第9話 開戦、そして別れ
あれからパルネス国ではあちこちで軍へ強引に入隊させる光景が見られるようになった。少しでも体力があり、健康な者は男女問わず入隊させられる。もし拒もうものなら国王の命令に背いたとかで即警察へ引っ張られ、教育的入隊としてそのまま入隊となるのだから同じことだ。火山の爆発の処理に人手をとられていることや、昨今の隣国との島をめぐる領土争いの問題が大きくなっているのも原因である。元いた世界なら他国との交渉はまず外交努力で解決を目指すのだが、この国では国王の意向が最優先されており、戦争するもしないも国王の考え一つだ。渚も剣斗も軍に入ってその緊張感を感じないではいられなかった。いつの間にか自分たちが新入隊員を訓練する指導者になっており、忙しい日々を送っている。
学園の方では過去の日本で見られた学徒動員といったものはなく、職員も生徒も普通に学問に励んでいた。大地も和音も今まで通りの生活をしている。同じ学園ということであのソポスという上級生に顔をあわすこともあるが、特に言葉を交わすのでもなく普通に会釈をする程度だ。ソポスもリタイから機会があるまで特にこちらからアクションをおこさなくてもいいと言われており、大地のことを気にしながらも普通に学生生活を送っている。
午後の学習が始まるころ急に職員が慌ただしく動くようになった。学習が突然自習になり、その雰囲気を周りの学生が感じ取り生徒たちがざわつく。
「なにか起きたぞ」
「学園から説明があるのか」
「勉強はどうなるんだ」
生徒たちが口々に話すものだからクラスは騒然としている。大地が知る限り、少なくとも通っていた高校では自習があっても騒がず、与えられた課題をこなしているものだが、この世界の生徒はあまりそうした事態に慣れていないのだろう。
しばらくして全ての学生は大講堂に集まるように指示された。不安を抱えながら集まっていく学生たち。
シェーンベルク校長が演台に立つとざわついていた学生は静けさを取り戻す。
「貴重な午後の学習の時間をつぶしてしまったことを申し訳なく思います。さて、学生の皆さんにここに集まってもらったのは国の方針……これからこのパルネス国がどう動いていくかを伝えるためです」
国からの方針、緊急なことか……顔を見合わせる学生たち。
「本日カメルス国王は貴族会議の中で、隣国ゾーマに対し宣戦布告をすることを決定しました。隣国ゾーマはこれまでにもわが領土であるケオス諸島に対し、実効支配を行い、そこに住まっていたわが国民を追い出し、町や工場や港、財産などすべてを奪ったばかりか、近隣で漁民が漁をすることができないように艤装した船を航行させるという、自国の利益のためなら他国の不利益をも顧みない行動にでております。長らく辛酸をなめ、我が国の権威をもないがしろにされてきましたが、機が熟し、ここに我が国の権威、そして国民を守るため宣戦を布告することとしました。
学生の皆さんは勉強が本分です。これまで以上に学びに専念し、やがては国に貢献できる力をぜひつけていただきたい。そしてパルネス国が必ず勝利し、発展することを信じて学生生活をおくってください」
シェーンベルク校長が力強く述べ、演台から降りるや否や拍手で歓声を上げる学生たち。学生たちは学園で教えてもらうことが全てだ。学園が赤といえば赤、白といえば白という考えでしかない。その場にいた学生たちはゾーマ国に対し敵意をむき出しにしていた。大地と和音はその様子にかつて日本がハワイの真珠湾を攻撃し、太平洋戦争へ国民を巻き込んだあの流れに似たものを感じないではいられなかった。
「大地くん、私は戦争は嫌です。なぜみんな反対しないのですか」
不安に押しつぶされそうな和音に大地は寄り添うと
「いいか、その言葉を俺以外の前で絶対に口にするな。民主主義社会で育った俺たちには確かにこの国の動きは元いた世界の戦争を思い出すものだ。だが、この国は封建社会、国王と貴族院の議会の決定で国が動く。それに反したことを言えばまず命はないと思え。渚や剣斗の前でもだめだ。二人は軍という立場だ、和音の一言で立場が悪くなることがある。わかったか」
小声で耳打ちし、静かに頷く和音。
シェーンベルク校長の話がすみ、学生たちは教室へ戻るよう指示された。教室へ戻る途中もざわざわとしており、その後の学習も興奮が収まらないのか集中できない学生もいたほどだった。
