第4話 城へ

 4人がこの世界に召喚されて10日目、ようやく国王の都合がついたとかで城に上がることとなり、出迎えの馬車に乗って城へと向かっている。市の中心部の道路は石畳であり、馬車や人々の往来に十分な広さを保っていた。どこを見ても人であふれ、店が通りに沿ってたくさん並んでいる。自分たちが住んでいるところはオロビア市と呼ばれ、自分たちがいるパルネス国の首都であることなど、数日の滞在で政治体制を知ることができた。現在カメルス国王が統治しているが、それ以前は別の王朝が代々治めていた。権力闘争に敗れた国王をはじめとする一族は根絶やしにされ、台頭してきたカメルス派が軍部を掌握、そのまま国王の座についた。

「……でここまでは私たちがいた世界でもよくある話。民主主義社会でクーデターが起きて軍事政権になったケースがあったわね。でもここは……」

と渚が言うのと大地が言うのは同時だった。

「封建社会」

 馬車の中で声を落として渚が続ける。

「この世界には私たちがいた世界にあるものがないの。教会なり寺院なり、そうした宗教施設が存在しない。司祭も神父も神職、僧侶もいない。人々に宗教とか信仰といった考えが存在しない」

 馬車の窓から町を見渡す。確かにこの世界にはそういう施設どころか思想さえないのだ。

「一般的には王政と宗教者とは関係している。信仰心をもっている国民を宗教者の擁護なしで治めることはできないからだ。俺たちがいた世界ではどのような政治体制であれ、宗教が存在していて尊重されている。政治は国を治めること、宗教は人の心に安寧をもたらすもの」

 大地の言葉に目を丸くする和音。

「……大地くん、すごく大人なもの言いですね……そういえば国王がその地位に就くとき、聖職者から王冠をうけるときの曲でモーツァルトが作曲した『戴冠式』という曲があるのですが……ということはここは聖職者なしの戴冠式なんですか」

「神に祝福された国王の即位という概念がこの世界にはない、ということだ。冠被って終わり、なのかどうかは知らないけど」

 大地は学園の図書室でもこの国についての資料を読んでいた。古びた巻物や手書きの写本などであるが、その中に神話や伝説の類はなかった。たまたま亡くなった人を運ぶ人々に遭遇したことがあるが、驚いたことに亡骸はそのまま土深く掘った穴に埋めて終わりで、手を合わせたり墓石のようなものを置いたりすることはなかったのだ。

「でも人々は知っている、亡骸はやがて朽ちて骨だけになることを。死んだらそれで終わり、体は土にかえる、それがこの社会」

 さっきまで黙っていたので寝ているかと思われた剣斗が初めて見せたシリアスな顔をして話し続ける。

「もっとも、日本にもそんな考え方がなかったわけでもない。どんな金持ちも美女も死んで朽ちるのは同じ。例えば日本のいくつかの寺にある『九相図』という絵の中では死体が朽ちて骨になっていく様子が描かれている。この世界もそうなのかどうかは他の国がどうか見ないとわからない。ただ、人類の進化……あ、いや……人間が成長する過程で通るアニミズムそのものがないとしたらこういった社会があってもおかしくはない。僕は彼らに問いたいね、この世界の初めはだれがつくったのだろうって」

「ああ、大抵の神話はそこからだものね。じゃあ剣斗が国王様に尋ねてはどうかしら。返事に困るわよ、きっと」

 渚が剣斗の耳元でささやくが剣斗は激しく首を振り

「ま、まさか本当にそんなことを言ったら首をちょん切られますよ。僕はそんなことで死にたくない」

 慌てた様子で答えた。



 馬車が大通りへ入ると賑やかさが増した。城が近くなったのだ。かなり高い城壁に囲まれてそびえたつパルネス城は周りを広い堀で囲まれ、中世のヨーロッパあたりの城に似ていた。跳ね橋が下ろされ、衛兵たちが馬車の役人と言葉を交わすとそのまま通された。

 馬車から降りた4人は家来に連れられ、大広間に通された。そこには特権階級の人々だろうか、軍人を中心に知識層、そして国王に仕えるたくさんの家来がならんでいた。和音が緊張した様子で震えているのがわかる。極度の威圧感だ。むろんそれは大地にも言えることだった。

