第89話、『 芳香人 』

 先日、ひょんな事から香水の話しになった。

 女性なら、普段あまり使わない方でも、それなりに、お持ちになっているかと。

 だが、最近は男性の方が『 芳香 』させているようだ。 しかも、『 ムセ返る 』ような香水を……


 南米系の方は、体臭を消す為に香水をつける… と言われているようだが、それは失礼な話である。 決して、そのような理由ではない。 国によっては、香りをまとう事が生活のステイタスとなっている地域があるのだ。 生活水準の証しとなっている場合もある。 日本でも、香を焚く事が『 セレブ 』のたしなみだった時代があった。 それと同じだ。


 ただ、最近は、鼻に突くような芳香をさせている男性が多い。 香水の話しとなった最初は、周りに迷惑を掛けている『 芳香人 』の話題からだった。



 そもそも香水とは、すれ違った際、ほのかに香るのが心地良いとされる。 部屋に『 残り香 』が感じられるような香水の付け方は、本来、間違っているのである。

 ……実は、30代の頃、香水の専門店を開業したくて、講義を受けに行ったり、独学で調べたりして、自分のオリジナル香水を作っていた。 なので、香水( パヒューム、もしくはパルファンと言う )には少々、こだわりがある。 ちなみに、パヒュームの場合、香害となってしまう場合が多いので、使用する場合は香りが広がらない下半身に、1滴つけるだけである。

 以下、香水の濃度が薄くなる順番に、オードパヒューム、オードトワレ、オーデコロンとなる。 日本では、更に希釈されたシャワーコロン、ミストコロンなど、化粧品メーカーが独自に呼称するランクも存在するようだ。


 この香水たるもの、実は、肌に付けてからは、時間と共に香りが変化する事で知られている。 決して、全てでは無いが、特に香水濃度がそれなりにある『 オードトワレ 』がそうである。( 正式には、オー・ド・トアレ )

 最初に香るのが、トップノート。 少し時間が経ってから香るのが、ミドルノート。 香水の香りが消えるまでの香りが、ラストノートだ。( ラストノートは、ベースノート・ボトムノート・ラスティングノートとも呼ばれる事もある )

 基本的に、トップノートが、5~10分、ミドルノートが、30分~1時間、ラストノートが、3時間以上の香りとなっている。

 最初の香り印象は、トップノートだけなので、きちんとミドルノート・ラストノートまでの香りを知ってから、自分に合うかどうかを決める事が大切だ。

 また、ミドルノートこそが、その香水が『 理想的に落ち着いた状態 』の香りであり、この時に、人前に出るのが一番良いと言われている。 つまりは、香水をつけてから30分以上経った香りが、『 あなたの香り 』となる訳である。

 最初の印象だけで銘柄を決めてしまうのは、まさに時期尚早と言う事だ。 一度、香りを身に付け、充分にミドルノートを確認し、更に、ラストノートを吟味しておいた方が賢明だろう。

 ちなみにシングルノートと表示されている銘柄は、香料を一種類しか使用しておらず、香りに変化が無い。 まあ、敢えてこちらを選択するのも、ある意味、一興かもしれない。(笑)



 香水専門店を考えた理由としては、香水の『 使用期限 』が、限りなく長い事にある。 勿論、室温を管理しなくてはならないが、常識的なる常温であれば、数年間は品質に変化が無い。 しかも、商品は小瓶の為、展示スペースも要らない。 地下街の壁部分、わずか数平米でも商売が出来るのだ。 それに、販売しているのは『 水 』がほとんどなので、仕入値(卸価格 )は、意外と安価である。 まあ、粗利の無い銘柄もあるが……

 ただ、勉強は必要だ。

 香水は、ベースとなる香料に、実に多くの添加物を加え、完成されている。 同じものが作れないと言われるほどなので、個人で香水を量産制作しようと考えるのであれば、まずは無理な話しだろう。 既存する銘柄を仕入れ、販売店を考えた方が無難である。

 しかし、ワールドワイドに存在を知られている銘柄を知るだけでも、膨大な数だ。 嗅ぎ分けられる能力を高めるには、相当な鍛錬と手間が掛かる事だろう……



 ここに、私が選ぶ、3品の男性用香水を紹介しよう。

 ミドルからラストノートにかけて、控えめな香りが好きなので、3品とも、トップノートとしては、アンバーを意識させる甘い感じではある。 ウッディーの中にもクール感が欲しいと思っている為、ボトム的にはミントを感じさせる香りの銘柄だ。

 まずは、下記のフレグランスから……


『 ポーチュガル 4711 』


 言わずと知れた、世界初のオーデコロン。 ドイツが誇る『 銘品 』だ。

 1790年代、ドイツ・ケルンのグロッケンガッセにて、ナポレオンの占領により駐留したドーリエ将軍が、自軍( フランス軍 )の為に、ケルンの全ての建物に番号を表示するように命令し、その時、ポーチュガルを製造していた仕事場に記された番号が『 4711 』だった。 馬に乗ったフランス軍兵士が、騎乗から工場の壁に描いた『 №4711 』と、その数字を囲うように描いた『 〇 』が、そのままポーチュガルのラベル表記になっている。


