第110話、『 相談 』

 先日、PCをいじっていると、風呂から上がった娘がタオルで髪を拭きながら、私の所へやって来て、言った。

「 ねえ、お父さん。 ちょっと相談、あるんだけどさ…… 」

 ……どうした? 小遣いなら先週、渡したぞ?

「 てか、お前… パンツくらい履かんか! 全裸で来るな 」

「 え~、だって、暑っついじゃ~ん 」

 野生児か、お前。

 毛、生えとるがな。 恥じらいも無いんかい……? 中学生として『 生活態度 』… いや、『 常識態度 』に、大いに問題があるぞ。

 隣の部屋に干してあった洗濯ハンガーから下着を取り、裏返った部分を直しながら、娘が言った。

「 あのさ~、部活のセンパイから、告られちゃってさぁ…… どうしたらいい? 」

 ……あのな…… 全裸で、パンツ履きながら聞く内容か? それ。

 てか、そ~ゆ~話って… 一般的には、お母さんに聞くのが『 筋 』なんじゃないの? 知らんけど。


 娘は、私( 男親 )に訊ねて来る事が、結構に多い。 まあ、勉強に関する事は、バッサリと切り捨てられ、私の所には100%、来る事は無いが……

 思春期に入り、当然、それに伴った相談事が多くなる。

 頼られるのは嬉しいが、『 異性 』として答え難い事もあり、少々、難儀している事は確かだ。 娘から見れば、間違いなく『 異性 』なのだから、率直な意見が聞きたいのかもしれないが……

 まあ、いつまで『 相手 』してくれるのか分からないので、頼られている間は、真摯に応えておこうとは思っている。(笑)


「 へえ~、お前、告られたの? いや~、奇特なヤツが、よくいたモンだな 」

「 それ、全然、嬉しくないケド 」

「 褒めてるんじゃないから、嬉しいはずないだろ。 言葉の意味、分かってるか? 」

 冷蔵庫から持って来た『 ミルミル 』のミニストローを吸いながら、娘は、私の膝上に座った。


 ……おい。 お父さん、PCやってんだけどな……


 何気に、無視か? 勝手に、キーに触るなって。 こら、聞いてんのか? ヘンな記号を入力すんなっつ~の。 ……ん? 『 √9=3 』って、平方根だったっけ? それって、中3でやるんじゃないの? ナンで、中1のお前が知ってんだよ。 とりあえず、因数分解や二次方程式は、どうした。

 娘が、私の膝の上で、ミルミルを吸いながら言った。

「 3は、9の平方根だよ? 」

 ……現在、直面している問題に、1㍉も関係ないわ。

 更に、エラソーに娘は言った。

「 16の平方根は、4と-4だけどさ、√16って書かれた時は、4だけが正解なんだからね? 分かる? 」

 ……何となく記憶はあるが、理解には至っていない。

 それ、お父さんの人生に、全く影響を及ぼさないんで、キーワードからでは学習機能が立ち上がらないんだよな…… てか、相談の内容、覚えてる? お父さんの趣味の時間を、意図も簡単に妨害している事実、認識してんのかな? 君。

 ミルミルの小箱を、凹ませながら、娘が言った。

「 ……あ… プー、出そう…… 」

「 やめいっ! ヒトの膝の上で、放屁するな! ……やりおったな? 」

 パンツ1枚の、ダイレクトフレーバー攻撃。 鼻孔を刺激する異臭が、私の嗅覚神経をくすぐる。 お前、乙女の恥じらいなど… そのカケラも無いようだな。


 娘を、膝から降ろし、私は聞いた。

「 とりあえず、お前の気持ちはどうなんだ。 相手の『 彼 』って、何年生なんだ? 」

「 同じパートの3年生だよ? あたし的には、全然、その気無いの 」

 吹奏楽部に所属し、パーカッションをしている娘。

 ふむ、同じパートか……

 フッたとすると、後々、気まずくなってやり難くなるかもな。 しかし、娘本人には、全く気が無い以上、どうしようもない。 ここは、きっぱりと断っておく方が良いだろう。

 私は聞いた。

「 どうやって告られた? 直接、口頭か? 体育館裏とか 」

「 手紙だよ? 」

 ……何? この、メール・LINE全盛のご時世に、手紙か……!

 14歳のクセに、古風な男だな。 お父さん的には、結構、気に入ったぞ……?

 しかし、この『 性格 』、この『 言動 』の娘にして、当然『 その気 』は無いのだろう。 純そうな『 彼 』には申し訳ないが、ほろ苦い青春の第1弾を、味わってもらう事になりそうだな……

 娘が聞いた。

「 どうやって断ったらいいかな? 」

「 お前たちの世代で、『 万能 』な言葉があるじゃないか 」

「 えー、ナニそれ? 」

「 『 無理 』 」

「 手紙に、無理って書いて、渡すの? 」

 あのな…… 受け取った手紙( メモ? :ハガキなら、紙面いっぱいに、ヘタな筆文字で2文字のみ )を読んだ彼の表情が、目に浮かぶわ……

「 それじゃ、いくら何でも失礼だろ? お前、そんな一言返事を、手紙で貰ったらどう思う? 」

「 キレる 」

 ……分かってんなら、やるなよ。

「 だろ? お父さんが言ってんのは、とりあえず『 手紙をくれてありがとう 』ってお礼を言ってだな… そんでもって『 嬉しいけど、今は無理 』って書けば良いんじゃないか、って事だ 」

「 分かった。 じゃ、手紙を書いて用意して、1人になるのを狙って渡すね? 」

 ……『 狙う 』って、ナンか表現が変だぞ? 刺客みたいだな。

 娘の部屋から、スマホの呼び出し音( YOASOBIの群青 )が聞こえる。

「 あ、心愛( ここな )からだ! じゃ、お父さん、ありがとね 」

 私の部屋のダストボックスに、ミルミルの空き箱を投げ入れ、娘は小走りに自分の部屋へと戻って行った。 ちなみに『 心愛 』ちゃんは、中学になってから出来た、新しいマブダチ( 死語 )らしい。


 自分の娘が、他人の異性から告白された……


 う~ん… 結構、嬉しい。

 赤ちゃんだった娘が、他人の恋愛対象に加えられている、と言う事実。

 大袈裟かもしれないが、親としての小さな感動である。



 ちなみに、娘には、恋愛対象不可の『 規定 』が、既に申し伝えてある。

 外人( 特に、お隣の某2国籍:2世を含む )と、ヤンキー。

 この『 2種 』は、私としては、絶対的に認知しない。


 アホならまだしも… 馬鹿などに、娘は絶対に渡すつもりは無い。

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