選んだ道
入院して1ヶ月。
毎日ベットの上でおとなしくしているせいか、血液検査の結果も比較的安定してきた。
まだいつ何があるかも分からないし、いつまでおなかで育ててあげられるのかも分からないけれど、ひとまず安定期に入った。
渚はいまだにつきっきりで寝泊まりしてくれている。
みのりさんも母さんも大樹も毎日やってくる。
父さんもたまにだけど顔を出してくれる。
「ねえ渚」
1人せっせと病室の掃除をしている渚を呼ぶ。
「何?どうした?」
「あのね」
私は一旦深呼吸をして、真っ直ぐに渚を見た。
「もうそろそろ沖縄に帰らない?」
「・・・」
何を言われたのかって顔で、私を見る渚。
「あのね、私もできるならこうして一緒にいたいのよ。でも、働きもせずにここに付きっきりって良くないと思うの。渚だって、仕事が好きでしょ?」
「樹里亜、なんで急にそんなことを言い出すんだ?」
いきなり私に帰れって言われて、不満そうな顔。
「私だってずっと一緒にいたいわよ。でも、私の体調も良くなったし、働きもせずにここにいるのは人としてダメだと思うの。親である前に、1人の人間としてまっとうに生きなくちゃ」
渚のことだから親から援助で生活してるって事はないだろう、けれど貯金を崩すぐらいのことはしているはず。
そんな生活を続けるのは良くない。
「じゃあ、ここに復職するよ」
それでいいだろうって言いたそう。
「それはダメよ。沖縄のお父さんがあなたを待っているのよ。帰ってあげて」
自分でも何を言っているんだろうと思う。
私だって渚と離れたくはないけれど、渚は沖縄に帰るべきだと思うから。
「じゃあ、樹里亜はどうするの?」
ふて腐れ気味に渚が口にした。
「出産までここで頑張って、その後はちゃんと父さんと話すわ。時間はかかるかも知れないけれど、父さんを納得させた上で渚を追いかける」
「沖縄に来る気?」
コクンと頷いた。
「待っている人がいるのは樹里亜も同じだろう。樹里亜が沖縄に来ればお前のお父さんやお母さんが悲しむだろう」
それは分かっている。
「もちろん、私も父さんや母さんとちゃんと話すわよ。きっと分かってくれると思う」
とにかく一旦沖縄に帰ってとお願いした。
ちゃんと働いて、私と子供を待っていて欲しいと繰り返した。
何度も何度も話し合い、
「樹里亜の退院を待って沖縄に帰る」
と、言わせた。
それから
1週間ほどで私の退院が決まり、私達は動き出すことになった。
***
私も渚も、結婚式なんてしなくてもいいと思っていた。
すでにおなかも大きくなっているし、体調を考えてもそれどころではない。
赤ちゃんが無事に生まれて、落ち着いたころその気になれば写真だけ撮りたいと母さんにお願いした。
しかし、
「娘の結婚式もできないなんて絶対に嫌よ。ささやかでも結婚式をして、みんなに祝ってもらわないとダメよ」
って言い張られた。
まだ母さん1人なら説得できたかもしれないけれど・・・
みのりさんまでが、
「結婚式はしましょう。私には娘がいないから、樹里亜さんの花嫁姿が見たいわあ」
なんて言い出した。
結局、両家の両親と兄弟、親しい友人達だけを呼んでささやかなパーティーを開くことにした。
場所は大樹の友人の営むレストラン。
色々と気を遣ってもらい、沖縄の食材をふんだんに使ったコース料理が用意された。
私も真っ白なドレスを着せてもらい、タキシード姿の渚と並んだ。
梨華と桃子さんの手配で、会場は綺麗な花々で飾られている。
かわいらしいドレスを着せてもらった結衣ちゃんは、フラワーガールを務めてくれた。
父さんと母さん、みのりさんと沖縄のお父さん、母さんのテーブルの上にジュリアさんも写真も飾られた。
何も儀式的なことはなく、神父さんもいないパーティー。
このまま食事をして終わるんだろうと思っていると、
「すみません。ここで新郎新婦から一言あります」
大樹がいきなり言い、渚が立ち上がった。
ええ?
驚いていると、
「樹里亜」
立ってと、目配せされた。
2人並んで立ち会場を見ていると、渚が話し始めた。
『お忙しい中集まってくださった皆様、本当にありがとうございます。
私達は今日ここに夫婦として歩んでいくことを決めました。
今まで、産み、育て、支えて頂いた皆様のご恩を忘れることなく、謙虚に、誠実に生きていきます。私高橋渚は、皆さんに約束します。
どんなときも樹里亜を愛し続けます。
いつも子供と樹里亜の側にいて、守っていきます。
たとえ夕食にインスタントラーメンが出ても、文句を言いません。
でも、時々にしてください』
そこまで言って、チラッと私を見た。
ええ、私にも言えって・・・しかたない。
『えっと、私竹浦樹里亜は、いつまでも高橋渚さんを愛し続けます。
どんなことがあっても信じて着いていきます。
多少潔癖でも、食事にうるさくても、決して逃がしません』
もう一度渚を見る。
『以上、皆様の前で誓い夫婦となります。どうかこれからも私達家族をよろしくお願いいたします』
場内は大きな拍手に包まれた。
母さんも父さんも泣いていた。
***
さすがに新婚旅行は行かなかった。
でも1つだけ、私はお願い事をした。
それは、渚と2人で軽井沢の別荘に行くこと。
家からの距離もあり心配だと渋る母さんに、
「医者が着いてるんだから大丈夫。何かあればすぐ連絡するから」
と押し切った。
久しぶりに来る軽井沢は、子供の時来たまま変わっていなかった。
私達が来るに為に随分綺麗に掃除をしてもらったようで、中も外もピカピカ。
食材もたくさん買い込んでくれていた。
「すごい。冷蔵庫が一杯だよ」
嬉しそうな声を上げる渚。
今は秋ということもあって、暖炉の薪までちゃんと用意してある。
「樹里亜、何か食べたいものがあれば作るよ」
「うーん、お味噌汁」
渚の作るお味噌汁が食べたい。
「了解」
早速お米を研ぎ始める。
「おかずは私が作るね。と言ってもソーセージと目玉焼きだけど」
フフフ。
2人笑い合いながら、ささやかな夕食が出来上がっていく。
「いただきます」
用意してあった冷蔵庫の常備菜を出しながら、渚の作ったお味噌汁を堪能した。
***
夕食後、2人で外へと出た。
手入れされた芝生の上に寝転びながら、空を見上げる。
「うわー、綺麗」
「本当だな」
ちょっと手を伸ばせは届くんじゃないかと思ってしまう程、近く感じる星空。
子供の時見たのと同じ。
この星空は、幸せだった子供時代の象徴。
あの頃に戻りたいと、ずっと思ってきた。
でも、今は違う。
私は大人としての幸せを手にしたから。
「満天の星だな」
「うん。そうね」
本当に、空一面の星空。
この輝き一つ一つに長い時間が流れている。
そう思うと、自分の悩みがちっぽけに思える。
私は両手を突き上げた。
「届かないよ」
「分かっているわよ」
その夜、私達は久しぶりに愛し合った。
心も体も溶け合うように、
しばしの別れを惜しみながらお互いのぬくもりを刻み込んだ。
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