 大広間は白百合学園以上に大理石がふんだんに使われ、勇者と思われるいくつかの彫像や絵画が至る所にあった。黄金の玉座が二つ、恐らく国王と王妃のものだろう。その上は七色に色変わりする天蓋が吊るされている。玉座からまっすぐ敷かれた緋色の敷物は毛足が長く土足で踏むのを躊躇してしまうほどだ。


「国王王妃両陛下のおでましである。伏して敬意を払うように」


 年配の家来がその場にいた人々に高らかに言う。渚、剣斗、大地は刀を床に置くと静かにひざまずき首を垂れた。和音は刀を持っているわけではないがみんなと同じように伏した。周り人々は胸に右こぶしを当て、国王に忠誠を誓っている。


 カツカツと杖の音と歩く音が聞こえる。ゆっくり、重みのある音だ。そして衣擦れの音とともに玉座に座る様子が聞き取れた。

「面(おもて)をあげよ」

 少ししわがれた声だ。4人は緊張した面持ちで国王と王妃を見つめた。黒いひげを伸ばし、顔に深いしわがあるカメルス国王。その隣には髪を頭上にまとめ上げ、黄金のティアラを付けた王妃アーテ。ぞくっとするような美しさである。

「そなたたちがあのキメラを討伐したそうだな、礼を言うぞ。我々はごく最近になって現れたあの怪物どもに悩まされておる。今まで軍として討伐にかかわったこともあるが、被害甚大でてをこまねいていたところだ。これからも前線に立って討伐をし、民を守ってほしい」

 カメルス国王の隣でうっすらと笑みを浮かべる王妃アーテ。しかしその笑みも裏に何かあると感じずにはいられない怖さを含んでいる。

「畏まりました。突然この世界に送り込まれ困惑していた中で、ご配慮いただけましたことを感謝いたします。陛下のご希望に添えますように全力を尽くします」

 剣斗が力強く言う。あのチャラい男も考えあってのことだ、たまには場にあったことを言う。

「そなたたちには今後も軍に所属し教練場で今以上に力を付けることを期待しておる。この国は腐りきった前政権から移行したばかりでまだ国政が不安定だ。そのようなときにあの怪物どもが現れるようになって国の統制にひびがはいるところであった。それ故に怪物を討伐できたそなたたちが軍に所属することは民を守ることとなる。それを忘れぬように。ときに、そこの少年よ……」

 ふと国王が大地をみて話しかける。

「かわいそうに、まきこまれてこの世界にきてしまったか。せめてもの慰みにと学園で学べるようにしたのだが……どうだ、満足がいく学びはできているか。校長からはそなたの様子を聞いておるがとても真面目に学んでいるそうだが」


(かわいそう?まきこまれた?)


 少し言葉に引っ掛かりをもったが、それを顔に出すほど大地は子供ではなかった。

「私も隣の和音も白百合学園で学べることを感謝しています。なにかこの世界にお返しできれば、と思っています」

「校長の話によれば、学園の図書室によく通っているそうではないか。その学びの精神、同じ学びをしている他の生徒たちの手本となるべきもので先生方も一目を置いている。この国の歴史は実は不明なところが多々あるうえに文献も揃ってはおらん。オレイカルコスについてもそうだ。王妃が奥宮からその存在を示す資料を見つけだしたことで我々の知ることとなったのだ。そなたたちが今後も学び続けられるよう、できるだけの力添えをしていくつもりだ」

「深く感謝いたします。陛下の御心に叶うべく学びを深めていくつもりです」

 大地の言葉に頷き、立ち上がると威厳を持ってその場にいた人々にむけ声を上げた。


「この国は常に近隣の国々に脅かされている。長い間国を守ってきた軍をないがしろにし、軍備が縮小され、この国が国であるための力が失われてきた。すると何が起きたか。我々の領土のいくつかの島々が隣国に実効支配されてしまった。周辺は豊かな漁場であったが、今では我が国の民が魚を獲ることもできぬ。このまま我々は周辺の大国に平和主義を訴え続けて国力を失い続けるだけなのだろうか。否!我々にはオレイカルコスという救いの一手があるのだ。それは城の忘れられた古い文献にあり、世界最強の兵器と書かれておる。前政権は戦争を否定し、オレイカルコスにかかわる他の文献を処分してしまった。その結果、オレイカルコスがどのような形をしてどのような働きをしているか全くわからないままだ。国全土からオレイカルコスについての情報を集めよ。我が国の戦力を高めるにはオレイカルコスの力が必要だ。どんな手段を用いても探し出せ!褒美をとらせるぞ!」

