海の神であるポセイドンが持っているとされる三叉槍だ。ズシリと重みがあり、渚の手になじみ、しっくりして自分が以前使いこんでいた記憶が蘇る。この三叉槍を確かにどこかで使っていた。

「不思議ね……私はこれをどこかで使っていた……」

 目の前にはぐったりとして動こうとしない龍がいる。

「この龍はこのまま死ぬのか?」

 心配そうに見つめる大地に

「いえ、大丈夫です。回復しますよ」

 龍に回復魔法をかける。ひどい傷を負っていた龍はたちまち生気を取り戻していく。それだけでなく、あの毒々しさもなくなり、龍の瞳が優しいまなざしとなっていた。

「この龍はこの湖を守っていたはずです。しかし人々が神々を忘れてしまい、無法な自然龍と化したのでしょう。そこへ何かのタイミングで三叉槍が突き刺さり、苦しみのあまり龍としての務めを忘れたのです。」

 回復魔法を終えた和音は龍の頭を撫でる。

「もう痛くありませんよ……大丈夫」

「やはり和音は聖職者の何かがあるわね、龍をそのように見極めるなんて」

 渚も龍の頭を撫で、

「私は水の仕事が本業。水と龍神は仲良しだから宜しくね」

 その言葉を聞いてか龍は湖の水をまき上げながら大きく宙を旋回し、空へ登って行った。静寂が訪れた湖では波もなく空を鏡のように映し出している。水鏡だ。

「助けてくれてありがとう……危ないところだった」

 大地の言葉にすかさず渚が

「私たちは近くの教練場で訓練をしていたのよ。怪物の雄たけびが聞こえたからあわててきたの。間に合ってよかった、本当に。帰ったら事情聴取するからね、覚悟しておきなさい」

 やってしまった、そんな思いが大地に押し寄せる。

「これは君たちの馬か?手綱を引きづっているが」

 剣斗が一頭の馬を連れてくる。馬車が壊れた時に逃げたあの馬が落ち着きを取り戻して戻ってきたのだ。帰る手段はなんとかあることになったが、荷台は壊されてしまっている。それでも命が助かった思いで安堵した。渚たちは一足先に教練場へ戻っていった。

「あの……本当にすまなかった。君を危ない目に合わせてしまって……ごめん」

 二人は一頭の馬に並んで乗っており、後ろに乗っている和音へ振り向くわけにはいかないが、大地は心から謝罪をする。

「私の方こそ、二人でできることもあるから、といいながら結局大地君に何もできませんでしたし……お相子です。もし謝罪するなら笛を練習してくださいね」

 壊れたのは荷馬車の荷台部分だけで荷台から落ちた荷物は無事だった。沢から採取した石や地層の土も亜麻袋に入ったままだ。そして和音は二本の笛をしっかり持っている。

「ああ、ちゃんと練習するよ」

 大地の言葉に頷く和音。もっともそれが大地に見えるわけではないが。

 来る時とは違い走るわけにはいかないので時間がかかったが、日が暮れるころには家に着いた。到着早々、荷馬車の持ち主に謝罪をし、何か弁償をと言ったが、持ち主は壊れかけの馬車を貸した自分も悪いから、と一切金品を受け取らなかった。


 言葉少なに帰宅するとすでに渚たちが帰っていた。事情聴取するといわれ、何を言われるか予想がつくだけにむしろ自分たちの方が先に家に到着し、心構えをしておくべきだったのではと内心不安でたまらない大地。その表情をみて渚はフッと笑うと椅子に座るよう促した。そのあとに剣斗と和音も席に着く。

「さて、お約束の事情聴取をしますか」

「は、はい……」

 渚の声が正直怖い。敵感知スキルがマックスだ。渚とまともに視線をあわせられない。

「私は怒っていますよ、大地。非常に怒っています。わかりますか?」

「わかっています」

 うなだれる大地。

「農家の人に聞いたわよ。危険な湖があるから行かないようにって農家の方が忠告したにもかかわらず、引き返さなかったそうね。しかも軍から頼まれて偵察といったらしいけどそれは本当なの?」

「本当です。忠告されたのに無視してしまいました。はい、嘘をついたのも本当です。自分の立場をわきまえず、やりたいことを優先させてしまいました。結果としてみんなに迷惑をかけてしまいました。申し訳ありません」

 反省の塊となって体を小さくしている大地を見て和音も悪い気がした。

「湖に行くのを止めようとしなかった私も悪いので、大地くんをあまり責めないでください。お願いします」

 そう言って和音が頭を下げる。

「私も剣斗も大人として未成年のあなたたちを保護する立場だと思っています。四人一緒にこの世界に送り込まれたのなら、いつか元の世界に戻るのも四人一緒でありたい。だから何としても生き抜いてその時を逃さないようにしたい、そうでしょう?」

「おっしゃる通りです……」

「もう少し考えて行動すること、いいわね。でないと和音との交際は認めないからね」

「は、はい?」

 渚の最後の一言に大地が慌てる。その慌てように渚が薄ら笑いをし、

「では大地くん、今日の行動を世間一般では何というか教えてあげましょうか。世間では二人で楽しくどこかへ行くのを『デート』といいます」

「ええっ!!そうなんですか!?」

 途端に大地が顔を赤らめる。隣で聞いていた和音も思わず顔を伏してしまう。

「大地には宿題を出します。生き抜いていくために自分の身を守るぐらいの剣を剣斗に学びなさい。毎日朝稽古なり夜稽古なり、しっかりやりなさい。石をスライスするための剣じゃないんだからね!」

 確かに大地は剣で石をスライスしては断面をコレクションしていた。そんなところまで見ていたのか……大地は渚にある思いを決定づけた。


(姉ちゃん3号決定!)

 この世界でも大地の二人の姉のような存在ができた。まさに敵感知スキル発動だ。


 翌日から大地は朝、もしくは夕方に剣の練習をすることになった。相手が今まで少々小馬鹿にしていた大学生の剣斗ということで、なかなか乗り気がしなかったが、宿題はやるしかない。腹をくくった。

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