第2話 召喚された世界

 そこはどこかの原野、山並みや遠く海もみえる。まったく見覚えがない景色の中に4人は投げ出された。しかもなぜか古代か中世かわからないが現実とは異なった服装をしている。お互いに初めて会う人同士、自分たちが置かれた立場を冷静に考えなければならない。


 はじめは何が起きたかわからず、4人とも沈黙したままだった。

「何?いったいなにがどうなったの」

 渚が周りを見渡して呟く。状況がわからず考えもまとまらない。

「どうやらこれは小説でいう『異世界召喚』らしいですね。まさかこんなことが本当にあるとは。しかも4人一緒に召喚されたということは、ここから何か冒険が始まるというお約束ですよ」

 退屈な大学生活を送っていた剣斗はかなり前向きに考えている。

「そんな……冒険より俺は勉強したい。塾の課題が残っているんだ。やらないと母さんと姉ちゃんに怒られる。困ったな……」

 意味が分からない状況に嘆き、頭を抱える大地。

「でも、おかれている立場はみんな同じですよ……」

 ぽつんと離れて小さな声でつぶやく和音。


「そうね、自分一人ならパニくっていたかもしれないけどお仲間がいてちょっと安心かな。私は渚、ここじゃ名前だけで良さそうね」

 渚は長い髪をかき上げると笑みを浮かべた。どんな状況にあっても笑う余裕を持つのはおそらくこの中で年長者たる責任の故か。渚ともう一人の男性はお互いに鎧や本格的な剣を持っていた。

「は、初めまして!こ、こちらこそよろしくです。おおおおっ僕の願いが神に通じたんだ!僕は剣斗といいます。とりあえず大学生やってます」

 この世界に来る寸前、わくわくするような冒険や運命の出会いを神様に願っていた剣斗は生き生きとした表情で渚の手を取った。このチャラいとしか言えない剣斗の行動、渚と同様にフル装備だ。しかも剣斗の剣は妖艶な雰囲気を醸し出している。

「はい、そこの君もよろしくね。君の名前は?」

 渚が大地のそばにやってきたとき、とたんに大地の体中に拒否反応にも似た悪寒が走った。


(ダメだ、この人ヤバイ)


 顔の表情が強張る大地。それが大地の度重なる経験からくる敵感知スキルの働きなのだが、そんなことを言えるわけがない。

「大地です……高校生です」

 大地は渚から視線を逸らすと軽くお辞儀をした。当の大地は生成りのチュニックに貧相な剣といったいで立ちでフル装備の渚や剣斗とは役目が全く違う気がした。

「すみません、こんな格好なんでヒーローとヒロインはあなたたちにお任せします」

「おもしろいい言い方をするのね。ではそこの……」

 渚は3人と少し距離をとっていた最後の一人に声をかけた。マントのフードを目深にかぶっているので顔は見えないが、小柄で華奢な体つきから女の子だということが理解された。大地と同様にチュニックを着ているが武器といえるものはないようだ。

「……私は和音といいます。中学生です」

 和音は体を小刻みに震わせている。そして少しずつ大地たちから距離をとるかのように後ずさりをしていた。 大地はそんな和音を不思議に思い、和音のフードを取り払う。相手の気持ちを考えずに行動してしまう大地の特性だ。

「や、やめてください!」

 和音が思わず声を上げる。いきなり訳の分からない世界に放り込まれ、極度の緊張状態なる中で必死に自分を守っていたフード、それを大地が取り払ったのだ。今までどんなひどいいじめにあっても声を出すことはなくずっといじめが終わるまで我慢していたのだが、なぜかはっきりと声を出すことができた。

 和音の行動にはっとした表情の大地。

「ご、ごめん……悪かった」

 和音から離れると頭を下げる。自分が何か悪いことをしたら謝る、これも長期にわたる大地のトレーニングの成果だった。

「これに懲りて少しは相手の気持ちを考えなさいよ。それにしても」

 渚はもう一度周りを見渡した。3人も自分たちが置かれた状況を再認識する。やはりどうみてもこれはよく言われる異世界召喚だ。まさか自分たちがそんな状況に陥るとは思いもよらなかったし、あくまでも物語や超科学論者の世界の話だと思っていた。ただ大地だけはこの景色に見覚えがあった。元の世界で幾度となく左目が見せた景色と似ていたのである。



