第85話、旅する魂、今いずこ?

 親父が亡くなって、ちょうど7日が経った。

 このエッセイを発表する頃は、もう少し日が経っているが、故人が亡くなって7日目は『 初七日 』法要が執り行われる日でもある。

 仏教では、故人は7日ごとに、生前犯した罪の裁きを受けるとされている。

 現世にて、残された親族たちは7日ごとに法要を行い、故人の裁きが少しでも良い方へ向かうよう、供養を行う。 これが『 追善供養 』である。


「 ナニ言ってんだか。 しょせん、坊さんが作ったファンタジーじゃん 」


 そう一笑する者は、笑っているが良い。 誰だって『 あの世 』を見て来た者はいないのだ。 造り話である事は、言われなくとも明白である。


 だが、宗教は、ヒトの心の『 寄り処 』だ。 信じる・信じない以前の、精神論の話しになるが、私は、供養はするものだと思っている。

 己自身のみを信じるなら、それも良い。 己が道を行くべきだろう。

 しかし、人は、心の『 何処か 』に、自分の叡智が届かない場所として『 すがり 』を求める。 その結果が、宗教なのだと思うのだ。


 ……自身のチカラではどうしようもない危機に、『 プラス・ワン 』を求める。


 それは、それで良いではないか。

 それによって、人は、随分とマインドを維持出来るものである。

「 自己が弱い証拠だ 」と思う者は、そう解釈すれば良い。 誰も、その考えを否定する事は無いだろう。



 実際、ホトケにおける『 創作 』の世界は、実に設定が細かく、非常に面白い。

 この機会にて、以下に、ご紹介しようと思い、思い出しながらも綴ってみた。 ただ、記憶が曖昧な部分もあるので、説明に誤りがあるやもしれない。 その際は、悪しからず……



 7日目は『 三途の川 』に辿り着く日で、この川を渡ると、いよいよ現世には戻って来れない。 ( 現世では、初七日の法要が行われるが、最近は火葬場から戻って来て、すぐに繰り上げ法要として、初七日供養が行われる事が多い )

 三途の川の前では、泰広王しんこうおう( 不動明王 )が現れ、生前に犯した殺生についての調べを行う。

 ……実は、人には、生まれた時から両肩に『 倶生神ぐじょうしん 』という一対の神が宿るとされ、右肩に在る女神『 同生どうしょう』が悪事を記録し、左肩に在る男神『 同名どうみょう 』が善行を監視している。 この神らによって生前の行いが報告され、泰広王は帳面に書き入れるのだ。 この帳面が、俗に言う『 閻魔帳 』である。


 ここで、初めての裁きが下るが、その裁きとは、三途の川の『 渡り方 』である。

 川の流れが緩やかな浅瀬と、激流の深瀬があるが、浅瀬の所を『 山水瀬さんすいらい 』、深瀬の所を『 江深淵こうしんえん 』と言う( 多分、名称は合っていると思うが、微妙…… )。

 罪が軽い者は浅瀬を渡り、罪が重い者は深瀬を泳いで渡る。 無事に無実を証明された者は、金銀七宝で豪華に飾られた『 有橋渡うきょうと 』と言う橋を、歩いて渡る事を許される。

 ……ちなみに、女性は初めて『 関係 』を持った男に背負われて川を渡る事が出来るという一説もある。 女性の方々におかれては、お相手の方が『 お見えになって 』いるかどうかの確認をオススメする。 長年の嘘がバレることもあるので、心の準備が必要かと……(笑)


 さて、ここで『 特報 』である。

 三途の川の由来は、渡り方が3通りあるから… との事からだが、実は、平安時代後期から、そのルールが変更となった。 …何と、誰でも、船代の六文銭を渡せば、船で渡れるようになったのである。( この辺り、見事に、話の高尚性が失墜している )

 棺や、頭陀袋ずだぶくろ( 故人の首に掛ける小物入れ:僧侶の持ち物 )などに、木で出来た模造の六文銭を入れる習慣がある地域もあるが、戦国武将の真田家の旗印が六文銭で、戦でいつ死んでも大丈夫のように、との意味合いからである話は有名だ。

 『 地獄の沙汰も、金次第 』とは、良く言ったものである。

 現在の貨幣価値に換算すると、180円くらいらしい。

 普通は、葬儀に僧侶を呼び、『 お布施 』を渡すので、ほとんどの故人の方は何も心配ないだろう。…ただ、1人暮らしの方で、山野にて行方知れずとなり、葬儀もあげていない方は、未だ三途の川にて、永遠に放浪していらっしゃる可能性が高い。