その日は和音も放課後のピアノを早々に切り上げて大地と帰ることにした。大地もあのソポスに会えばまた何か言われそうで、図書室へ行くのをやめていた。
連日教練場の仕事が厳しいのか、遅く帰ってくる渚たちのために夕食を作るぐらいはやろうとの考えだ。しかしまだ日も落ちていないのに帰宅すると渚も剣斗も帰っていた。二人とも黙りこくっている。
「ただいま……というかお帰りなさい……」
様子がおかしい二人に言葉のかけように困る。大地も和音も渚たちの前に座るとそのまま時間を待つ。
しばらくの時間を経てようやく渚が言葉を口にした。
「……あなたたちももう知っていると思うけど……国は隣国ゾーマに対し宣戦布告をすることにしたわ。戦争よ、この国は戦争をするのよ。それだけじゃなく、私と剣斗も最前線に立って戦うように命じられたわ……戦う相手は相手は合成獣じゃなく生身の人間よ。」
青ざめた顔で半ば泣きそうになりながら渚は続ける。
「……軍にいる限りいつかはそうなることがわかっていたのに……人間が相手ということは人を殺すことでしょう?平和に生きてきた私たちがこの世界で人殺しをすることになるなんて耐えられない……」
そういって泣きじゃくる。それは剣斗も同じだ。ゲームでは殺すとか死ぬとか平気で言葉を使うくせにそれがわが身に降りかかる現実となると戸惑いを隠せないではいられなかった。二人ともそれぞれ逸脱した武器を持っており、そのことも目を付けられているのだ。
「剣斗、あの龍やドラゴンのことも知られているのか?」
「……幸か不幸か青龍やフレイのことは誰にも見られてはいない。青龍は神の眷属たる龍であり、フレイは僕にしかなつかないドラゴンだ、戦争に巻き込むわけにはいかない。封印しようと思っている」
そう剣斗が答える。
「ああ、それが懸命だ。で、本当に最前線に行くのか?」
「渚も僕も軍にいる以上断ることはできない……運命だと思って受けざるを得ない。渚のことは僕が守るよ。招集は明日の朝8時、軍部から迎えが来る。今日は家族と思い出のために過ごすように言われ、早く帰ったんだ」
剣斗の隣で伏せて泣いている渚に剣斗が寄り添う。それをみて後のことは自分たちがやるから、と大地と和音はその場を離れた。
いつもは談笑しつつ和やかな夕食時間だが、その日は通夜かと思うほど沈み込んだ夕食だった。せめてもの元気づけと思って大地と和音が作ったポトフも思うように食がすすまない。それは平和な民主主義社会で育った自分たちがいきなり戦争の最前線で戦うことになるのだから当然だろう。渚のやつれようは見ていて辛いものがある。でも年長者たる責任感からか、大地に目を向けると
「私は覚悟を決めたわ。絶対に生き延びて帰ってくるから、あなたたちもやるべきことを忘れないで。必ずみんなで元の世界に戻るんだから!」
涙目できっぱりと言いきった。
「4人一緒に帰るその日まで生き延びよう!」
剣斗が手を差し出し、渚も大地も和音も手を重ねる。絶対に生き延びて元の世界にもどるために。
翌朝、召集されるというのに渚は早くから起きてみんなの朝食を作ってくれていた。誰もが食べながらできるだけ普通にしている。妙な気遣いはしない方がいいと思ったからだ。片づけをしながら大地が窓を開けると日の光が部屋中に差し込み、野鳥の鳴き声が賑やかく聞こえた。そこへ黒馬の馬車が二台やってくる。軍の迎えの馬車だ。それをみて準備をする渚たち。
馬車から重装備の壮年の男性が巻紙を手にして降りてくる。
「おはよう、よく眠れたかね。私はこの水原渚と加賀美剣斗を直属の部下とするカリアスという者だ。国王の命による招集で迎えにまいった。水原渚、加賀美剣斗、昨日の話でもあったようにテッタリア戦線の配属を命ずる」
巻紙が読み上げられると覚悟を決めた渚と剣斗が荷物を持って馬車に乗り込んだ。大地と和音に見送られ二人を乗せた馬車が出発する。しかしカリアスは玄関を離れず、和音にも目を向けた。
「あなたが鈴木和音さん……?」
いきなり男に言われて大地の後ろに隠れつつ頷く和音。それをみて男はもう一枚の巻紙を読み上げる。
「鈴木和音、同様にテッタリア戦線後方部隊へ配属を命ずる!」
あまりのことに動揺を隠せない二人。
「なんだって!なぜだ、和音はまだ14歳の学生だぞ!」
