第90話、30年前のイラスト

 私の部屋だった実家2階の一室に、額に入ったイラストが掛けてある。


 とある惑星付近の宇宙空間にて故障した、旧式の小型宇宙船……

 そこに、新型の小型宇宙クルーザーが通り掛かる。

 故障した小型宇宙船の操縦者( 毛むくじゃらの異星人 )と、

 クルーザーのパイロットとの会話……


 そんな内容・ストーリーを持ったイラストだ。

 サイズは、50cm四方くらい。 画材は、リキテックス。

 アートディレクターをしていた30代前半に、私が描いたものである。


 当時、イラスト制作の仕事を請け負っては来たが、クライアントの予算とイラストレーターとのギャラが折り合えず、先方の了解を得て、イラストレーターとしての肩書もある私が『 代打 』で描いた作品だ。



 ……デザイン専門学校時代。

 進級課題としてイラスト制作が何科目かあったのだが、商業イラストの課題とは別に、カテゴリ無しのノンジャンル・イラストの課題があり、私は、このイラストと似たような作品をB全パネル( 728mm×1,030mm)に描いた事があった。

 大小のクレーターが無数にある惑星の近くにて、被弾して大破した小型宇宙戦闘機の近くの宇宙空間を漂う、戦死したパイロットのイラストである。

 少々、悲壮感が漂う作品だったが、進級審査員の先生方の評価は良く、確か、小賞を頂いた。 このイラストを覚えていた友人が、今回の仕事のプロデューサーだったのだ。


「 あんなカンジの精密イラスト、頼むよ。 先方も、SFチックなテーマを期待してるんだ 」


 ……ところが、当時、流行っていたイラストの主流は、『 鈴木英人 』や『 永井 博 』、『 わたせせいぞう 』と言ったような、明るい色調とポップな感覚のリトグラフ( 色版画 )。 エアーブラシで制作する写実イラストも支持されてはいた。

 しかし、私が描いたようなハンドタッチの精密イラストは、いわゆる『 重鎮 』イラストレーターたちが好んで描いており、とてもじゃないがギャラが合わない。


 ……で、私が描いた。


 何とか、先方には好評を頂いたが、学生時代、趣味に奔って描いたものとは違い、ギャラが掛かった『 仕事 』として描くイラストは、非常に、精神的にツライ……!

 金輪際、イラストは仕事で描かない、と心に誓ったものである。(笑)


 最近、亡くなった親父が使っていた部屋の整理の為に、実家に通う機会が増え、何となく、かつての自室へも足が向き、久し振りにイラストを目にした次第である。


 ……まあ、よくもこんな面倒臭いイラストを描いたものだ。

 毛むくじゃらの異星人の体毛なんか、1本1本、面相筆で描いてある……! 今だったら、絶対に描けないだろう。 目が、死ぬわ。

 確か、当時のギャラで、10万だった。

 なので、このイラストの価格は、10万円である。(笑)


 実際に、このイラストが掲載された業界誌も本棚に残っていたので眺めてみた。

 何と、イラストの下絵とコピー・ライティングが、業界誌のページに挟んで保存してあった。

 以下のコピーは、その転用である。



 M94星団、第二の地球『 ノア 』付近にて


「 こりゃ、すげえや。 日本製のソーラーシップだね 」

「 ガス欠かい? ケンタウルスまでで良かったら、乗ってきな 」

「 ありがてえ、困ってたんだ。 ヒュー!! 亜光速仕様かい? 」

「 おかげでローン地獄さ。 オリオンの別荘を手放したよ 」

「 フォッ、フォッ、フォッ、ちげえねえや 」


 近未来、こんな会話が宇宙で交わされるかもしれません。

 知的生命体との、文化や習慣を越えたコミュニケーション。

 ( …以下は、業界CMの為、掲載を控えます )


 30年ほど前のコメント… となろう。

 『 コミュニケーション 』と言う語句すら聞き慣れない言葉であり、あまり制作物にも表現されていなかった時代だった。 SFなのに、コピー・ライティングの設定が『 ガス欠 』と言うのも、今から思えば、微妙に時代的でもある。(笑)

 まあ、当時、私も若かったと言う事だろう。


 腕・センスによって、テーマを具現化する時代だった。 今は、誰だって『 機器 』さえ駆使・操作すれば、プロ顔負けの作品を制作する事が出来る。

 どちらが『 幸せ 』なのか……?


 ある意味、良き時代に、思い通りの創作が出来た事を、幸いに思う。



*近況ノートに、イラストの画像をUPしておきますね。

 制作費としてギャラは頂いたので、イラストの版権・著作権は、私にあります。

 公開しても、問題は無いかと判断致します。(笑)

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