第78話、拙作『 萌黄色の五線譜 』に寄せて( 打楽器編 )
過日、拙作『 萌黄色の五線譜 』を非常に、丁重にお読み頂いた方がいた。
夏のコンクールシーズンでもあり、吹奏楽経験者か楽器演奏の現役の方かと思ったのだが、全くの未経験者との事。 応援コメント欄で数回、お話をして、交流を深めさせて頂いた。 また、随分と前に、この作品を読んで頂いた方も、先日、続きを読みに来られた。
日を開けても、わざわざ読みに来て頂けるのは、書き手としては、嬉しい事である。 実際、かなり趣味に奔った作品であり、コアな部分・描写がある為、吹奏楽の経験が無い方には興味を持たれる事も無く、年間を通じて、至って『 静かな 』作品だけに、非常に嬉しかった。
この作品内で展開されているストーリーは、全てノンフィクションである。 学生時代の現役だった頃の出来事や、管楽器専門店の営業時代の話し、現在も続けている一般バンドの経験などを、ストーリーとして展開させてある。 物語の後半からラストに至る『 演奏会 』の部分は、他府県にある『 山の中の中学校 』に、非常勤講師として7年間赴任していた時代の出来事だ。
久し振りに思い出し、懐かしさもあったので、この中学校に、最初に行った時の事を、『 エピソード 』として、2回に亘って綴ってみようと思う。
そう…… 今から思えば、数多くの学校へ指導に行った中で、この学校が『 一番、酷い 』学校だった……
この学校での指導経験があるが為、それからと言うもの、どんな『 酷い 』学校に遭遇しても、指導を諦める事無く、依頼を完遂出来ている。(笑)
まず、何が最初に驚いた事か、と言えば……
何と、その学校の部員数は、たったの14名だったのだ。
吹奏楽をご存知の方なら、この人数で指導を請ける方は、そうはいないだろう……
欠落しているパート・ポジションが相当数に上り、合奏どころか、指導もままならない状態の部員数である。 実際、どの指導者も諦めてしまい、誰に依頼しても、指導を断られてしまっていた最悪の状況下だった。 たまたま、部員の保護者の方が、他校の顧問と知り合いで、その顧問の先生から「 無理だとは思うけど、行くだけ行ってみてくれませんか? 」と、私の友人( 駆け出しの、若いトランペット奏者 )に、打診を持ち掛けて来たのだ。
友人は、とりあえず、その中学校へ行って状況を見定め、私に『 共同指導 』の誘いを掛けて来たのだ。
「 凄すぎて、手に負えないですわ。 まあ、ある意味、興味が湧くかも 」
友人は、そう言った。
なぜ、興味が湧くのだろうか……? 私は、『 そこ 』が気になった。
当時の私は、探偵業を始めたばかりで、調査依頼もまだ少なく、ハッキリ言ってヒマだった。 早速、友人と、その『 凄い 』中学校を訪れてみる事にした。
部員数の少なさには、確かに驚いた。
ただ、もっと驚いたのは、この人数でコンクールに出場していた事だった。
チューバ( 金管低音楽器:ベース担当 )がいない、パーカッション( 打楽器パートの事 )が、2人しかいないのに、である……
私の驚きは、更に続く。
とりあえず、「 打楽器を見て欲しい 」と友人が言ったので、2人しかいないパーカッション部員に、声を掛けた。
「 1つ打ち( 打楽器における、スティックワークの初歩的基礎練習の呼び名 )をするから、スネア( 小太鼓の事 )を持っておいで 」
2人しかいないパーカッション奏者の部員の内、メガネを掛けていた女子部員が答えた。
「 スネア、無いんです…… 」
……は?
スネアが無い学校など、初めて遭遇した。 まず、有り得ない事である。
私は一瞬、引いたが、気を取り直して彼女に言った。
「 じゃ、スティックだけ、持っておいで。 スネアが無くたって、机でもイスでも叩いて練習出来るからね 」
もう一人の、髪の長い女子部員が、蚊の鳴くような小さな声で、幾分、モジモジしながら答えた。
「 スティック…… 無いんです 」
……
そんな事は、有り得ない。 スネアが無いと答える理由については、おそらく故障しているか、ヘッドが破れ、叩けない状態なのだろうと推察していたが、スティックが無いなんて、常識では考えられない。
私は、改めて問い直した。
「 君ら…… パーカスだよね? スティック無しで… 今まで、どうやって練習していたの? 」
「 2人とも鍵盤楽器、やっていました。 グロッケン( 鉄琴 )と、シロフォン( 木琴 )です 」
「 …… 」
私は、声を失った。
つまりは、マレット( 打面の先にフェルトや毛糸を巻き付け、団子のようにしたもの )しか、使っていなかったと言う事らしい。 打楽器パートの花形であるスネアはおろか、シンバル、バスドラム( 大太鼓の事 )、ティンパニも無しで、コンクールに出場していたのだ。 開いた口が塞がらないとは、まさにこの事だ……!