思わずうしろの和音をかばう。
「国王は和音殿の『魔法』に興味を持たれ、負傷した兵士の回復に役立つと期待をお持ちだ。前線と言っても後方部隊だ、有難く受けたまえ!」
「そんなバカな話ってあるか!和音は行かせない、戦争に行かせるものか!」
「軍にはむかうものは国王にはむかうことだ、わかっているだろう?」
「それなら和音の代わりに俺が戦地へ行く、軍へ入隊する。俺の方が年長者だ!」
荒ぶった大地の言葉に男は一笑すると
「君はろくに剣も扱えないそうじゃないか。軍に入っても役に立たない。国王が望んでいるのは和音殿だ、君ではない」
「この野郎、和音は渡さないぞ!」
とっさに大地が男に飛び掛かる。しかし寸前で男の刀の鞘ではじかれ、大地は壁に体ごと打ち付けられた。衝撃で口から血がでる。
「まあ気持ちは分らんでもないが、この場で私に切り捨てられなかったことに感謝することだな」
大地の怪我にとっさに回復魔法をかけようとした和音だが、大地がそれをやめさせた。
「……カリアスさん、荷物を準備しますので待っていただけますか」
和音も自分にふりかかった運命の流れにのるしかなかった。カリアスの許可を得て、早々に荷造りを済ませる。大地はこの事態に何もできないことが悔しくてたまらなかった。ふらふらしながら立ち上がるとカリアスに対し頭を下げる。
「……先ほどのことは自分の立場もわきまえず、無礼を働いたこと、深くお詫びします」
カリアスも年齢を重ねた者であったので、大地の言葉の意味も分かっていた。
「私の方こそ痛い思いをさせて申し訳なかった。大地くん、君は優秀な学生だと校長から聞いておる。君がこの国にできることは他にもあると思う。ぜひ学んだことを活かして貢献してくれたまえ」
カリアスの言葉に静かに頷く。
大地は和音を馬車まで送るといたたまれなくなって抱きしめる。
「ごめん……ごめん……またなにもできなかった、君を守れなかった……」
涙があふれる大地。和音はその涙をハンカチでふくと
「私は大丈夫、だから泣かないで」
そういって、悲しい想いがありながら今までにないくらいの笑顔を見せる。
「大地くんに宿題です。あの曲の総譜のなぞなぞを必ず解いてくださいね」
そして小声で耳打ちする。
「なぞなぞの答えはきっと大地くんを守ってくれるから」
「……ああ、わかった。必ず解くよ」
そう言葉を交わしたのを最後に和音は馬車に乗った。
力強い手綱の音とともに出発する馬車。どうあがいても叫んでも変えられないことに体中から言いようのない想いがあふれてくる。この感情は自分で自分を止められなかったあの時の感情と似ていた。走り去る馬車が見えなくなるまでその場に立ち尽くす。
その日は学園へ行くのをためらったが、そのまま家にいてもふさぎこみそうで学園へ行くことにした。いつもなら二人で歩く道も一人で余計に寂しさがこみあげる。教室へ入ると和音のことがすでに学園へ伝わっており、和音は休学扱いになっていた。そのことをうらやましがる学生もいて大地に自制心がなければ喧嘩になっていたところだ。
授業はできるだけ集中しようとしたが、臨席にいるはずの和音がいないという事実に気持ちが萎えてしまう。職員も大地の変化に気づかないわけではなかった。
放課後、音楽室の前を通る。いつもは和音が奏でるハンマーフリューゲルの音が聞こえるのだが、今日は教師の弾くこの世界の曲だ。ここにも和音がいないという事実があった。
帰宅するとさらに厳しい現実が待っていた。4人で賑やかに過ごしていた家。『姉ちゃん3号』こと、口やかましいが世話好きの渚、チャラ男としか大地には思えない剣斗、そして泣き虫で内気な和音。その3人はここにはいない。静まり返った家のあちこちに渚たちの影が見え隠れする。家の中が大きな洞穴のように思え、深い闇の中にのまれていく気がしてならなかった。
外に出て黄昏る空を見上げる。鳥たちは巣のある山へ帰り、虫の音があちこちで聞こえた。目をつむりたたずむと草の葉のすれる音がさわさわと響きわたるのが感じ取れた。今はこの家にいない3人の無事をとにかく祈らずにはいられない。
「キーッ!」
突然森の奥からけたたましい声が聞こえた。木立から舞い上がる影。翼竜のような翼をもつ合成獣だ。大地を見ると威嚇し何度も翼を羽ばたかせる。
(もう逃げない!)
