第80話、中国、天下人への『 手腕 』は、やはり粛清か

 このエッセイでは、あまり世界事情は述べないつもりではいたのだが、もしかしたら歴史的転換点を『 通過中 』かもしれないので、第66話に続き、持論をUPさせて頂こうと思う。

 例によって、『 あの 』中国事情である……



 中国の李克強(リー・コーチアン 日本での通称:り こっきょう)前 首相が10月27日、心臓発作で死去した。 68歳だった。

 後で、理由を記させて頂くが、この速報に、私はまず違和感を覚えた。

「 中国共産党幹部が、70歳を前に病死? 」

 普通なら、有り得ない事だ。 しかも、心臓発作。 疑問のみが浮かび上がるニュースである……


 李氏は、今年3月に、首相を退任するまでの10年間、中国のナンバー2の地位にあったが、それは『 名目上 』だ。 実質的には、習近平(シー・チンピン 日本での俗称:しゅう きんぺい)国家主席の下にあり、政治的に李氏は、影の薄い存在だった。


 中国共産党の有力幹部の息子だった習氏とは異なり、李氏は、安徽省あんきしょうの地方官僚の息子として生まれている。

 文化大革命後に北京大学に進学し、当時の同級生たちの話しによると、李氏は頭脳明晰であり、軽はずみな発言が将来の出世の妨げにならないよう、細心の注意を払っていたとの事である。 この頃から既に、李は政治家になる志を、胸に秘めていのだろう。


 2004年には、北東部の遼寧省りょうねいしょうの党委書記に転任。

 共青団(中国共産主義青年団:中国共産党による指導のもと、14歳から28歳の若手エリート団員を擁する青年組織)出身の、胡錦涛(フー・チンタオ 日本での通称:こ きんとう)国家主席と、温家宝(ウエン・チアパオ 日本での通称:おん かほう)首相の、いわゆる『 秘蔵っ子 』と見なされるようになった。

 しかし、2013年に習体制が発足すると、すぐに、習氏が絶大な権力を掌握。

 李氏は、ナンバー2の地位に就いたが、他の高官たちが続々と追放されるのを目の当たりにし、まさに『 余計な事 』は、何も言わないようになった。


 だが、リスクのある行動を全く取らない習氏に比べ、李氏は行動的だった。

 武漢で新型コロナウイルスが蔓延して深刻な被害が出た時、自身に感染する恐れを顧みず、現地に乗り込んで陣頭指揮を執ったのが李氏だった。

 鄭州ていしゅう市で大規模な水害が発生した時、まだ水が完全に引いていない現地の調査に、果敢にも長靴姿で乗り出したのも李氏だった。 調査の中では、地元政府による情報隠しがあったことを指摘し、習氏の子飼いの鄭州市のトップを更迭させている。

 若者の失業が深刻化する中、経済状況が特に悪い雲南省にある『 雲南大学 』に足を運び、学生たちと対話したのも李氏だった。 習氏とは、まさに、対照的な姿だった。

 仮に、李氏が政治の実権を握っていれば、今とは比べ物にならない、前途洋々の明るい未来があったのではないか… と、中国の人たちが夢想するのは、ある意味、当然の事だろう。


 1989年4月、失脚した改革派の胡耀邦(フー・ヤオパン 日本での通称:こ ようほう)元総書記が、奇しくも『 突然の心臓病 』で亡くなった。

 胡氏を追悼すると言う名目で、北京市内の大学生が天安門広場に集まっていたのが、あの天安門事件のきっかけになっている。


 ……今回も、同じような騒動が起こるのではないかと、中国共産党がかなりの警戒をしているのは、間違いない。


 既に、中国の各大学からは、オンラインであれオフラインであれ、李氏に対する集団的な追悼活動の告知・扇動を禁止する指示が出ている。 ……おそらく、共産党主導部からの『 指導 』だろう。

 そこまで、あからさまに天安門事件を意識しているのは、李氏に、国民たちの『 期待 』が集まっていた、と自覚している以外の、何ものでもない。


 昨年10月の共産党大会では、習氏による改革派勢力の一掃が完了。 共青団出身者の派閥も、遂に崩壊した。

 李氏も、政治の表舞台を退く事になったが、その際に、李氏にとって最も残念だったのは、師匠でもある胡錦濤が、習氏によって公の場で辱められた事(胡錦濤、中国共産党大会途中退席事件)だろう。

 この出来事を境に、李氏は、ますます『 口を閉ざす 』事となったが、国務院総理を退任するにあたり、李氏は「 人が何をしているのか、天はきちんと見ている 」との、非常に意味深な言葉を発して国務院を後にした。

『 習近平が勝手な事をやっているが、あんな振る舞いを、天が許すはずはない 』と、暗に批判しているような発言である。


 共産党指導部内での粛清は、まだ続いている事もあり、李氏の突然の死については、当然、中国国内でも陰謀論がささやかれている。

 私的には、生涯にわたって手厚い医療体制が用意されている共産党幹部が、70歳前に死去するのは、かなりの違和感を覚える。 毛沢東もうたくとう華国鋒かこくほう鄧小平とうしょうへい江沢民こうたくみんなど、歴代の共産党最高幹部は、全て80代・90代まで生きている。 68歳の男性が、心臓発作で死亡する事はあり得ない事ではないが、あまりにも『 出来過ぎ 』ているように思えるのだ。

 しかも、発作を起こしたとされる李氏が運び込まれた病院は、上海中医薬大学附属の曙光病院。 『 中医薬 』からでも分かるが、日本的に言う『 漢方 』の病院であり、急性の心臓疾患患者が緊急搬送される病院としては、かなり疑問だ。

 共産党高官ともなれば、日常的に健康診断・健康管理がされており、脳疾患・心臓病など、大病に関わる病理などは、早期に発見・治療が施されて当然である。 突然の心臓発作など、あってはならない事なのだ。



 習氏にとって、都合の良い方向に向かっている……

 中国は、ますます『 独裁政治 』色を濃くして行く。 この流れを断ち切るには、ロシアと同じく『 指導者 』の交代だ。


おごれる者、久しからず 』である。 まさに『 盛者必衰のことわり 』を、己自身で悟るべきだろう。

 引き際が、肝要だ……

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