第61話、お墓参り

 若い頃から、私は祭事・神事が好きだ。

 当時の時代背景もあり、幼い時期などは、お盆・正月と、必ず両親の実家へ行ったが、檀家である寺などの墓参りへも、久し振りに会う親戚の叔父・叔母たちと、よく出掛けたものである。

 父方の実家は代替わりした等、諸事情もあり、疎遠になってはいるが、母方の方は、親戚中が正月、温泉宿に集うなど交流は盛んだ。 従って、盆と暮れの墓参りは、忘れずに行っている。 私だけで行く事が多いのだが、なるべく娘を連れて行くようにしている。 記憶に残るようにしたいので……


 今年も娘と2人、蝉時雨の中、祖父母の墓がある寺へ、墓参りに行って来た。


 寺は、規模は小さいが、鎌倉時代から続く由緒ある寺で、茅葺かやぶきの本堂は何と、国の有形文化財で国宝だ。


 まずは、寺の敷地内にある墓へ……


 手洗い場の脇にある水道にて、手桶に水を汲み、柄杓ひしゃくを1本入れる。

 墓や、卒塔婆そとうばの間の小道を縫うようにして歩き、祖父母の墓前へ。

 持って来た手桶の水を柄杓ですくい、墓石に掛けて、花挿しや湯呑を洗う。 これは、娘の仕事だ。 私は、雨で固まった線香立ての灰を、用意して来た釘でほぐし、線香を立てる準備である。

「 お線香に、火を付けるよ? 」

 娘が、用意して来たマッチで火を付ける。

 最近、マッチで火を付ける事が出来ない子供が増えたらしい。 正しくは、マッチを擦る事が出来ないのだ。 火遊びの危険性があるので、出来ない方が良いとの指摘もあるが、私はそうは思わない。 非常時に、火を起こせない事の方が重要だ。 火遊びに奔るのは、本人の気構え次第であって、それは親のしつけ次第でもある。 娘には『 一般常識 』として、ライターの取り扱いから教えてある。

 こういった経験も、線香やロウソクに火を付ける機会にて教えて行きたいと言う考えもあり、祭事・神事を積極的に行う理由にもなっている。


 わずかな夏風に苦労し、マッチにて、線香に火を灯す。 じりじりと照り付ける暑さに、娘の額には、汗が浮いて来た。 線香を振り、火を消した娘が額の汗を拭いながら言った。

「 お線香の煙って、亡くなった人の食べ物なんでしょ? 」

 何年か前に教えた事を、娘は覚えていてくれたらしい。

「 そうだよ? 大爺ちゃん・大婆ちゃん、あやちゃんがくれたお線香、喜んでいると思うよ? 」

 私がそう応えると、娘は嬉しそうに笑い、再び、額の汗を二の腕で拭った。


 墓参りの後は、40年くらい前に出来た本堂の方へ、お参りに行く。

 コンクリート製で、入口はアルミサッシだ。 何と、冷房が効いている。

 賽銭箱へ小銭を入れ、本尊である薬師如来像の前へ。


 傍らの、大柱脇の畳に置かれたCDデッキから法華経のお経が流れ、本堂内には誰もいない。 座テーブルの上には、檀家からの供え物が所狭しと並べられ、香の香りが、神妙な気持ちにさせる……


 まあ、こういった雰囲気も、幼い娘には記憶として残る事だろう。

 娘を促し、本尊前の座布団に正座して手を合わせる。

 神妙な顔つきで念仏を唱える、娘の横顔…… 何だか、とても安堵した。


 本尊の左脇を通り、地下の納骨堂へ行く。

 ひんやりした地下は、心地が良い。 年末は、足が冷えて寒いので、早々に退去するのだが、夏はゆっくりと参拝する。(笑)

 祖父母の納骨堂スペースは、間口30㎝にも満たない小さな『 ロッカー 』のようなものである。 近年は、散骨したり永代供養したりして、個人の納骨スペース自体が存在しない場合も増えたようだ。

 納骨だけではなく、宗派によって祭事や供養の仕方には相違がある。

 私の親父の実家は浄土真宗なので、祖父母の家( 天台宗 )のように、塔婆を立てたり施餓鬼供養せがきくようなどをしたりする習慣が無い。

 ちなみに餓鬼とは、仏教の世界観である六道において餓鬼道に生まれた者… つまり、生前、食に対する贅沢を続けたり、食べ物を粗末に扱った為、死後、地獄の餓鬼道に落ちた者を指す。 施餓鬼供養とは、先祖を供養し、自らが餓鬼道へ落ちないようにする為の、お盆の供養行事の事である……


 納骨堂参拝を済ませ、本堂を出る。

 旧本堂は、先に記したように国の有形文化財だ。 綺麗に整備された茅葺屋根が素晴らしい。

 国宝の為、本堂内は、普段は立ち入り禁止だ。 ガラス格子窓越しからしか、中を窺えない。 確か、50年に一度ある『 御開帳 』の時は、本堂内も、本堂下にある回廊巡り( 真っ暗な中を、壁伝いに一周する行事 )も、解放される。 私も小学生の頃に一度だけ、経験がある。

 賽銭を投げ、鐘を鳴らし、娘と2人、並んで念仏を唱える。


 変わらぬ蝉時雨が、静かなひと時を演出している……

 私は、結婚が遅かったので、祖父母は、娘( ひ孫 )を見る事が叶わなかったが、いつも私を可愛がってくれて、よく言っていた。

「 お前の子供は、どんな子なんじゃろな? 」


 爺ちゃん、婆ちゃん…… 俺に似ず、えらい頭の良い子だよ。(笑)

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