ろくに剣も使えないならそれでもいい、このままやられるよりは少しでも抵抗をしてやる。和音のことを思うと自分も覚悟を決めるしかなかった大地は剣を抜き相手と対峙する。
〈 肩を狙え 〉
あの声、火砕流から村を守りたいと祈ったときに聞こえたあの声だ。大地は合成獣の動きを見ながら時期を探る。その声にまた体中からほとばしる何かを感じた。そして合成獣が飛び掛かかった瞬間、大地が下に周り腹部から肩めがけて切り付けていく。吹き出る血とともに倒れこむのをみてとどめを刺す。
「悪かった……和音がいないから魂を天に返せない。許してくれ」
合成獣はそのまま息を引き取る。元は人間だった合成獣は人間の意識を取り戻せるのは死んだときだけ。悲しい生き物だ。それもどこかでこの合成獣たちに4人ともかかわっていた。まだその既知感の元をよく知らない。リタイがいっていたアトランティス滅亡と自分がどう関係しているのか知りたい気持ちもあったが、まだ受け入れるゆとりはなかった。
それにしてもあの声の主は誰だろう。
「この間の火砕流のときといい、今回のことといい、誰か周りにいるのか?」
見回すが人らしいものはいない。
〈 ここだ、ここにいる 〉
「ここにいるといわれても俺には見えない。隠れてないででてこいよ」
大地がそう言うとなんだか頭がモソモソしだし、何かが頭から落ち、地面に落ちた。そして目の前で見る間に大きくなると一匹の白い大蛇が現れ、大地を見下ろした。
「うわあああ!」
慌てて逃げようとするが腰が引けて足が動かない。合成獣以上に恐怖だ。
〈 ふははは、何を恐れておる、ではこの姿ではどうだ 〉
白い大蛇はそのまま小さくなっていく。普通の蛇といった大きさになったかと思えば白から黒っぽい皮へ変わった。その蛇は黒っぽい肌に鎖柄の蛇だった。その蛇に見覚えがある大地は近くによって話しかける。
「お前はあのときの……?」
〈 そうだ、あのときお前が崩れた土砂から助けてくれたあの蛇だ 〉
地学オタクの会のフィールドワークのとき、大地が土砂に埋もれてカラスに食べられそうになっていたのを助けたアオダイショウの幼生だった。
〈 もっとも、これは私の本来の姿ではない。本来は白い体だ。大きさは龍ぐらいの大きさからもっと小さくなって…… 〉
蛇はどんどん小さくなると髪の毛ぐらいになり、大地の頭に飛び乗った。
「ひぇえええ!」
髪の毛ぐらいとはいえ、蛇が乗ったものだから驚きを隠せない大地。
〈 私の名はミワ、お前をずっと昔から知っている。クリティアスだったお前のこともな。安心せよ、リタイから頼まれてお前を守っておる〉
「俺が蛇に守られている?クリティアスだったときも?なんだよ、それ」
体の震えはまだ収まらない。しかしミワの声がなければ火砕流の消滅もできなかったことだ。
「はあ……じゃ、これからも頼むよ、ミワさん。俺、みんながいなくなって暴走しかけたところだ」
ミワが動くのか何となく頭がむずむずする。大地はミワに対し親近感を持った。
自分自身はこの先どう生きていくのか、どう行動すべきか考えがまとまらない。そもそもなぜこの世界に召喚されたのかさえわからないままだ。しかしあの噴火以降、大地の体と意識に変化が起きていることにまだ大地は気づいていない。
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