第15話衝撃
「すみません...」
心の内を吐き出した後、しばらくして落ち着いたらしい那須はペットボトルのお茶を飲み視線を合わせないままそう言った。
僕は那須から少し距離を開けて座り込む。
「別にいいよ」
ザワザワと草木が揺れる。10月もあと2週間で終わり、いつの間にか風は冷たくて上着が欲しくなった。
「最近、どう?」
改めてそう切り出す。
「いつも通りです。更に良い順位を取らないといけなくて、文化祭の委員もして、クラスでのノリに合わせて会話して...」
その一つ一つにプレッシャーがかかるのだと前に那須は言った。
那須はハイスペックな奴だと認識されている。
それ故に生じる周囲からの過度な期待、羨望。むしろそうすることが当たり前だと思う人もいる。
その全てを拒絶せず続けていく事がどんなに難しくて、多くの犠牲が必要なのか僕には分からない。
「休めてるか?」
今はテスト期間ではないためオーバーな勉強はしていないとは思うが、通常の勉強やクラスでの立ち回りに委員会も加わるとなると
「休んでますよ。横になるだけで疲れは取れるものですし」
妙な言い回しだ。
「『寝れてる』か?」
那須はバツが悪そうにふっと視線を逸らす。
「...元々寝つきは悪い方なので」
「僕も覚えがあるよ。失敗したときのこと考えて眠れなくなる事が多い」
「押川さんも、ですか?」
「中学の時は陸上やってたんだ」
「意外です」
そんなにひ弱に見えるだろうか。
確かに最近は筋トレもサボっているし元々線の細い体つきではあったが。
「...でも、ちょっと見てみたい、かも、です」
俯いたまま那須が答える。
僕はペースが乱されそうになりながらも話を続けた。
「部活始める前も元々足は早い方でさ、1度だけ全国にも出た。才能があるって、みんなが言った」
コーチにもチームメイトにも期待され、様々な大会で成績を収める度に全校集会で表彰された。
当然、親も僕に多大なる期待を寄せた。
部活も勉強も出来る完璧な存在に僕をするべく塾にも通わされ、学校、部活が終わってそのまま塾に直行し帰ったら速攻でご飯と風呂を済ませまた数時間勉強。日々の睡眠時間もあまり取れず、一睡も出来ない日も珍しくなかった。
半年ほどそんな生活をしていたからか部活を引退し本格的に受験モードだというタイミングで体調を崩すことが増えた。
元々人より何倍も出来ていた勉強は学年が上がり、難易度も上がるごとについていけなくなって本来の第1志望校に受かることは出来なかった。
それを知ったときの母の顔は今でも忘れられない。
滑り止めとして受けた今の高校も国内最高峰というわけではないが県内ではトップクラスの進学校。
周りから見れば凄いと羨ましがられたが母はそれを良しとしなかった。
あれから母は僕に一切の期待をすることをやめ、妹にかかりきりになった。
「才能だなんて持て囃すのは報われない人の僻みだ。よく言うだろ?1%の才能と99%の努力だって。でも、努力しても結果を否定された人達はその1%の才能があったから成功したんだって僻む。天才だって努力しているのにさ。努力しても結果が出なければ才能のせい。でも、それでも努力し続けてし続けて、叶うやつもいれば叶わないやつもいる。叶わないやつは世界に、自分に絶望し壊れるんだ」
「...随分実感こもって言うんですね」
「僕は才能のない奴だから、かな」
あの時の気持ちを思い出しチクッと胸が傷んだ。その気持ちを霧散させたくて空の雲を眺める。
「僕はさ、那須には壊れて欲しくないんだよ」
今にして思えば、きっと僕は第六感で感じていたんだ。那須が僕と同じ道を辿るんだって。
那須と出会ったあの日、自分から那須の話を聞こうと思ったのはそれが理由だったんだ。
「僕に出来ることなら力になりたいし、悩みがあるなら話して欲しい、僕は学校での那須のこともこれまでの那須のことも知らない事が多いけど、だからこそ周りの奴みたいな期待を那須にしてない。言い方はアレだけどさ。ずっと近くで守る、なんてことは出来ないけど、呼んでくれればいつでも飛んでいくから、だから――」
視線を空から隣の那須に移す。
――と、那須は目を見開いて顔を真っ赤にし両手で口を抑えていた。
「...お、...おし......か......」
「ん?」
「......!?」
那須はシュパッと立ち上がり顔を抑えたまま背を向けた。
「わ、......」
「わ?」
「私...も...!です!私も、押川さんにずっと、一緒にいてもらえたら...」
「うん」
那須はバッと体をこちらに向け顔を近づけた。
「私も、ずっと、......ずっと!一緒にいたい、です!」
んん...?
なんか大袈裟な言い方だな。
怪訝に思っていると那須は「だから...その......」と何度か口篭り、意を決したかのように口を開いた。
「す...ッ!!」
そう何かを言いかけた。
――が、途端慌てた様子で言葉を切ったと思えば深呼吸しだす。
「だから...あのっ!」
「うん?」
「私もずっと一緒にいたいんです!!押川さんと!」
真っ赤な顔のまま何かを訴えかけるような目で見られ僕も顔の温度が急激に上昇していくのを感じる。
「那須......」
期待するように那須の瞳が揺れる。
言葉の続きを紡ぐと同時にポーンと地域放送のためのスピーカーの電源が入る微かな音が聞こえ、ゆうやけこやけのメロディーが流れ出す。
その音が流れた事によって5時になった事を知った。辺りは先程より陰っていて太陽光のオレンジ色染まった町は更に濃く色づいている。あと十数分もすれば一気に色が消え街灯も少ないこの辺りは真っ暗になるのだろう。
「送るよ」
「え...」
戸惑っているのが分かった。僕が言葉の続きを言わなかったことが原因であることは分かっていたが、僕自身先程自分自身どんな言葉を言おうとしていたのかもはや思い出せないのだ。
考えるより先に口を開こうとしたのだから。
戸惑い、その場から動かない那須の手をゆっくり引き神社の階段を降りる。
「自転車取ってくる。ちょっと待っててもらってもいい?」
「いえ、でも。1人で帰れま――」
「いいから。はい、これ」
那須が1人で行ってしまうのを防ぐ意味で自分のバッグを那須の手に押し付ける。文化祭準備が本格化して来て授業が少ないため今日は教科書も多く入っていないし重くて疲れるということはないだろう。
とはいえゆっくりもしていられない。こうしている間にも段々辺りは暗くなって来ているし学校の誰かに見つかると厄介だ。あと1時間もすれば委員会や部活終わりの生徒が増えてくる。
信号が青になると同時に僕は久々に走った。
握ったときの手の感触や熱を持った頬が風に撫でられて消えて行くのを感じながら。
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