第113話、報復の記録・『 私は、地獄を見た ② 』

 インドネシア、ティモール島クーパン収容所で行われた裁判において、昭和23年4月29日に、前田利貴 陸軍大尉が、死刑を宣告された。


 前田利貴は、加賀藩主 前田家の末裔で、正確に言うと、第13代藩主前田斉泰(なりやす)の玄孫(孫の子供)にあたる。 彼の父親は華族でもあり、彼自身は、学習院高等科から法政大学に入り、卒業後は、三井物産に勤めていた。 馬術が得意で、幻の東京オリンピックの候補選手でもあったんだ。


 前田の罪状は、ティモール島及びサウ島で逮捕した捕虜に拷問を加え、死に至らしめたという事だ。 もちろん、それらは、前田の預かり知らぬことであり、むしろ、裁判においては、原住民… 特に、サウ島民の多くが「 最後の公判の時まで、私の為に有利な証言をして呉れた 」( 『 世紀の遺書 』より。 以下、引用は全て、同書より )とある事からも、前田の統治は、至って正常であった事が明らかだ。

 これは、前田の『 毛並みの良さ 』が、予め、オランダ当局に、妬みとして目をつけられていた事に起因するようだ。 本人も、これまでの、他の裁判結果から、その点は充分、覚悟していたらしく、「 今日あるを予期し、前もって遺髪を送った次第 」と遺書にしたためている。


 以下は、遺書からの引用だ。

 「 兄( 前田の遺書は、弟妹に宛てたものである )が、死の判決を割合に平然と受けることが出来たのは、之全く御両親の御教養の賜に外ならず、之を見ても、我々の御両親は、我々が知らぬ間に、人間最大の修養をちやんとして居て下さつたのだ。( 中略 ) 今となつては、其の高恩を、何一つ御報いすることが出来ないのは、慙愧に耐へない。 故に、皆は是非、兄に代わつて、御両親を大切に孝養を尽くしてください 」


 さて、前田に対してだけではなく、インドネシアにおける日本兵捕虜への虐待は、それは酷いものだった。

 捕虜たちは、犬や猫の物真似をさせられたり、夜中に、突然起こされ、コンクリートの上に2時間も座らせられて、罵詈雑言を浴びせられたり、日本人同士の殴り合いをさせられたり、床の上にばら撒いた飯粒を這いつくばって食べさせられたり…

 捕虜たちは、精神的にも半死半生となった。

 そんな中でも、前田は、最後まで誇りを失わなかった。

 死の前日に、残る捕虜たちに世話になったお礼の手紙を書き、共に死ぬ事になる部下の1人に対し、細かな注意を与えていたそうだ。

 「 左のポケットの上に、白布で、丸く縫いつけましたか? 」

「 はい。 明るいうちにつけておきました 」

「 白い丸が、心臓のところにあたる。 目標をつけておかぬと弾が当たり損ない、長く苦しむだけだからね。 あと、出発する際は、毛布を忘れないように持って行こう。 死んだら、毛布に包んでもらうんだ。 砂や石が直接顔に当たって、ちょっと考えると、嫌な気がするからね 」

 翌朝早く、2人は銃殺された。

 大きな声で、歌を歌い、2人何か言葉を交わして、静かな笑い声をあげた直後、銃撃音が響いたという。 その時、昭和23年9月9日午前5時45分。 さすがの監視兵たちも、この歌声と笑い声の最期には、何かを感じたらしい。 あれほど続いていた収容所内での虐待が、その時以来、すっかり止まったそうだ……


 こういう、各地での残虐非道な仕打ちは、昭和25年6月25日の朝まで続いた。

 なぜ『 その日 』なのか、分かるかい? これは、学校で歴史を勉強している君たちの方が詳しいかもしれない。

 ……そう、朝鮮戦争が始まったんだ。

 アメリカは、朝鮮戦争のため、日本… そして、日本人の協力が不可欠になった。

 それを境に、死刑が確定していた『 戦犯 』も、誰1人として処刑される事はなくなった。

 ……都合の良い話だろ? すべては、戦勝国の『 都合 』だったのさ。



 『 終戦後の戦争 』は、それだけじゃない。

 ソ連( 現在のロシア )は、日ソ中立条約を破って、火事場泥棒として駆け込み参戦したのはご承知の通り。 「 大戦を、早期に集結させる為だ 」とか何とか言ってるようだが、それこそ、都合の良い言い訳に聞こえる。 虚像の正義を振りかざした参戦理由など、コッチからすれば、誰が見たって非道の仕打ちなる所業に映るってモンだ。

 樺太の真岡に上陸した、ソ連軍……

 8月15日のポツダム宣言受諾後、5日も経った8月20日の事だ。


 南洋の各地の様子は、もう良いだろう。

 次は、北の各地で勃発した『 非道 』の史実を話そうか……

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