第52話、2021年6月21日

 先週になるが、とある管楽器奏者が亡くなった日である。

 名前は知らなくても、彼の音は、誰でも聴いた事があるのではないだろうか。


 ジャズ・アルトサックス奏者、土岐英史。 2021年、6月21日逝去……


 山下達郎のバックメンバーでもあった為、達郎の楽曲のアルトソロは、ほとんどが、土岐さんの演奏である。

 …そう。 あの名曲、『 ライド・オン・タイム 』のソロ奏者だ。

 他にも、私の大好きな楽曲、『 SPARKLE 』や『 ラブランド・アイランド 』でも、曲間のアルトソロで登場。 ‘80年代を、青春真っ只中で過ごした年代の方には、音楽に興味が無かった方も、上記の曲を聴けば「 ああ、この音か…! 」とお分かり頂ける事だろう。


 南の楽園を彷彿とさせる、いかにも夏のイメージにピッタリの、透明感あふれるサウンド。 ジャズと言うより、フュージョンに近いサウンドだ。

 一転して、しっとりしたバラードでも、存在感のある魅力的な音色が素晴らしかった……!



 管楽器専門店の営業時代、ジャズレッスンの講師として店に来られていた関係で、月に2回ほど、私は、店でお会いしていた。

 大阪出身で、東京に住んでいるのに、なぜかドラゴンズファン。 味噌カツ大好き。 笑うと、ぷっくり膨れる頬がお茶目な『 オッさん 』……

 私も、店を辞めて随分と経っている。 老いた最近は、時々に寄る店内でお会いする事がしばしばあったが、当時は、スリムな体型のヒゲ面で、シブイ人だった。


 名盤と言われる『 THE GOOD LIFE 』は、土岐さんのオフィシャルCDだ。 流通していなかったので、当然、どこにも売っていない『 レア 』もの。 今でも、Webで見つけられる程度である。 私は、店頭で、土岐さん自身から頂いた。


「 聴かせて頂きましたよ? イイですねぇ~…! 彼女と、バーの片隅で、飲みながら聴いていたい1枚ですね 」

 そう私が感想を伝えると、例の頬をぷっくりと膨らませ、細い目を、更に細くして笑い、土岐さんは答えた。

「 そんなカンジを想いながら、創りましたよ 」


 今の妻と出逢い、ドライブに行った車内で、このCDは流した。

 このCDを、ゆったりと聴くのに相応しい車として、大型の高級セダンを購入したと言っても過言ではないだろう。( 前作の、51話に登場した愛車。 今は、ポンコツになったケド… )


 車のオーディオには、いつも聴けるように常置してある。

 実は、この『 THE GOOD LIFE 』は、娘のお気に入りだ。 特に、冒頭の1曲目。

 イキナリ、土岐さんの一声から始まる甘美なバラードに、小学校6年の娘は「 カロ~ン、って感じ? オシャレだよねぇ~……! 」。

 ちなみに『 カロ~ン 』とは、ロックグラスの氷が、グラスの中で溶けて鳴る音の事。

 ……あのな。 お前、バーなんか、行った事ないだろが?


 もう、あの音色は、CDでしか聴く事が出来ない。

 土岐さんよ、永遠なれ……!



*近況ノートに、『 THE GOOD LIFE 』のジャケット画像をUP致しました。

 ジャズに興味が無い方も、Webで見つけたら聴いてみて下さい。


 ちなみに、ジャケット写真で土岐さんが手にしている楽器( 愛器 )は、

 メッキが完全・完璧に剥げたアメリカン・セルマー Mark7。

 『 あの音 』は、この名器からでしか、奏でる事は出来ません。 当時、

 店のリペア室で、幾度も調整をさせて頂きました……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る