第48話、その人は……

 先日、デザイン制作のプレゼンの為に、久し振りに東京へ行き、代理店のディレクターと、東京駅で待ち合わせをした。 八重洲側のヴィトン前… ちょうど、大丸の入口がある辺りだ。


「 やあ、お待たせ~ 」

 旧知の知人ディレクターが、手を挙げて北口の方からやって来た。 傍らに、もう1人、男性が同伴である。

( …ん? ドコかで、見た事がある男性だな )

 ふと、そう思ったが、ディレクターに話し掛けられ、そのまま八重洲中央口の方へ歩き始めたので、軽く会釈だけをして、ディレクターと話しをしていた。

 …知人のリレーションでは、今回の仕事は、他の個人事務所からの紹介だ。 いわゆる『 丸投げ 』である。 自社で制作の社員を雇わず、営業のみを自分1人で展開しているのだ。 良いように言えば、ベンチャー企業か…… 多分、知人ディレクターの横を歩いている人が、その依頼主なのだろう。

 知人ディレクターが、ふと気付き、彼を紹介した。

「 あ… 彼ね、今回のプロデュースをしてくれた〇〇さんね 」

( 〇〇……? )

 思わず、『 彼 』の方を向き、その顔を見た。 向こうも、私の顔を見て言った。

「 やっぱり……! 久し振りだねぇ~! 」


 ……かつての、上司だった。


 今を去る事、32年前…… 私は、とあるコンサルティング会社の制作部にいた。

 現在も、複数の某社が開催している『 企業展 』・『 転職博 』と言ったイベントを、日本で一番初めに主宰した会社だ。 当時、経済紙などにデカデカと載り、時代の追い風もあって会社は急成長したが、バブル崩壊の影響をモロに喰らい、北九州・広島・大阪・名古屋・神奈川の各支店は全て閉鎖。 業務内容を急転換し、東京本社のみで再スタートをする事にはなったのだが、業種も変わってしまう為、社員のほとんどは退職していった。

 当時の私は、制作部デザイン室長。 彼は、制作部 第一業務課の主任課長で、私の上司だった。

 私には、新宿にある東京本社 制作部長の『 栄転 』話があったのだが、今後、デザインをメインでやって行けるのかどうかが非常に不透明だった為、辞令を辞退し、退職。 脱サラして自営となり、企画会社を起こして独立した。 企画の中に、市場調査もあり、それが発展して調査業務となり、『 私立探偵 』となった経緯がある。

 かつての上司である彼は、東京本社への転勤辞令を受理。 その後、営業部だった者からの情報によると結局、退職し、都内で派遣業を始めたと聞いていた。


 私と、知人ディレクターとは、グラフィックデザイナー時代に勤めていた会社にいた頃から業務提携していた仲。 知人ディレクターの事務所が代々木にある関係で、新宿にある東京本社を紹介した経緯がある。 どうやら、上司だった彼との再会シナリオ出発点は、この辺りからか……

 世間とは、つくづく狭いものだ。



「 いや~、派遣と言ったって、ピンサロの女の子を紹介してただけだからね。 年齢を偽って応募して来るコが、メッチャ多くてさ… ヤバくなって来たから、早々にヤメたよ 」

 クライアントへのプレゼンが終わった後、彼と2人、喫茶店に入って話をした。

 コーヒーカップをソーサーに置きながら、彼は続ける。

「 東京行きを辞退した君は、正解だったよ。 あれから1年後、本社は倒産したんだ。 専務、覚えてる? 彼から聞いたよ、探偵やってたんだって? 」


 ……今でも時々、現役ですわ……


 激しく後退した頭頂部が、彼の苦労を物語っているかのようだ。 …まあ、年齢も加味しているとは思うが、背を丸めてコーヒーをすする彼の姿に、どことなく哀愁を感じる。

 ソファーに背を埋め、かつての『 上司 』は言った。

「 あれから中々、うまく行かなくてね…… 思うに、我々の世代は、バブルに翻弄された世代なんだよ 」


 ……それは、確かに正論かもしれないが、何となく『 言い訳 』にも聞こえる。


 実際、私は、今の生活に不満はない。 言うなれば、過去には未練も無い。

 過去があるから… いや、過去の決断があるから、今があるのだ。 もう戻らない過去を懐古していてどうする? 羨む過去からは、何も『 未来 』は生まれて来ないのだ。

 返答を待っているかのような表情で、彼は私を見つめていた。

 私は言った。

「 大切なのは『 これから 』ですよ? 我々は今、『 生きている 』んですから 」

 そう言うと、しばらく私を見つめ、彼は呟くように答えた。

「 ……君は、やはりクリエイターなんだね。 僕には、そういった創作的な発想は出来ない 」

 制作部所属の課長とは言え、マネージメント的な業務がメインだった彼……

 人には、得手不得手はあるとは思うが、今の彼は、ほとんど投げやりのような雰囲気だ。 何だか、初期の鬱病患者と話しているような感覚になる。

 私は、努めて明るい口調で言った。

「 イチから始めるつもりで、何でもやってみましょうよ…! 私は今、外仕事をメインにしていますが、本格的に土木建築の仕事を始めたのは、40過ぎからなんですよ? しかも、未経験からだし 」

 カップを持ち、少し微笑みながら彼は言った。

「 そんな仕事までしていたのか。 凄いバイタリティーだな…… 」


 彼は終始、諦めたような微笑みを見せながら話していた。

 当時も、にこやかに笑いながら話をする人だったが、今の笑顔からは生気が感じられない。 人生の『 何を 』悟ったのかは分からないが、少なくとも未来的志向ではない事は確かなようだ……



「 じゃ、元気でね。 また機会があったら頼むよ 」

 …口調からは、どうもデザイン企画の仕事は、日常的には請けていない雰囲気が感じられた。 今回の仕事は、たまたま、何かの『 ついで 』に請けたものなのだろう。


 では、いつもやっている『 業種 』は、何だ……?


 知人であるディレクターも、彼の『 本業 』は良く知らないらしく、時々、舞い込んで来る制作の仕事のみを請けているのだそうだ。 ギャラは、いつも現金の先払い。 企画の他に、コンサルのような仕事もしているらしい、との事だが……

 いわゆる『 隙間産業 』が流行ったのは、もう随分と前の事だ。 今更、それをメインとして生計が立てられるとは、到底、思えない。


 彼が言った『 時代に翻弄された者たち 』と言う語句が、頭の中を過る……


 流されて行くのではなく、『 流れて行く 』柔軟さ。

 時代ではなく、『 次代 』に則した志向・判断・行動。

 生きているのだから『 迎えられる 』、未来への期待etc…


 モチベーションの問題なのかもしれないが、一度『 良い生活 』を経験すると、全てを失った後は、虚脱感のみが心に残る。 それを払拭・凌駕出来るのは、やはり自身の気構えが全てだろう。 そもそも、過去を懐古するのは、気がえている証拠なのだ。

 彼の今後を、大いに憂えいてしまうが、どんな慰めも、未来的効果を発揮するまでの効力は持ち合わせていないだろう。 余計なお世話かもしれないが、掛ける言葉が見当たらなかった事実が、何とも口惜しかった。


 かつての、上司の背中が、雑踏の中へと消えて行った……

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