第40話、沖縄 ~紺碧の果てにある島『 ナガンヌ島 』~

 沖縄本島の西に、国内ダイビングのメッカと称される慶良間諸島がある。

 その慶良間と、沖縄本島の間…… 『 慶瀬島 :けいせじま 』と言う孤島があるのをご存知だろうか。 学名的には、沖縄の方言読みにて『 チービシ環礁 』、通称は『 ナガンヌ島 』と呼ばれる無人島だ。

 無人島とは言え、通常は観光スタッフが沖縄本島から渡り、常勤している。 ダイニングテラスで軽食も食べられ、水洗トイレやシャワーまであり、更には、無人島なのにレストハウスにて宿泊も出来る。 宿泊者がいる時だけ、スタッフが夜間勤務するスタイルだ。


 新婚以来、安月給で苦労して来たが、20代から数えて12回目の転職をし、現在勤務している会社は、非常に『 良い 』会社だ。 ここ数年、経済的にも落ち着いて来たので、結婚以来、迷惑をかけて来た妻を労う為もあり、この3~4年、娘の春休みを利用し、沖縄・八重山諸島へと出掛けている。

 沖縄本島の観光はもとより、石垣島・竹富島・西表島、遠くは日本最西端の与那国島( メッチャ綺麗な海に恵まれた島だった )にも、妻と娘を連れて行ったが、今年は、シュノーケル未体験の2人の為に、この『 ナガンヌ島 』へ行ってみた。


 私は幼少の頃より、水中メガネ( 最近は、エラそうに『 マスク 』と言う )ひとつで、素潜りをしていたので問題ないが、妻と娘は超初心者。 足の付かない水深では、例え2m弱であっても恐怖を感じる事だろう。 更には、熱帯魚好きな妻にしてみれば、ナニも小魚がいないシチュエーションでは、いくら海水の透明度が高くても満足は出来ない。 腰までくらいの水深で、多少の小魚がいるビーチが最適なのだが、魚がいる環境だと、必ず岩とサンゴが必要……

 そこで考えたのが、孤島。 ヒトが、あまりいない( 行かない )環境を選択したのである。 周囲、数百mの、まさに孤島である。

 3泊4日のリゾートホテル宿泊の内、1泊をナガンヌ島ステイに充て、連絡船のチケットとレストハウス、コテージ( 屋根の付いた個人用休憩小屋 )を予約した。



「 明日は波が高く、連絡船が出航出来ない可能性があります。 本日は、何とか出航出来ますので、申し訳ありませんが日帰りとなります。 ご了承下さい 」

 ナガンヌ島に渡る当日の朝、島の管理運営をする会社から電話があった。

 ……誰が悪い訳でもない。 出航は、天候次第なのだから仕方が無い。 日帰りでもナガンヌ島に行けるのだから、と諦め、連絡船が出航する那覇泊港へと向かった。


 ナガンヌ島、上陸。

 途端に、猛烈な風と雨……!

 空を見上げると、雲は途切れている。 おそらく、しばらくしたら晴れ間も期待出来る、か……?

 淡い期待を胸に、とりあえずレストハウスの総合受付へ行き、レンタル予約していたウエットスーツとライフジャケットを受け取る。


 ……もし天候が悪ければ、気温は寒くはないが、おそらく海水温は低い。 季節的に、水着だけで海に入るのは無理だろう。


 そう予想し、事前にレンタルをしておいたのだが、結果的には大正解だった。

 水着ひとつで、震えながらビーチに立ち尽くす連中を横目に、私たちは波打ち際の中へ。


 春であるこの時期、シュノーケルセットやマリンシューズ( 岩場やビーチの貝殻で、足を怪我しないように履くゴム製のシューズ )などは専門店に行かないと売っていない。 シーズン中の夏なら、どこでも売っているのだが……

 昨年の夏から、自宅近郊のホームセンターで購入して用意をしておいたものを今回、持参して来た。 初めて手にするシュノーケルセットに少々、困惑顔の2人。 まあ、初めてなのだから、そんな表情だろう。(笑) 妻と娘のシュノーケルには、水抜きが付いているので、一通りのセッティングと説明をしていたところ……


 何と、突然に、眩いばかりの太陽の陽が……!


 海は、みるみる紺碧の色を戻し、遠浅のビーチは、エメラルドグリーン一色に染まった。 浜の砂は、暗い陰気な褐色から一気に、観光ポスターにあるような真っ白な砂浜に豹変。 そして、真っ青な、抜けるような青空……!

 

 シュノーケルを手に空を仰ぎ、まるで、神に祝福されたかのような私たち……!

『 その方ら… 早く、海に入ってみるが良い 』

 そんな、天からの『 御声 』が聞こえて来そうだ。


 辺りには、誰もいない。 寒さに、早々に着替え、レストハウスで軽食にありついているのだ。 眩いばかりの南国の陽を浴び、しばし呆然としていた私たちだったが、この時を逃さずに早速、シュノーケリングを開始した。


 生まれたばかりの陽が、海面からキラキラと注ぐ海の中は、息を吞むかのように美しかった。 そして、妻が期待していた小魚たちが……!

 慣れないシュノーケルで海水を飲み、マスクから侵入する海水に目を擦りながらも、声を上げる。

「 魚… 魚が、いるう~! ルリ( 青い小魚 )がいた、ルリが! あっ、そこにハタダテ( 白地に、黒い縦縞模様の魚。背びれだけが長く、可愛い )がいるぅ~! 」

 まるで、子供だ。 娘の方が、静かに魚を眺めている。

 白い体に、黄色い線が入った小魚が数匹、サンゴの欠片で埋め尽くされた真っ白な海底に群れている。 そっと手を伸ばし見ていると、5~6匹の魚たちが私の指先に寄って来た。 もっと手を伸ばせば、触れるくらいの至近距離である。 横で、並んで浮いていた娘も真似をし、手を伸ばす。 魚たちは、娘の指先にも群れて来た……!

 こんな経験は、初めてだ。 おそらく、人に対する警戒感が無いのだろう。

 水面より降り注ぐ明るい日差しが、魚たちの間で揺れていた……


 昼過ぎまで魚たちと戯れ、疲れを覚えた私たち。

 コテージに上がり、日陰でしばらく休憩した後、着替えてレストハウスにて昼食。

 半日泳いだので、シュノーケリングは充分に楽しめた。 予定通り宿泊していれば、午後も泳ぐ事となる為、こりゃ、疲労感はハンパ無いのでは……?

 結果的には、日帰りでも、初体験の2人には丁度良かったのかもしれない。


 午後3時前、連絡船に乗船し、那覇泊港へ戻った。

「 楽しかったね~! 」

「 魚、たくさんいたねえ~! 」

 楽しそうに話す妻と娘に、私も大満足。 南十字星と、満天の星空を見せる事は出来なかったが、水族館でしか見た事が無かった魚たちが実際に泳いでいる姿を、波打ち際から数メートルの所で見る事が出来たのは、南の孤島ならではのシチュエーションだったからなのだろう。


 さて、来年は、どこに行こうか……?



 * レストハウス前にて、海に向かって設置してあったブランコに乗る娘の写真を

   近況ノートにUPしました。 合わせてご覧下さい。

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