第79話、拙作『 萌黄色の五線譜 』に寄せて( 木管編 )
2回目の指導日だったろうか、本来のメイン指導である木管楽器の指導を行った。
まずは、『 本職 』であるクラリネット・パートの指導だ。
……何と、先輩部員は、たったの1人。
2年生はゼロで、1年生が2人だ。
この時点で普通、指導者は『 去る 』。 指導依頼である『 合奏指導 』が不可能だからである。
個人指導なら出来るが、それでも3年生の個人指導と、初心者の基礎指導の、2種合同指導となる。 こういった『 面倒 』な指導は、普通、2人の指導者によって行われるのだが、ボランティア指導に慣れていた私は、1人で両方の指導を行っていた。 慣れれば、どうと言う事は無い。 結構に楽しいものである。
最初に、3年生の個人指導を行った。
……どうやら、教本を全くやっていないようだ。 まあ、ある意味、想定内である。 教える者がいなければ、何も練習する手立ては無いのだ。
ちなみに、顧問の先生は『 合唱 』を専科とした音楽の先生。 ……よくある話である。 吹奏楽… つまりは、吹奏管楽器の事が、全く分からないのだ。 だが、これは先生のせいではない。 「 音楽の先生だから 」と言う事で、吹奏楽部の顧問にされてしまった典型的なパターンである。 フランス料理家の先生に、中華料理を作れと言っているようなものだ……
バイタリティー溢れる教員の方の場合、何とか演奏指導をするが、ほとんどの場合は『 放置 』である。 合奏の指揮程度しか、部活指導はしない。 分野以外の指導を無理強いしているのだから、学校側も無理は言えない。 こうして生徒たちは、可哀そうにも『 野放し 』にされて行くのだ……
たった1人の上級生である彼女に、まず聞いてみた。
「 君の先輩は、いなかったのかな? 」
ショートカットで、活発な印象の彼女は、ハキハキと答えた。
「 1年生の時、3年生のセンパイが1人、いました。 でも、あまり部活に来てくれなかったんです。 すっごく、頭の良いセンパイで、勉強ばかりしてました 」
まあ、学生の本領ではあるが……
「 顧問の先生からは、何か、教わったかい? 」
「 ありません 」
ニコニコしながら、ハッキリと彼女は、言い切った。
非常に、素直な性格らしい。
低迷を続ける部活動に対し、悲愴的な感情は無いようだ。 唯一、この部活で見い出せたプラス思考の要素。
「 クラリネットは、好きかい? 」
「 はいっ! 大好きですっ! 」
輝く、彼女の眼が印象的である。
( この子の為に指導に来る、と考えるのも良いかもな )
私は、この子の『 音 』を聴いてみたくなった。
「 よし、音を聴かせてくれるかい? 何の音でもいいから… そうだな、音合わせの『 ド 』にしようか。 長~く、音を出してみて 」
私は、チューニングB♭( ピアノ鍵盤で言う、『 シ 』のフラット )を指示した。
学校備品らしいボロボロの楽器を構え、彼女は音を出す。
……意外に、良い音色である……!
