第17話友達
『明日、図書室で待ってる』
『分かった』
※
文化祭まであと1週間。
校内は文化祭モードで染まり授業も減少して準備に当てる時間が増えた。
僕のクラスは劇をする事になっている。クラスの脚本担当が書いたオリジナルだ。
僕は音響を担当することになっている。音響係は2人で役割を分担しているが僕は音源を確保してCDにまとめるだけ、それもクラスの放送部の力を借りて作った。というかそもそもそういうのに疎いので力を借りなければ音源は見つけても繋ぎ合わせることは出来なかった。
どうにか完成したCDはもう1人に渡し恐らく劇の練習中に流すタイミングを合わせているはずだ。
基本他のところも人手は足りているらしく文化祭準備時間は暇になる。
...まあ、暇だとバレるとクラスの女子がうるさいので強制参加のときはちょっとした作業の手伝いをしたり劇の練習を見たりしているけど。
放課後になり、面倒事に巻き込まれる前に鞄を持って教室を出た。
準備に勤しむ生徒を横目で見ながら向かうのは特別棟4階の突き当たり。図書室だ。
入口をくぐるとインクとカビっぽさが混ざる独特な匂いがした。
文化祭前だからか利用客は1人しかいない。いつもカウンターに座る図書委員も今日は文化祭準備を優先させているのか席は空で代わりにカウンター上に置かれたコルクボードに『本の貸出、その他御要望があれば図書準備室まで』という紙が貼り付けられている。
室内の奥に進み、1人座って教科書を広げる待ち人に近づく。
そいつは足音が聞こえたのか僕がその場所に辿り着く少し前で顔を上げた。
「おつかれ」
「お疲れ様。ごめん待った?」
「いいよ。時間はいくらでも潰せる」
永田はパタンと教科書を閉じ隣の席の椅子を引いてその席をトントンと叩いた。
『ここに座れ』と言っているらしい。
頼んだのは僕なのだからケチをつける訳にもいかず定位置から少し離してそこに座った。
永田は自分の鞄をゴソゴソと漁りノートを取り出す。
「はい、これ」
渡された2冊のノートの表紙には黒のペンで『数学Ⅰ・A』と『化学』とシンプルに書かれていた。
パラパラめくると数学の方は見開きの左側に問題が書かれ右側には分かりやすく解法が書かれている。
化学も授業の内容が分かりやすくまとめられていて内容だけでなく隙間にアドバイスも並んでいた。
「とりあえず、それ解いてみて。分からないところがあれば聞いて」
そう言い永田は再び自身の勉強を始めた。
元々今日は一緒に図書室で勉強する予定だったため僕もそのまま鞄から筆記用具とルーズリーフを取り出す。
永田から『メガネとキーホルダーのお礼がしたい』という申し出があってから連絡を取り合い、次のテストまで勉強を見てもらうことになった。今日はその初日だ。
もう一度数学のノートをパラパラめくる。
綺麗な字が隙間なく並んでいる。
これ、かなり作るの大変だったんじゃないか...?
こんな対策ノートをわざわざ僕のために2冊作ってくれた永田には有り難さを通り越して申し訳なさを感じてしまう。
「永田」
呼びかけても永田顔を上げることはない。この前もこんな感じだったから聞こえてないということはないと思うが。
「ありがとな。大変な事頼んで」
「別に。押川くんが謝る必要ない。元々助けられたのは私の方だし。それに私も復習になるから」
さすが学年1位。勉強に関しての意欲は僕と感覚が違う。
これ以上邪魔するのも気が引けて僕もペンを手に取った。
※
2時間ほど図書室で勉強し、下校時刻を告げる放送部のアナウンスが流れたため永田と連れ立って図書室を出た。
「永田のクラスは文化祭何するんだ?」
「チョコバナナ売るらしいよ」
興味のなさそうに素っ気なく永田が返す。
「私は当日に裏で作る係だから忙しいのは当日だけかな。 基本クラスメイトも私にはほとんど無干渉だから気は楽だけどね。情報は最低限教えてくれるし」
笑うでもなく悲しむでもなく、完全なる無表情のまま永田はそう言い、眼鏡の位置を直した。
「シフト教えてよ」
「食べに来るの?」
「ダメだった?」
「私、表に出ないと思うけど」
「それでも友達のクラスだからな」
パッと永田の歩みが止まった。
「どうした?」
「いや...あの......」
珍しい。普段クールな永田がワタワタと落ち着かない様子でいるなんて。
「私達って友達なの?」
今度は僕が驚く番だった。
「え......違うの?」
ショックだ。
連絡先も交換し、廊下ですれ違えば少し話もするようになったのに。まさかそう思っていたのは僕だけだったなんて。
「いや、そういう意味じゃなく...て。確認...というか」
「僕は...永田とは友達のつもりだったんだけど。...嫌だった?」
永田は首を横に振る。
「嫌じゃない」
永田は僅かに口角を上げた。
「私と押川くんは友達」
永田は靴箱から外に飛び出しくるりと振り返る。
「ねぇ!押川くん!」
「なんだ?」
「『透』って呼んでいい?」
名前呼び。
グッと距離が近づいた証。
友達らしい友達が出来たのは高校で2人目。
「いいよ」
久しぶりの高揚感を感じ勢いで頷く。
「私も『詠子』でいいから」
「え、いや、でも......」
呼ばれるのは良いが自分で、それも女子を名前で呼ぶというハードルの高い行為に咄嗟にそう返すと永田は笑みを引っ込める。
「そう...だよね。ごめん調子に乗った。友達なんて、今まで出来たことなくて、名前で呼び合うって事に憧れがあって...」
「嫌じゃない!嫌じゃないから!!」
徐々に暗くなっていく永田に『無理です。ハードル高いです』なんて言えるわけがなく。
慌ててそう返すと永田は再び表情を明るくした。
「改めてよろしく。透」
「よろしく。え、詠子」
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