とりあえず、私の手持ちのスティックを渡して基礎練習をしようとしたが、それ以上に『 確認 』したい事が、どんどん湧いて来たので、打楽器が保管されている部室の準備室へ、2人に案内してもらった。
2人とも、現在、自分たちが置かれている状態は『 異常 』であると、それとなく認識しているらしかった。 現状を見て欲しいのか、足早に3階の合奏室( 音楽室 )の隣の準備室へと、私を案内してくれた。
準備室に足を踏み入れた途端、その異様な光景に、私は呆然とした。
そこいらじゅうの床に散らばる、譜面の数々……
楽器棚にある楽器ケースは、全て、厚いホコリを被り、弦が外れた弦バス( コンロラバスの事 )が1本、床に転がっていた。 ガラス戸棚には、古い吹奏楽専門誌や楽譜、カセットテープなどが入っているようだが、その前には木管楽器のスワブ( 管体の中を拭く、布製の掃除道具 )やキーオイル、ラッカーポリッシュなどが散乱。 バラバラに解体されたまま放置されているドラムセット群に混じり、もう何年も使用されていないであろう状態のバスドラム、ティンパニが置いてあった。
ハッキリ言って、『 物置き 』である。
壁には、数十年前のコンクール写真が3枚ほど、傾いた額縁に入れられて掛けてあった。
……実は、この中学校の校名は、私は現役時代、よく聞いていた。 常に県大会・支部大会へと進んでいた吹奏楽有名校だったのだ。 顧問が転勤していなくなり、急速に低迷して行った『 指導者隆盛型 』の、典型的な学校だった……
かつての『 栄光 』を横目に、現在の状況を、目の当たりにしながらの部活動を余儀なくされていた部員たち……
何となく、彼女らの心中を、私は察した。
( 乗りかかった船だ。 やれるところまで、やってみるか )
私は、そう思った。
大型打楽器群の間を見やると、大量に溜まったホコリに混じり、スネアのフープ( ヘッドを締める為の、金属製の丸い枠 )が見える。 拾ってみると、ティパニの足元にも、もう1つ、フープが見えた。
「 ヤマハじゃないな…… 多分、パールかラディックだ 」
「 あ… 先生、ココにもあるよ? 」
メガネの彼女が、部屋の隅から、別のフープを拾い出して来た。
「 3つ… のはずが無いぞ? もう1つ、あるはずだ 」
3つのフープの内、2つは、響き線を通す部分が付いている。 つまり、2つのフープはスネアの底面用だ。 打面用ヘッドのフープが、もう1つ、どこかに転がっているはずである。
……やはり、スネアは存在するのだ。 2台が、この準備室の中で、バラバラになって散乱しているのだ……!
「 先生、これって… スネアの皮( ヘッドの事 )ですか……? 」
バスドラムの下に潜り込んだ、髪の長い女子部員が、ホコリだらけになったヘッドを見つけた。
「 そうだね。 14インチのヘッドだ。 レモ( 米国のメーカー名 )のファイバー・スキンか…… ある程度は使ってあるようだけど、大丈夫そうだね 」
3人で、ホコリにまみれ、残りの部品の、大捜索の開始である。
サックスのマウスピースや、クラリネットのリガチャー( リードを固定する部品 )に混じって、スネアボルトも20本、出て来た。 ヘッドが、もう1枚と、スネアサイド( 裏面のヘッドの事 )も2枚……
そして遂に、もう1つのスネア・フープが、楽譜棚と先程のガラス戸棚の隙間から、若干、変形した形で出て来た……!
「 先生、アレって… スネア…… ですか? 」
メガネの女子部員が、戸棚の上を指差している。
棚の上…… 天井近くに、小さな段ボール箱や、遺棄されたと思われるシロフォンの音板、音楽書が無造作に乗せられているが、その隙間から、幅20㎝弱位の『 銀色の輪っか 』が見える。 おそらく、ブラス製( 金属製 )スネアの本体だ。 そんな所にあったか……!
教育用アンプ( スピーカー )の上に乗り、取り出してみると、更に、その奥には木製のスネア胴があった。
( パール社製の、カスタムクラシック……! 5½じゃない… 6インチだな )
中々のモデルで、値段も、それなりにする。 先程のフープは、1組が金色だったが、だとすれば、このスネアのものだ。 現在は廃番となった、かつての『 逸品 』である。
事務机の引き出しの中には、予備と思われる新品の響き線があった。 メーカーはパールでは無いが、この際、使えれば何でも良い。
自前のチューニング・キーを出し、組み立ててみると、2台のスネアが出来上がった。
メガネの女子部員が、手を叩いて喜んだ。
「 出来た、出来たぁ~! 先生、私、初めてスネアを見ました~! 」
……ある意味、信じられない発言である。
スタンドは、立奏用が2本、座奏用が1本、出て来た。
おそらく、座奏用は、ドラムセットのものだろう。
2台のスネアは、胴の長さが違う。 短いもの( 金属製 )は、ドラムセット用に使っていたモデルだと推察し、長い( おそらく、6インチ )方を立奏用とした。
次回、木管編へと続く。
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