「 いいね……! 今度は、音階を出してみて。 その音から下へ、1オクターブだ 」
言われた通りに発音する、彼女。 …中々に、安定した音色だ。
「 誰にも教えてもらった事が無い割には、とても良い音色だね 」
褒められたのが嬉しかったらしく、彼女は頬を紅潮させ、笑顔を見せた。
私は続けた。
「 クラリネットと言う名前は『 クラリオン 』… う~ん… 多分、ラテン語だったと記憶しているが… 響き、と言う言葉から来ているんだ。 だから、響いてなきゃダメなんだよ。 君の音は、とても響きがあって良い。 基本は、よく出来ていると思うよ? 」
「 ありがとうございますっ! 」
おそらく、ロングトーン( 長く、音を出し続ける基本練習の事 )ばかりを練習していたのだろう。 ロングトーン練習は、安定した音程・音色への最短距離である事は、良く知られている。 だが、辛いし、退屈でつまらないもの…… 従って、多くの者は煙たがり、あまりやりたがらない。
彼女の場合、それしか練習法を知らなかったが為、結果的に良い方向へと向かう事が出来た、と推察出来た。
演奏技術など、その後の練習で、いくらでも補う事が出来る。 だが、基礎練習だけは別だ。 後で『 補習 』しようとしても、一度覚えた吹奏感覚は、そう簡単には修復出来ない。 いわゆる、『 吹き方のクセ 』は、最初が肝心なのだ。
( 今後、この子に必要なのは、音を通しての感情表現だ )
ロングトーン以外の、ハーモニックスに関する基礎練習法、演奏に関する表現法・運指法などを指導した。 後日、顧問の先生から聞いたのだが、この彼女は、水を得た魚のように、暇を見つけては、クラリネットの練習に没頭するようになったそうである。
私は、半年後… 彼女の為に、エチュード( 練習曲 )を作曲する事となる……
( 第24話、自作曲『 FOREST & LITTLE GIRL:森と少女 』完成! 参照 )
1年生、2人の基礎指導を行った。
驚くことに、この2人の音色も悪くない。 おそらく、先輩である3年生部員からは、ロングトーンしか指示が出されておらず、純粋に、その指示に従った結果だと思われた。
基礎は、やはり、忠実にこなすに限る……(笑)
その後、数回の指導にて、音階練習を行った結果、1年生にしては上々の音色・音程に加え、演奏技術も、着々と身に付いて来た事を確信した。
ポジション的には、3年生の彼女が1stを担当し、1年生の2人が2nd・3th。
たった3人だが、問題ないだろう。 全体の部員数が少ないバンドなのだから、音量的には充分だ。
その日の指導の後半、サックスパートの指導を行った。
アルト2人、テナー1人、バリトン1人…… まさに、最低限の人数だ。
サックスは、多くなればなるほど、そのバンドの音色は悪くなる。 基本、倍音ばかりのその音色に、響きの要素は少ないからである。 加えて、不安定な音程……
従って、サックスは基本的にビブラートを掛ける。
その為か、バンド自体の響きに、微妙な『 揺れ 』が生じる。 少しなら、心地良い躍動感・ヒトが奏でる命の揺らぎ、と称しようか……
だが、多くは、そうはならないのだ。
更には、各楽器の基調音も関係して来る。
吹奏楽で使用される楽器は、B♭が基調となっているものが多い。 簡単に記せば、ピアノで言う『 シ 』のフラットが、その楽器にとっての『 ド 』となるのである。
ほとんどの楽器がB♭である中、サックスの場合、アルトとバリトンが『 E♭ 』だ。 和音的に言えば、全体のハーモニーの中ではアクセント的な役割を担っている。 従って、サックスが増えれば増えるだけ楽団としての音のバランスは悪くなり、いわゆる『 荒い音質 』となってしまうのだ。
加えて、楽器自体のルックスには人気があり、サックスを希望する者は多い。 サックスパートが大所帯になっているバンドは、よく見掛ける……
このバンドにおいて、サックスの人数が最小であった事は、幸運だったかもしれない。
……だが、ここでも上級生は少なく、3年生はゼロ、2年生がアルト・テナーに1人ずつで、アルトの1人と、バリトンは1年生だった。 とてもではないが、『 少数精鋭 』と呼べる域ではない。
だが、彼女らの音楽に対する情熱は、衰退した部活に反比例して旺盛だった。
私は時々、仕事でサックスを吹く事もあり、他の楽団でエキストラとしてステージに乗る事もある。 とりあえず、マウスピースだけは持参していたので、彼女らの楽器を借り、アルト・テナー・バリトンと、目の前で吹いて見せた。
目を丸くし、私に若干、詰め寄ろうとせんばかりに質問を浴びせ掛けて来る。
「 どうやったら、そんな風に音を揺らせる( ビブラートの事 )んですか? 」
「 大きな音って、どんな風に吹くの? あたし、すぐに音が裏返っちゃうんです 」
「 音程って、どうやって練習したら安定するんですか? 」
「 読譜力って、どうしたら補えますか? 」
「 ネックのネジ、思いっきり締めても、ネックがクルクル回るんですけど…… 」
「 ねえ、先生って、独身? 」
……最後の質問は、指導には関係ない。
あと、ネックのネジの件は、楽器屋へ行け。 たいてい、ネジの奥にホコリが溜まって締まらなくなっているだけの事が多いから、ネジの先にコルクグリスを付けて、思っきしネジ込んだれ。 意外と止まるようになるぞ?