 私が、20代の頃に愛用していた銘柄で、淡いスイートオレンジ&マンダリン&フレッシュ・レモンの香りから、ネローリ&プチグレンのさわやかな香りと、コリアンダー&アーモイズのスパイシーな香りに変化する。 最後はエボニー、モス、ムスクといった、深みのあるウッディ&アンバーな香りへと変化し、全ての香りに、刺激感は無い。


 よく「 ポーチュガルは、オジさんっぽい匂いだ 」と言われるようだが、実に、200年以上も前から存在する香りである。 日本には、文明開化と共にやって来ており、それだけ昔から愛用されている銘柄なのだから『 よく嗅いだ香り 』=『 オジさんっぽい匂い 』となっている訳で、決して古さを感じる香りではない。 むしろ、香水をよく知らない『 青二才 』がほざいている事であり、まさに無知の極み発言と言える事だろう。

 ラストノートの有効時間が、非常に長い事でも有名で、使用している香料の、質の良さを証明している所以ゆえんでもある。



『 アラン・ドロン サムライ 』


 フランスの俳優アラン・ドロンは、1979年から実業家として事業を展開し、フレグランス業界へも進出している。

 親日家としても知られるアラン・ドロンだが、最も尊敬する日本の名優、故 三船敏郎氏をイメ−ジしてプロデュースしたのが、メンズ用オ−ドトワレ『 SAMOURAI (サムライ) 』だ。

 1997年、渋谷で紹介され、高校生や大学生らによって口コミで広まり、雑誌を通じて全国に紹介された後、幅広い年齢層の男性に支持されるようになった。 ユニセックスとしての評価も高く、女性が好んでつけるメンズ・トアレとしても有名である。

 渋谷を発信地として広まった『 SAMOURAI 』のボトルは、正面が角張っており、これは、江戸時代の武士の、かみしもをイメージしている。

 抜刀した武士の流れるような刀捌きを、ボトル下部の流線形にて、躍動感として表現しており、サムライのイメージのダイナミックさを与えるために、直線と曲線を対比させた面で構成されている。 更には、クール感を演出させる、透き通った淡いブルーの香水が美しく、ドレッサーの机上にさりげなく置いてあると、眺めていても楽しい。


 ジャスミン、ローズのさわやかで清潔感ある香りから、心地よい安定した香りを持続し、魅惑的な東洋の美しい香りになるフレッシュ・アロマティック・ノートが特徴。

トップは、ジャスミン、ローズの爽やかで清潔感ある香りによって、若々しさを引き立てる。 ミドルは、レッドペッパーが、ほんのりスパイシーな新鮮さを与えながらも、シダーによって、心地良い安定した香りを静かに持続させる。 そして、ラストは、サンダルウッドによる東洋的で落ち着いた香りと共に、バニラの甘み、ムスクのセクシーさを兼ね備えた魅惑的な、東洋の美しい精神を表現している。


 同じ『 SAMOURAI 』でも、数種類の異なる香りがあるが、個人的には、一番シンプルな『 SAMOURAIオードトアレ 』が気に入っていて、現在、私のオールシーズン用のフレグランスとして愛用している。

 ちなみに、50mlの小さいサイズのものが、手に馴染みやすく、持ちやすくて良い。



『 ルチアーノ・ソプラーニ・ソロ・オードトアレ・ブルー 』


 ドイツ、フランス… と来れば、次はイタリアだろう。(笑)

 『 ソロ 』は、ユニセックスとしての評価が高い香水として有名だ。 微妙に、男性支持率が高いか……?


 海をイメージした、神秘的とも思える非常に落ち着いた香りが特徴で、決して派手では無く、鼓動的でも無い。 常に落ち着いた、クールな香りである。 それでいて、どこか主張性があり、『 遭遇した事が無い、心地良い香り 』として、人を振り返らせる魅力を持つ。 少々、季節感を思わせる香りなので、私は『 夏用 』として長年、愛用している。


 香調はシンプルなアロマティックなのだが、ほのかにフローラルな一面を感じる事が出来る。

 トップノートは、ベルガモット、ラベンダー、マンダリン、ミント。 ミドルノートは、ゼラニウム、ジャスミン、ジュニパーで、ラストノートは、サンダルウッド、アンバー、ムスクとなる。

 先記した『 サムライ 』の内容と酷似するが、香りは、全くの別物だ。 この辺り、フレグランスの奥深さを感じ入る……


 こちらの銘柄も、様々な種類の香りがあるが、『 ブルー 』と言う名前だけに、パッケージもボトルも、濃いブルーで一目瞭然。

 この香りが気に入らない人は、そうはいないだろう。 ユニセックスとしての評価が高いのも、その要因の一つだ。

 ただ、トップノートは少々、長く持続する傾向にあるようだ。 付け過ぎないように注意して欲しい。 『 夏 』と言う季節も、念頭に置いて頂くと良いだろう。 暑い中、静かに爽やかに… すっきりと香らせる事を期待する。

 ちなみに、容量は、100ml。

 細長いボトルなので、このサイズでも、意外に持ちやすい。



 自分の香りを持つと、人前に出たくなる……

 フレグランスは、ある意味、自己の主張だ。

 押し付けるのではなく、ふわりと見せ、振り返らせる事にある。




 *あまり、お目に掛かった事が無いかもしれない『 ルチアーノ・ソプラーニ・

  ソロ・ブルー 』の画像を、近況ノートにUPしておきます。

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