第13話、『 思青記 』

 学生時代から社会人となったばかりの、20代の頃だったろうか……

 私は、目標も無く、…いや、ナニを目標に… どちらを向いたら良いのかすら分からず、ただ、悶々とした毎日を過ごしていた。


 学力社会時代を『 勝ち抜き 』、有名私立大学・国立大学へ行ったクラスメートの『 見下げた 』視線……

 残業を終え、駅に向かう私の横を通り過ぎる、かつての同級生たちの、ほろ酔い顔・笑い声。

 一流企業に就職した友人たちの携帯メールを横目に、先月の売り上げ表を前に、今月の不甲斐無さを罵る上司のハゲ頭を眺める、私。


 得意だったイラストも、デザインの世界へ身を投じれば、ただの『 標準 』。 到底かなわない、上質な才能を持つ者への嫉妬……

 唯一、小賞を獲った漫画も、忙しさの内に頓挫し、気が付けば『 時代遅れ 』の画質。 時代への妬み……


 『 器用貧乏 』。

 まさに、それだった。 当時の私を表現するに、最も相応しい言葉。

 何も、自分の『 モノ 』になっていない現状に、自分自身に、ただ、漫然と怒りを感じていた。


 …自分が、嫌だった。 自分の努力不足が原因である事を、充分に認知しているはずなのに、どこか『 他人 』のせいにしようとする自分も……

 何もかもが、中途半端だった。

「 消えてしまいたい…… 」

 イジメに遭っていた中学の頃以来の、限りなく消沈し、暗く沈んだ心境が、常に私の心を席巻していた。



 ある日、1冊の真新しい大学ノートに、心の叫びを… 自分を罵る言葉を綴った。

 自分の不甲斐無さ、努力する事を怠った反省、報われない悔しさ、弱者から見た『 勝ち組 』の素顔、etc…

 日々の生活・考えた事など、日記に相当する内容の文章もあったが、書きたい事・思う事があれば、何でも書き綴った。 加えて、批評・論評・エッセイ・詩…… 誰に遠慮する事も無く、心の痞え(つかえ)を、思いっきり吐き綴る。

 数週間後、私はそのノートに、タイトルを付けた。


 『 思青記 』。


 それこそ、毎日ではなかったが、自分の事・友人の事・社会の事、時には世界事情等など… とにかく、多岐に亘って色々と書き綴った。

 自分に対する嫌気など、自虐的な内容が多かったが、3日に一度くらいの頻度で書き続けたろうか……

 私は、気が付いた。


 …何だか、書くと、安心するのだ。


 そして時々、読み返した。

 全く他人のつもりで。


「 お前、アッホな事、言ってんなぁ? 」

「 悲劇のヒロインのつもりかよ 」

「 勉強不足じゃね? 上には、上がいるんよ 」


 無責任な感想。

 しかし、誰も怒るワケではない。 炎上もしない。

 自答だから当然だ。


 5年程が経ち、1冊目が終わる頃、全文をPCに打ち直した。 一字一句、直さず、当時のそのままの文体で。

 その後、書く頻度は少なくなったが、PC版となった『 思青記 』は、何と、結婚する前日の夜まで書き続けられる事となる。

 PC版『 思青記 』…… それは今も、私のPC内にある。



 『 思青記 』を書かなくなって十数年が過ぎ、現在を『 生きている 』私から見るに… 当時、自分にとって不甲斐無いと思っていた『 今 』は、決して『 無駄 』な時間では無かったと思う。

 なぜなら… 未来は、現在があるから、やって来るのだから。

 それに、今が、サイテーと思うなら、明日は『 それ以下 』のハズが無い。


 40代…… 高学歴を持ち、バブリーな生活をして来た同級生・知人らの内、数人が自ら、人生を終わらせた。

 飛び降りたり、首を吊ったり、ガソリンを被ったり…… 悲惨な最期だ。

 当事者にも、様々な人生があったとは思うが、基本的に、悩み、考えた経験が少ない者が大多数だと思う。

 考える、と言う事… 悩む、と言う事…… 今、思うに、それは非常に大切な事柄だったと確信している。


 『 人間は、考える葦である 』


 パスカルの、この言葉の意味するところは、考える事によって宇宙を超える…

 無限の可能性を認めると同時に、無限の消えゆく小粒子である人間の有限性をも受け入れる、と言う意味だ。


 大切なのは、『 生きている 』うちに、考える事。 …そう。 死んでしまったら、何も考えられない。


 当時は、自身で勝手に思っていた『 理不尽 』な現実に対し、とにかく、色々と考え・悩んだ。 そして、『 文字 』と言う創作手段にて、当時のキモチや、考えた内容の記録を施した。

 私にとっては、これが創作活動への第一歩だったのかもしれない。 ある意味、『 書く 』楽しみを知った、と言っても過言では無かっただろう。



 考えた事は、どんなカタチにせよ、残しておく事をお勧めする。

 何年… 何十年と経ってから、読み返してみて欲しい。 きっと、『 無駄では無かった時代 』の存在に気付く事だろう。 もしかして、それが『 青春 』と言うものなのかもしれない。


 努力しても、報われない結果が怖い……

 もっともな正論だとは思うが、その結論に怯えるのは、決して『 青春の無駄使い 』とは思わない。

 そう… 少々、『 遠回り 』しているだけ、なのだ。

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