今まで、誰も指導してくれなかっただけに、聞きたい事が山積しているようで、それは2年生も、1年生も変わらない。 私で答えられる事は、全て答え、指導を行った。
クラリネットの3年生のように、2年のアルトの部員も練習に励むようになり、吹奏楽が大好きになった。 これは後日談となるが、彼女は高校進学後、音大の管楽器専攻科へと進んだ……
ある程度、指導が進んだ5月下旬頃、私と友人は、夏のコンクール不参加を提示し、代わりに、学校の体育館にて、演奏会を開催する旨を、部員の皆に伝えた。
この事は、部員たちよりも、父兄からの反対が多かった。
「 ウチの子、3年生で最後の夏なんです。 コンクールに出させてやって下さい! 」
学生時代、吹奏楽を経験して来た父兄も多く、『 経験者 』からは、嵐の様なクレームが入った。
「 今の状態で出場しても、楽器数など他校の状況を見せ付けられ、意気消沈した上に、銅賞( 参加賞 )です。 そんな、最初から分かっている結果を、お子さんに経験させたいのですか? それより、現状の出来る範囲にて、自分たちで創り上げた演奏会を開催する事の方が、遥かに有意義な経験だとは思いませんか? 」
( この辺りの展開は、拙作『 萌黄色の五線譜 』のストーリーに、『 まんま 』転用致しました。 お時間があれば、お立ち寄り下さいね )
父兄会を何度も開き、友人と2人、何とか保護者たちを説き伏せた。 校長・教育委員会・社会教育課( 現在の生涯学習課 )の許可をもらい、夏休みが終わった9月の日曜の夜、学校の体育館にて、この中学校としては初めての自主演奏会を開催した。
奏者がいなかったチューバは、ユーフォニウムの2年生がアルバイトで回り、複数いたトロンボーンから1人、ユーフォニウムにコンバート。 パーカッションには、私が入り、ホルン・クラリネットには、楽団の友人や知人をエキストラとして入れ、総勢18人だったと記憶している。
結果、体育館は父兄・親戚たちで、大入り満員……!
20人にも満たないメンバーだった為、演奏は拙いものだったが、生徒たちが得た感動は、非常に大きなものだったようだ。 演奏会終了後、感極まった生徒たちは皆、お互いに抱き合って泣いていた。
やれば、出来るのだ……!
吹奏楽は、足りないセクションがあれば、代吹きなどをしたりして、カバーをし合う事が出来る。 工夫すれば、何でも出来るのだ。 自分の、許容以上の事が成せるのだ。
私が、この中学校の指導で学び・気付いたのは、生徒たちの『 成長 』だった。
どんな学校であっても、生徒たち・部員たちは、皆同じ。 純粋だ。
成長し、考察し、伸び行く、彼ら……
その姿を見守れる事は、私には、掛け替えのない喜びだった。 彼らに、感謝したい。 そしてまた、どこかのステージ・楽団で巡り逢えたら… 願わくば、彼らの子らと、共に音楽を奏でられたら……
そう夢見つつ、私は音楽活動を続けている。
「 ある意味、興味が湧くかも 」
友人は、最初にそう言った。
今にして思えば、この『 酷い 』部活には、私が目指したいモノの、全てがあった。
目に見える『 モノ 』は、何も無い。
だが、目に見えない『 モノ 』が、いっぱいあったのだ。
そして、今月もまた近隣の中学・高校へと出掛け、拙い指導にて、『 目指したいモノ 』を追い掛けに、週末を過ごしていくのだ……
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