第18話立ち位置


「本当に行くの?」



女子生徒はキュッと胸の前で手を握る。



「ああ」



陸上の全国大会。決勝会場。



最後のレースに向かう男に彼女は1歩、また1歩と近づいた。



「無理しないでね」



男の目を真っ直ぐ見つめそういう彼女に男は笑いかけた。



「するに決まってる。最後の大会だから。それに君が見てくれているからな」







うわぁ...



バカみたいにクサイセリフ。


それも全てほとんど棒読みだけあってますます見てられない。



だが、体育館ステージの上で動く役者や他のクラスメイト達はコレでステージ部門優秀賞を取れると確信しているらしい。




文化祭前日だった。



申請した各クラスに割り当てられた体育館使用時間まで残り15分。



音響はもう1人に任せて手の空いている僕は他の人達と劇の鑑賞をしていた。終わった後に感想を求められるため一応キチンと見ておかなければならない。



最後は怪我や挫折を乗り切って全国大会へ出場を果たした男子生徒に女子生徒が近づきフェードアウト。



「これこそが魅せる演出だよ!」と演出、脚本担当のリーダー格女子が言っていたが...




そうか?



その女子生徒は劇が終わると同時にメガホン片手に後ろを、こちらの方を振り返り



「どう!?」



と何故かドヤ顔で聞いて来た。



「い、...良いと思う」



思っていないが当たり障りのないことを言っておく。



まあ、学生のオリジナル劇ならこんなものじゃないだろうか。


所々現実離れしているのと役者をしているクラスメイトの普段の様子を知っているだけに役とのギャップがありすぎて違和感があるという点はあるが。



「だよね!」



適当な返しをしたが言葉通りの良い意味に捉えたらしく他の観衆にも感想を求めていた。




アホらし。




昔からこの手のイベントは苦手だ。


楽しいってのは分かるし、テンションが上がるのも分かる。僕だって中学までは周りのテンションに無理に合わせてクラスの中心として動いていた。


しかし今年は出来る限り不参加でいようと思っている。



初日の合唱も、2日目の出し物も。





空気を読んで周りに合わせるのも、もうやめたんだ。







「納得いかねー」



ダンボールを手に直樹が隣でボヤいた。



「他のやつだって暇してたやついんじゃん。なんで俺たちがこんなこと...」



体育館の使用時間が終わり教室に戻る直前、クラスメイト女子に明日のパンフレットや生徒会から発行される文化祭資料を取ってくるように命じられた。


恐らく僕達が何の荷物も持っていなかったし、その女子生徒のすぐ側にいたと言うそれだけの理由だ。


悪意があった訳ではないだろう。




「ジャンケンに負けたからだろ。お前が言い出したんじゃないか」



配布物はクラスの配布物が入ったボックスにあった物と、それとは別にやたら生徒会が本気出して作った文化祭の冊子。



小さいダンボールに入ったそれはボックスのプリントより明らかに重そうだ。



直樹が言い出したことだ。


どちらを持つかジャンケンで決めようと。



あいこになることも無くストレート勝ちした僕は軽いプリントを持ち直し



「明日は、文化センターだっけ?」



毎年初日は近くの文化センターを借りて行う。


各クラスの合唱と部活や有志による出し物が主だ。



「ああ。8時半集合だっけ?俺んちからは学校より近いから楽だわ」



「逆だな。僕の家からはそっちの方が学校より少し遠い」



普段より集合時刻が遅いとはいえ、移動時間を考えると普段と同じ時間に出る必要がある。



「だりぃな...」



直樹がダンボールを抱え直してため息をつく。



「そう言うなよ。他のやる気があるやつに聞かれたらキレられるぞ」



特にクラスメイトとか。



「分かっちゃいるけどさー。透もどちらかと言えば俺と同じ考えだろ?」



「まあな」



「準備とかイベントとか、楽しいのは分かるし授業を受けるよりは楽だけどさ」



一気に直樹の顔が曇る。



「まあ、その分課題は多いな」



文化祭だからといって課題の量は変わらない。中には授業がない分課題を増やす教師もいる。


うちのクラスでいうと数学とか。



すると廊下の向こうからこちら側に歩いてくる1人の教師が目に入った。


見覚えのあるスキンヘッド。小さな体。それとは対照的に威圧的なオーラ。



ビクッと隣で直樹の体が跳ね、さりげなく僕の後ろに移動している。



「お疲れ様です」



大迫先生に頭を下げ挨拶をする。



「ああ、お疲れ様」



そのまま横を通り過ぎた。



ただ授業と先生自身のオーラがヤバいと言うだけで別に悪い先生ではないんだよな。なんだかんだ優秀で、ある意味生徒思いだし。




――と、



「黒木」



素でドスの効いた低い声に後ろで直樹の体がビクンッと硬直する。



おい、今背中にダンボール当たったぞ。




「は、はい!お疲れ様です!!大迫先生!!」



体と片手でダンボールを保ち、空いた手で敬礼のポーズをとる。



どこの軍隊だ。というか、そこまで調教されてんのか。多分大迫からそうするよう言っているはずないから直樹が自分からやってるだけだろうけど。



大迫は直樹のその様子に特に何か言うことも無く



「昨日渡したやつは休み明けに提出しろ」



「は、はい!!もちろんです!!」



「頑張れよ。分からなかったらまた来い」



そう言い大迫は去っていく。





「は、はぁー......」



最大の脅威が去り強ばっていた力が抜けたのか直樹は大袈裟に息を吐き出した。



「やっぱり何だかんだいい先生だよな」



「...透、お前ドM?」



「違うって」



なぜそうなる。


きっと直樹には先程の大迫の『優しさ』に気づいていないのだろう。



これだけ直樹の成績アップのために自分の時間を割き、決して見放さず付き合い続けるなんて。



見て見ぬふりをして楽な道を選ぶ方法もあるのに。




「あ、」



1年の教室のあるフロアに入ると直樹のそんな声が後ろから聞こえた。




その方向を釣られてみるとーー



「......ッ!?」



咄嗟に出そうになる声を抑えた。




那須だ。


男女に囲まれ、学校バージョンの曇りのない作り物みたいな笑みを周囲に向けている。




だが、人の視線が外れる一瞬の隙に那須の表情が少し陰った。



文化祭実行委員になったとこの前言っていたから疲れが溜まっているのだろう。



那須のクラスではお化け屋敷をするらしくその最終調整が大変だと昨日電話で話していた事を思い出す。



この前、那須を家まで送った日の週からこれまで毎週火曜日だけしていた電話は3日に1回、2日に1回、毎日と2週間の間に少しずつ短くなっている。



それを嬉しいと思う気持ちと、溢れてきそうになる思いを抑えたい気持ちが入り交じり気が緩まないように自身を牽制し続けなければならなかった。




「やっぱ別格だよな。那須は」



直樹がそう呟いた。



「別格?」



「有名人だし、俺たちが関わり合うことすら躊躇われる存在...的な?そもそもの立ち位置が違うんだよな〜」



「立ち位置...ねぇ」




僕と那須は同じように思えて、元々ある物が決定的に違う。元々分かりきっていたことなのに学校で、それも他の人に囲まれて笑う那須を見てますます実感させられる。





「透?教室着いたけど?何突っ立ってんの?」




何かまた色々と考えてしまいそうになりそうになったが、直樹の声で強制的に思考が途切れた。



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