第76話、朝の社交場
何も予定の無い、シフト休みの平日。
朝、ゆっくりと起床をし、小学校へ娘を送り出す。
洗濯物を干し、軽く床掃除。
9時頃、妻と2人で、行きつけの喫茶店へモーニングを食べに行った。
……香ばしいローストの香り。
触れ合う食器・カップの、軽やかな音。
店内に掛かる、軽いモダンジャズ。
椅子に手を掛け、つま先立ちをしながら『 足首運動 』を慣行中のお爺さん……
……おい、頼むから、家でやってくれ……! 雰囲気、ブチ壊しだわ。
我々2人の、すぐ横の席で立ち、朝の公園よろしく無表情で『 遂行 』。
向かいの席には、おそらく相方と思われるご婦人が座っているが、夫の無作法を注意する事も無く、ズゾゾゾーと、コーヒーをすすっている。
「 あれまあ~、何だぁ~の、お前さん。 今朝は、早いねえ~? 」
店内中に響くような素っ頓狂な声を出し、右手を上下に振りながら、もう1人、老婆が店内に入って来る。
……その、紫地に黄色いペーズリー模様のブラウス、ドコで売ってるの?
『 足首運動 』をしていたお爺さんの、横の席に座っていた老婦人が、玉子サンドイッチを片手に、口を押さえながら答えた。
「 今日は、息子夫婦たちが… ゴホッ! 来るからね~、早めに… んごほっ! ごほ、ゴホッ…! はぁ~… ムセてまったわ 」
……食いながら喋るな。 マジ、死ぬぞ? 爽やかな朝に、救急車は要らん。
我々の後ろに座っていた老夫婦たちが立ち上がり、ウエイトレスに言った。
「 ちょっと! あそこの席、空いたから移るわ。 窓側が良いの 」
席待ちをしていた客が、案内されようとしているだろうが? 非常識なコト、言ってんじゃねえよ……!
朝の喫茶店は、元気で傍若無人な老人たちの社交場だ。
この店も、『 彼ら 』に占拠されるようになったか…… 2~3年前までは、美味しいコーヒーを淹れてくれる、静かな店だったのに……
「 あんた、マイナンバーズカード、どうしたん? 手続き、したんかえ? 」
「 あ~、アレな。 役場へ行ってな、介護の人に頼んでやってもらったわ 」
「 アレは、難しくてイカン。 暗証番号なんか、わしゃ分からんわい 」
「 ちょとぉ~! 水、持って来てんか~? 」
……可哀そうに、その介護職員の人。 多分、自分の職務外の『 任務 』だったろうに。 しかも『 ナンバーズカード 』って何だ? 『 ズ 』が、余分だ。
プライベート内容、駄々洩れ状態の会話は、無性に腹が立って来る。 耳が遠い高齢者が多いせいか、会話のボリュームに関しては、軽やかに殺意が湧いて来るレベルだ。
最近、こういった情景は、ほとんどの喫茶店で毎朝、繰り広げられているらしい。
まあ、時世上、仕方のない事かもしれない。 静かにコーヒーを堪能したければ、モーニングの無い『 S 』などの『 街カフェ 』… カウンターにコンセントがあり、ノートPCなどを操作している客が多い『 意識高い系 』の店へ、出掛けるしか無いのだ。
基本、高齢者は『 怖いもの無し 』である。 やたら元気で声がデカイし、突然として立ち上がり、スクワットを始める爺様もいる。 ここはフィットネス・スタジオではない。 家でやれ、家で……!
私がオーナーだったら、間違いなく一喝するところだ。 しかし、それをやったら潮が引くように客がいなくなる事だろう。 高齢者たちの『 クチコミSNS 』は、恐ろしいほどの拡散作用と、周囲における浸透力を保持する。
…まあ、モーニングの売り上げは、ほとんど粗利が無いらしいから、静かに飲食する客足が戻って来て、差し引きゼロなのではないだろうか。(笑)
元気なのは良い事だが、もう少し、周囲に対する気配りが欲しいところだ。 …まあ、無理かな?
現代は、若者たちの方が静かだ。 全員、着席と同時に、スマホと『 交流 』を開始するからである。
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