「私たちはこれからどうするべきかしら。こんな格好をしているとなるとそういうことが起きると理解するのが自然なようだけど。言っとくけど私は全く戦いとかチャンバラとか縁がない生活をおくっていたから当てにしないでね」

「大丈夫です!僕がいます。僕を当てにしてください!」

 剣斗が猛烈にアピールをする。そういう剣斗も剣道とかフェンシングとかの心得はない。ただオンラインゲームでそうしたものはやってはいるが、そんなことよりも剣斗は渚に対して胸を射抜かれた感じを受けてたのだ。これが運命の出会いというものだろうか。

 一目で剣斗が渚にぞっこんになってしまったのが大地や和音にも理解できた。


(さらにヤバイ……マジで俺ひくわ……)


 大地はヒーロー、ヒロインといえるこの2人から距離をおくほうがいいと自分に言い聞かせた。そして再度和音の方をむくと

「さっきは本当にごめん。俺、なかなか人の気持ちを考えるのが苦手でついやっちゃったんだ。けっしていじめようとしてやったんじゃないから、それだけは信じてほしい」

 2度目の大地の謝罪に和音は驚きを隠せなかった。今まで自分をいじめた相手が謝ったことがあるだろうか。いや、もしそうした機会があってもそのあとが怖くて素直に受け入れできなかっただろう。

「……私の方も大きな声を出してごめんなさい」

 和音は恐る恐る大地に近づき、やっとの思いで言った。和音を含めて4人、なぜこんなことになってしまったのかはわからないが、少なくとも元の世界よりはいじめられない分ましなのも知れない。そのことに対する安心が緊張を解きほぐしていた。

 

 4人がいる場所は周りに建物はなく、人影もなかった。いや、人影はなかったが樹木の陰からかなり大きい何かが動いているのが見えた。それはがさがさと植物の枝葉を落とし、驚いた小鳥たちが一斉に飛び上がった。

 4人の目に映ったのは元の世界では想像上の怪物でしかない合成獣キメラだ。その大きさは10メートルくらいか。大地たちを見下ろし大きく吠えた。

「ここであったが百年目!僕が成敗してくれるわ!」

 妖艶な雰囲気の剣を手に剣斗はキメラに向かっていく。

「一人じゃ危ないわよ、無茶しないで」

 慌てて渚が追いかける。二人ともフル装備での召喚であるが、平和な日本のこと、戦闘経験なんてものはない。しかし剣を手にすると二人とも何かを思い出したかのように見事な剣裁きをみせ、キメラに切りかかっていく。一瞬キメラの手が剣斗の隙をついて体を飛ばした。地面に投げ出され、うなり声をあげる剣斗。とっさに和音が何やら唱え、手にしていた棒を振りかざす。


「ヒーリング・アンダンテカンタービレ」


 和音の言葉とともに光が剣斗を包み込む。剣斗は立ち上がると再びキメラの前にでた。

(俺も参戦した方がいいのかな)

 大地は2人に比べて鎧はないし「しょぼい」剣でやるしかないがこのまま見ているよりはマシかと思われた。剣を抜くと3人でキメラを囲み一斉に攻撃に出て、戦いながら4人ともどこかでこのキメラを見たことがあるという既知感に見舞われた。

 キメラが大きくうなり声をあげるとつむじ風がおき、和音のそばまできた。

「和音、逃げるんだ」

 大地がとっさの判断でキメラの頭部に剣を突き付ける。致命的にはならないが動きを一瞬でも止めるには十分だ。その間に和音が安全な距離をもって離れ、3人にむかって呪文を唱える。大地たちは体の内部からもう一つの力を感じるとそれぞれでキメラに向かっていく。

 

「和音、支援魔法感謝!」

 剣斗が上機嫌で剣を振りかざし、キメラの頭部を切り落とした。うなり声とともに崩れ落ちるキメラの体。血の海が広がり大地の足元まで流れてくる。

 こんなに大量の血を見るのは初めてだ。それは恐らく他の3人も同じだろう。


(こんな怪物がいる世界なのか、ここは……)