 まあ、ホトケの世界観での話だが……


 二七日( 2回目の7日と言う意味 )。

 三途の川を渡り切ると、奪衣婆だつえばと言う鬼の老婆が、故人の着ている服を剥ぎ取り、懸衣翁けんえおうと言う老人に渡す。 懸衣翁は、衣領樹えりょうじゅと言う、生前に犯した罪の重さが量れる木に衣服を掛け、罪の重さを図るのだ。

 ここでの結果は、後の裁きにも反映される重要なものである。

 やがて、初江王しょこうおう( 釈迦如来 )が現れ、生前に犯した盗みついての調べが行われる。

 以後、故人の魂は冥界の各所を旅し、7日ごとに、それぞれの裁きを受ける事となる。


 三七日。

 この日は秦帝王そうていおう( 文殊菩薩 )によって、生前の不貞行為について調べられる。 浮気・情事を重ねた方、覚悟が要るだろう。 悔い改めないと、化け猫に襲われ、体の一部を食いちぎられたまま、激痛を伴いつつ、即、地獄へと堕ちる事となる。


 四七日。

 五官王ごかんおう( 普賢菩薩 )による『 嘘 』の調べが、『 業秤ごうのはかり 』と呼ばれる秤にて、執り行われる。 五官王の『 五官 』とは、目・耳・鼻・舌・身、の事を指し、人は、これら五官を使って人をあざむき、傷つける事が出来るとする意味合いを持つ。


 五七日。

 かの有名な『 閻魔大王 』( 地蔵菩薩 )が登場。

 これまでに、各所の王たちによって書き込まれた閻魔帳を閲覧し、故人の生前の行いを映す『 浄玻璃鏡じょうはりきょう 』なる水晶の鏡にて、故人の行いの確認がなされる。 その後、故人がどんな世界( 現世・仏界・地獄界など )に生まれ変わるのかを決定する。


 六七日。

 五官王と閻魔大王の裁きを受け、具体的に、生まれ変わる条件や場所を変成王へんじょうおう( 弥勒菩薩 )が設定をする。

 人間界( 現世 )に生まれ変わるにしても、どの国の、どの地域の、誰の子として生まれるか。 また、地獄道に堕ちるなら、どの地獄にて生まれ変わるかなどが決定されるのだ。( 故人には、まだ知らされない )


 七七日。

 全ての裁きが終わり、どこへ生まれ変わるのかが決定されるまで49日掛かる。

 この期間を『 中陰 』と呼び、49日間に関わる法要を『 中陰法要 』と呼ぶ。 いわゆる『 四十九日 』で、その中陰明け( 忌明け )法要が、7日ごとの法要の集大成となり、現世での、ご住職らのお経も、特別なものとなる。

 この大切な四十九日目には、泰山王たいざんおう( 薬師如来 )が現れ、故人に、来世の行き先を言い渡すとされる。

 現世では、残された親族たちが集まり、故人が、少しでも良い世界に生まれ変われるよう、供養を行うが、この祈りは泰山王にも届き、その供養規模・内容によっては『 情状酌量の余地 』が認められ、免罪の割合が多くなるとされる。

 従って、現世での法要は、特別なものとなるのだ。

 祈りの想いが強ければ回向えこう( 相手に伝わる事の意 )となって『 あの世 』へと届き、故人の来世の安寧に繋がるのである。



 この後も、百箇日ひゃっかにち、一周忌、三回忌と、無事に現世への生まれ変わりを許された故人の魂には、法要は続く。

 百箇日には、平等王びょうどうおう( 観音菩薩 )、一周忌には、都市王としおう( 勢至菩薩 )、三回忌には、五道転輪王ごどうてんりんおう( 阿弥陀如来 )らが現れ、その後の、故人らの『 生まれ変わる為の修行 』の成果を、監視… 時には、裁きを与える。

 修行により徳を積み、立志の悟りを開き、前世での罪を立派に悔い改めた魂は、基本、遥か未来の『 自分の子孫 』として、現世に生を受ける。

 しかし、子孫が途絶え、家が消滅すると、故人の魂は生まれ変わる場所を失ってしまう。 結果、遠い親戚筋か、家計をさかのぼって、分家した家系の子孫として生まれ変わるとされる。

 家系を絶やさない、と言う考えは、こんな理由からも派生しているのだ……


 ちなみに49日間は、釈迦が菩提樹の下で瞑想した日数だと言われているが、この冥界での『 設定 』は、実に、人間性ある内容で伝えられており、聞いていて微妙に信憑性を感じる。 幼い頃、親父方の爺ちゃん・婆ちゃんから、まことしやかに教えられたものだ。


 随分と前に亡くなった母方の爺ちゃんは『 プレイボーイ 』だったそうだから、未だ、秦帝王のところで修行中かな? 親父は、真面目一辺倒で生きて来たから、生まれ変わりは早いかもしれない……(笑)



 仏壇や、先祖の墓には、手を合わせよう。

 その小さな祈りは、冥界の王たちに届いているのだ。

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