 抑揚のある国王の声にその場に居合わせた人々が歓声を上げる。国王と王妃はその声に満足した様子で手を振ると静かに奥宮へと消えていった。その後ろ姿に4人は一礼すると再び馬車で帰路についた。


 大地は例の言葉が引っかかってむしゃくしゃしていた。渚はそれを感じ取っていた。

「気にしないことよ。何かの縁があって、役目があってこの世界に来ているんだから。気にしない気にしない、ノープロブレム!」

 和音も大地の機嫌が悪そうなことに気が付いているが、どう言葉をかけたらいいかわからず渚の言葉に頷くだけである。

「元気出せ。今晩は僕が晩御飯をつくるから期待してくれたまえ」

 料理をつくるなどと剣斗が思わぬことを言うので大地はフッと薄ら笑いをしながら

「余計怖いよ。そういえばオレイカルコスを探し出せって言ってたが、城に保管されている文献にしか書かれていないなら学園の図書室に資料がなかったのも理解できる。オレイカルコスとは新型の爆弾か?だとしてもこの世界の科学力で核爆弾を作ることができるとは思えない。戦力となるという情報しかないのにどうやって探すつもりだろう」

 大地の言葉を受けて和音が続ける。

「それだけではありません。王妃はキメラの正体も知っていますね。言葉には出していませんが……なんか……こう、わかるんです。あの王妃の眼差しが物語っています。キメラが討伐されたとき、キメラの哀しい想いが伝わってきました。はやく楽にしてくれと、そう心に傷を負った叫びです。なのでキメラが死んだときに魂を天に返しましたが……」

 和音はキメラの意識をもろに感じてしまったらしい。共感したのか少し涙目だ。

「驚いたわねえ、あなたは普通に魔法使いだけではなく、まるでこの国にはいない聖職者みたいね。それだけに存在意義があるのかも」

 渚の言葉に思わず首をふる。

「い、いえ違います、そんなの違います。この前、大地くんが言っていたキメラは『人』であること、それは間違いないと思います。だから討伐の時は『殺す』のではなく、天に返す意識でやらないと。あの怪物たちは『人』から何かの操作であの姿にさせられているのです。『人』に戻るときは死んだときだけ……すみません、私の頭に今いろいろなものが入ってきて……悲しい気持ちでいっぱいです……」

 話しながら涙があふれてくる。

「きっとそれは僕たちの世界で言えば遺伝子操作に似たものだと思う。あの怪物たちがどのような過程で作られたのかわからないが、少なくともこの国の科学力ではない。20世紀後半にイギリスで試験管ベビーが誕生しているが、あれは体外受精された受精卵を母体に戻したので、当時は非難が多かったものの、その子供は普通に人として人生を歩んでいる。しかしあの怪物は違うな。人扱いされていない、そんな感じがする」

 あのチャラい大学生はどこにいったかと思うほどだ。

「異世界に飛ばされた4人、タイミングを合わせるかのように現れだした怪物、国王が必死に探し求めるオレイカルコス。俺はそれぞれがつながっていると考えている。既知感がそう感じさせている。ひょっとしたら渚や剣斗は国王に利用されているのかもしれないし、学園で学ぶ俺と和音は監視の対象とされているかもしれない。生半可な気持ちでいくと命を失うことになるんじゃないか」

 大地の言葉に渚や剣斗も、和音も同じように思っていた。既知感は偶然ではないはずだ。元いた世界とこの世界、さらに既知感を引き起こしている別の世界。4人に共通しているこの思いが解決のキーワードだ。

「さて、見解が一致したところで僕は失礼するよ。約束の晩御飯作りだ」

 そういって剣斗が立ち上がった。



 剣斗が作った晩御飯は大地の予想に反して「マトモな」ものだった。剣斗のファンのおばちゃんからいただいたシルバーフィッシュをムニエルにしたものや、レンズ豆のトマトソース煮、サラダが食卓に並んだ。料理の腕に関して大地は「負けた」と思った。

(姉ちゃんにもっとハイレベルな料理を教えてもらおう。こいつにだけは負けたくない)

そう思いつつ料理を口にする。悔しいが本当に美味い。それは話すことを忘れるほど一生懸命に食べている渚と和音を見てもわかること。昼間、国王に「かわいそう」「まきこまれた」と言われたことも忘れるほどだった。

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