 怖さを隠せないでいた大地が体を硬直させていると、渚が肩をたたいた。

「誰もが初めてよ、怖いのは同じ」

 大地にとっては「敵感知」の対象だが、その渚の言葉に少し安堵をする。この雰囲気は何度も元の世界で経験した。

「和音は魔法使いなの?」

 渚の言葉にゆっくり頷く和音。

「自然に口から出た言葉です……魔法がなにかわからないけど、こんなときはこうする、みたいな何か記憶があってやったまでです……すみません」

 このことにテンションが高くなったのは剣斗であることは言うまでもない。

「魔法使いなんてまさに、まさに、まさに異世界物語の王道じゃないですか!僕は神に感謝します!今まで生きていて良かった、これが僕の最高の生き方だ」

 拳を握りしめ、喜びを隠せないでいる。その姿に大地は

(こいつは本当で状況わかってんのか、こんなんが大学生やってていいのか、日本滅ぶぞ)

 一言で言うと「ドン引き」だった。


 4人はさてこれからどうしたものかと周りを見回すと、いつしか多くの人々が自分たちを遠巻きに見ていた。彼らと視線が合ったとき、賞賛の声とともに人々が駆け寄ってきた。不思議なことに異世界なのに言葉がわかる。あとで剣斗が言っていたが、異世界物語のお約束みたいなものらしい。この世界の人々との初接触はキメラの討伐によりごく自然にそれも彼らに好意的に行われた。そして市長の招きでその日は歓迎会まで行われることになったばかりか、その後「事件」を知った役人が国王に報告、国王の求めにより謁見する許可までいただいたのだ。


「我々はあの怪物に悩まされておりました。ここしばらくの間にああいった怪物が現れ、人々を脅かし田畑を荒らしていたのです。それをたった4人で討伐とは恐れ入りました。あなた方がどのような国から来られたのかわかりませんが、どうでしょう、しばらくこの国に留まってくださいませんか」

 鼻ひげを生やした市長は見るからに「強そうな騎士」である渚と剣斗に懇願した。彼の懇願は願ってもないことだ。いきなり異世界に召喚されたものの、生きている限り生活しなければならない。まずはこの世界の様子を知り対策を練る必要があった。

 渚と剣斗は顔を見合わせ、意思を確認した。そして市長の求めに大きく頷いた。


 歓迎会は盛大に行われた。冷蔵や冷凍という技術がまだないせいか新鮮な魚、肉類のほか果実や野菜をつかった料理が振舞われた。ワインはこの世界にもあり、赤紫のワインを試したい衝動に大地はかられたが、すぐにある顔を思い出し手をひっこめた。

(姉ちゃんが知ったら怖いからな)


 大地の2人の姉は常々大地の行動や思考に干渉してきた。それはただ口やかましいというより、大地をまともな人間にしたい一心だったが、これが大地に「敵感知」を発する要因となっている。そしてもう一人ここに「敵感知」の対象がいるのだ。

「加熱された料理は食べても問題ないと思うけど、けっして生水を飲んではだめよ。消毒された飲み水に慣れている私たちにとってここの生水は体に合わない。お腹壊すわよ」

 水道のプロである渚は大地と和音に忠告した。一番心配な剣斗はおいしい料理をたくさん食べ、のどが渇いたといってグラスに入った水を何倍も飲んでしまっていた。結果は想像の通りである。

 


 市長に案内された当面の家は町中から外れた一軒の空き家だった。温泉が湧き出ており、これは何より嬉しいものだが疲れをいやすことができた。さすがに畳の部屋はなかったが、十分な広さがあった。渚は厨房でお湯を沸かすとそのまま冷ましていった。

「水は煮沸しないと飲めないわね。さもないと……」

 先ほどからトイレに行ったり来たりしている剣斗をみてクスクス笑い

「どうやら衛生環境は中世のままのようだから少しずつ変えていかないといけないみたい。それも私たちの役目かな」

 水は井戸水で下水に似たものはあるがそのまま側溝に直に流されている。つまり「垂れ流し」だ。この世界は自分たちがいた世界とは違う世界だ。いろいろなところが似ているけど違っている。物の発展の歴史が同じだったり遅れていたり、また合成獣のように元の世界には存在しなかったものが存在していたり。4人ともいろいろなところでそれを実感していた。

 

「なんでこんなことになっちゃったんだろうな」

 家の温泉につかりながら大地は目を閉じる。

(まてよ、こうして温泉があるということはこの国のどこか、あるいはこの土地のどこかに火山があるということだ。地層や岩石を調べたらわかることだな。うん、これを楽しみにするかあ!)

「よっしゃー!!」

 思わず叫ぶ。

「おい、大地大丈夫か、何があった」

 トイレ通いが収まった剣斗がドアをたたく。次は剣斗が入浴するらしい。

「す、すみません、何でもないです」

 長時間入浴していたせいで顔がほてり気味の大地が体を拭きながらでてくる。それをみて即座に脱衣する剣斗。

「温泉気分を味わえるなんてなんて素敵なんだ。神様に感謝感激雨あられ!」

 未だに彼が自分の置かれた状況をどう思っているのか大地には計り知れない。

(「感謝感激雨あられ」って何それ)

 大地は簡素な服に着替えると脱衣室からでた。市長の好意でこうしたパジャマ替わりともいえる服まで用意してもらっている。少なくともこの世界の住人にはうまく受け入れられたようだ。

 和音はといえば、フードをさすがに脱いで入るが、相変わらず言葉をほとんどかわすことなく、言われれば答えるものの自分から発信することはないし表情もほとんどない。ただ、渚の手伝いは遠慮気味だがやっている。渚に対して安心感があるのかもしれない。


(初対面で失敗しちゃったからなあ……このまま和音に敬遠されて生活するのかな)


 大地は和音に対してやってしまったことへの罪悪感が抜けないでいた。


 翌日、朝食は寝坊をしている剣斗を除いて3人で作った。渚の指示だ。

「男女共同参画の時代に私たちは生きていたんだからここでもそれを実践していくわよ」

 渚の言葉を大地は違和感なく受け止めた。なぜなら大地の家族は婿養子で母と強い姉二人が幅を利かしていたからだ。大地の「敵感知」はそれに起因していた。3人は朝食を作っただけでなく大地と和音の弁当まで作った。昨夜、町の人々が差し入れで持ってきた食料や食器、日用品など有難く使わせてもらっている。その中には全粒粉のパンやオーツ麦のパンがあり、燻製で作ったハム類、干し肉、新鮮な野菜などがあった。渚が作った卵サラダやハム、野菜をパンで挟み、籐のバスケットに入れた。

 大地はふと和音の顔を見た。表情が和らいで口角が上がり気味であるのを見逃さなかった。そのお弁当作りの理由はこうである。


「ええっ学校に行くんですか?!」

 昨晩、機嫌よくご馳走を食べていたとき、国王の使いの役人が大地と和音に「国王の御意志」だとかで明日から二人は市内にある王立の学校に入って勉強するように伝えてきた。大地の驚きは隠せない。

「国王陛下は若いうちからの人材育成に力を入れておられる。君たちが選ばれたのを幸運に思い給え。異世界から来られた君たちがどんな能力を秘めているか強い関心をお持ちだから有難く学ぶように」

 役人は巻紙に書かれた「入学許可証」を大地たちに見せた。こちらの世界の文字だが、ちゃんと大地たちには読めた。和音はそれを聞いて再び表情が固まったが、学校に行くのは自分だけでなく大地もだと知ると少し安心したようだった。二人が学校に行くことに合わせて渚と剣斗にも国王から軍隊の「入隊許可書」がだされ、特に合成獣の対応を求められた。渚たちにとっても生活の糧は必要だし、全く剣の心得がないにも関わらず自然に出た剣の使い方、絶対何かあると見ており、それを知る手掛かりになればと思っていた。

 お弁当が入ったバスケットを持ち玄関まで出た大地は遅れてきた和音に声をかけた。

「初めての異世界学校だし、一緒に行こうか」

 大地の誘いにゆっくり頷く和音。多分めいっぱい緊張しているだろう。二人は事前にもらった地図を見ながら学校へと進んでいく。


こうして4人の異世界生活が始まった。

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